26話 詠唱
「ぐっ」
「うっ」
あちこちで小さなうめき声が上がる。「隠密」の術で『影』のぎりぎりまで迫っていた『光陰』の皆は、音もなく標的を確保し捕縛する。相手も精鋭だ。敵の前で不用意に大声をあげることはない。敵陣の中だというのに、危険が迫っている感じが全くしない。
(これが、『光陰』の力)
敵部隊を静かに拘束、ないしは殲滅するのが彼らの本分とはいえ、わたしは『光陰』が実戦の場で動くのを見るのが初めてだった。王族のわたしでさえそうなのだから、猟師たちはもっと驚いているだろう。実際、ヴィドはわずかに目を細めていた。
ただし、わたしたちの仕事はこれで終わりではない。安全に猟師たちをオルセン王国まで連れ帰らなければならない。ヴィドは周りが動きを止めたことを確認して、他の猟師たちに集まるよう合図を送る。散り散りになっていた彼らが集まってきた、次の瞬間。
「まずい」
ヴィドが太い木の影を見据えて小さく呟いたのを、わたしは聞き漏らさなかった。すぐに彼の目線の方向を見ると、誰かがいるのが見えた。
(そんな、まさか。ヴィドにも、わたしにも、『光陰』にも探知ができない人間がいたなんて)
殆ど木の陰に隠れているので、わたしのほうからそこにいる人間の正体はわからなかったが、ヴィドには見えているようだ。無言で矢をつがえようとしていたヴィドは、しかし次の瞬間、片膝をついてうずくまる。
(ヴィド?!)
駆けだしたい気持ちを必死で押さえながら、周囲の様子を探ろうと見渡して気づいた。木の陰にいた人物が、何かをぶつぶつ呟いている。
(確かめよう)
わたしはゆっくりと、大木のもとへと近づく。近づくごとに、妙に聞き覚えのある声音であることに気づいた。
(ルークス!)
全身に白い布をまとっているが、顔は出した状態のルークス王子がそこにいた。なぜ、王子がわざわざこんなところまで出てきているのか。わたしが言えたことではないが、彼は単独行動していい身分の人間ではないはずだ。
いやそれよりも、いまはルークスがぶつぶつ言っていることがヴィドに悪影響を及ぼしているであろう事実のほうが重要だ。しかも、いま気付いたがわたしの傍にいたはずの『光陰』がついてきていない。急いで他の『光陰』たちも含め合図を送るものの、特殊な術を使っているはずなのに返事がない。
(何かが、妨害されている。ルークスの手によって)
ルークスを観察していると、右手の拳を握り、そこに向かってぶつぶつと言葉を唱えていることがわかった。拳からは赤紫色の光が漏れ出ている。それで気付いた。ルークスは、使用人の部屋で言っていた「実験」を今ここで行おうとしているのだ、と。
今この男がやっていることが、具体的に何なのかはわからない。でも、オルセン王国に害なす行為であることは間違いない。王女として、止めなければならない。そのためには今動ける『光陰』を探して、ルークスの手のひらの中にあるであろうクィルダイトを奪わなくては。
頭の片隅では冷静にそう考えているのに、わたしの身体はルークスに向かってずんずん歩いていく。
(ヴィドの身体の自由を奪うなんて、許せない)
わたしは気付けばルークスの目の前に立っていた。この男は人の気配を探るのが下手なのか、あるいはそれ以上に詠唱に意識を取られているのか、こちらに気づいている様子はない。ヴィドの身体の自由を取り戻したい一心で、わたしは「隠密」が切れるのも構わずルークスのみぞおちにこぶしを打ち付けた。
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