15話 二国のちがい

(『影』の正体、それに現時点でのお父様の推論……思ったよりもきな臭い話になってきている)


 お父様の居室から自室に戻りがてら、わたしは忙しく思考を巡らせる。もちろん必要最低限、周囲への注意は向けているけれど、今まで聞いたことがなかった話が多かったので頭の整理に時間がかかるのだ。


「マニー様! お戻りになったのですね!」

「アンリ、悪いけどちょっと一人にしてくれる? 色々と考えないといけなくて」

「わ、わかりました」


 わたし付きメイドのアンリと、メイド長のハンナはわたしが王直々の仕事を任されていることを知っている。だから森に行くことを二人には隠す必要がなかったし、ほかの仕事の予定について色々と融通もきかせてもらっていた。もっともわたしが割り振られている仕事など、お父様の命令に比べたらたかが知れているのだが。


 そんなわけで、珍しく人払いを命じたわたしに察するものがあったのだろう。少し驚いたそぶりをみせたアンリだったが、すぐに広い自室の一角にある狭い部屋の扉を開けたわたしをについてくることなく、黙って頭を下げた。


 いちおう第一王女なので、わたしの部屋はそこそこ広い。でも広すぎると落ち着かないたちなので、寝室だけ扉を付けて別の区画として用意してもらったのだ。ざっくりいうと、部屋の中に部屋がある感じ。というわけでわたしは、誰も入ってこないことが約束された寝室に足を踏み入れた。もちろん遅い昼寝をするつもりはない。ベッドの横にある小さな机と椅子のもとへまっすぐ向かい、紙とペンを取り出してから椅子に腰かける。


 先ほどお父様から聞いた話の中には、国家機密も含まれる。だからいくら人の立入りが制限される王女の居室であっても、内容をそのまま紙に書き記すわけにはいかない。でも、わたしの頭だけで理解するには情報量が多すぎたので、抽象的な印を書いて整理するつもりだったのだ。


 わたしは長方形の紙を横長のかたちに置き、左上から右下に向かって斜めに線を引く。


(左上がミドガルド王国、右下がオルセン王国、だとする。わたしたちの国はミドガルド王国から、ご先祖様が逃げてきたことで作られた。故に二国は仲が悪いけど、国の仕組みはよく似ている)


 続いて左上の区画に大きな丸、右下の区画に小さな丸印を書き込む。


(たとえば王室の制度。国王が国をまとめていて、次期国王は長子相続。でも長子が喪われない限り決まりが守られるオルセン王国に対して、ミドガルド王国はそこまで厳格じゃない。例えば第二王子が戦争で大きな功績を立てて国王と国民に認められた場合、順位を飛ばして第二王子が次期後継者に指名されることがある。だから、ミドガルド王国の王子たちの仲は悪い)


 「ご先祖様たちが逃げ出したのも、それが原因なんだよね……」


 思わず口に出してしまい、首を横に振る。この部屋は簡単な防音魔法が施されているとはいえ、いま考えていることが知られる危険を冒すわけにはいかない。あくまで人払いをしているのは寝室の中だけで、わたしの部屋自体にはアンリ以下複数のメイドがいる。誰をどこまで信じたらいいかわからないのが今のわたしの国の現状なのだ。


(そう、それが国の仕組みの似ているようでちがうところ。ミドガルド王国は、王家を支える貴族たちによって政治を進めている。王子や王女たちはどの貴族を自分の味方につけるかによって、できることが変わってくる。だから王族同士駆け引きが、ミドガルドの政治では大切になる)


 わたしは左上の大きな丸にくっつけるように小さな丸を書いた。続けて右下の小さな丸に、いくつもの小さな丸を書き連ねる。


(対してオルセン王国は、王家を支える人たちは王侯と呼ばれている。といっても実際には、ご先祖様と一緒に逃げ出したマイエンガルド王国の元貴族と王位継承順位が低いきょうだいたち。国ができたときはみんな、生きるか死ぬかしか考えられない状態だったから、王国としての形を成すまでの時期は自然と、ご先祖様が指導者みたいな立場になっていて、その後も成り行きのままご先祖様が王を名乗り、今に至っている)


 自分で書いた丸がたくさん書かれた紙を見て、わたしは小さく息をついた。


(マイエンガルド王国を嫌って逃げてきた人々とはいえ、王侯たちにはあの国の制度が身体に沁みついている。だから少しでもわたしたち今の王家に良くない点があったら、すぐ自分たちが王に成り代われると思っている。今でこそ直接的に野心を表に出す王侯は少なくなったけれど、自分たちに都合の良い王族の者を王にして、政治の実権を握ろうとしている王侯は多い……というか王侯はそういう人たちばかりだ)


 これこそが、お父様やお兄様、そしてわたしが周囲の人を信用しきれない理由である。王城で雇われている者たちは王侯の家に連なるものが多い。だから彼らは王族を護衛しているように見せかけて、なにかへまをしないか目を光らせていると考えるべきなのだ。わたしたちの国の制度は、それだけ弱い。


(で、ここからが本題。ヴィドを連れ去った灰色の布の人たちは、ミドガルド王国の第二王子に仕える『影』だと名乗った。『影』は王室の直轄護衛部隊で……「隠密」を使える。表立って王家を守るんじゃなくて、文字通り影から王家に害を為す人を倒したり、諜報活動をしたりしている。わたしたちの国の『光陰』と役割はよく似ているけれど、『光陰』が国王しか動かせないのに対して、『影』は王位継承権のある王家の者なら全員がそれぞれ持っている)


 わたしは、左上の大きな丸から最初に引いた斜線に向かって、矢印を書き入れる。


(ミドガルド王国の第二王子の名前は、ルークス。ルークス王子は戦争で目立った功績をあげられていないから、王位継承順位を上げるのは難しいといわれている。でも味方になっている貴族は数こそ少ないけれど、かなり優秀だっていう噂がある。ルークス王子が口がうまいのか、頭の回転が速いのか、その辺りは『光陰』も探れなかったみたいだけれど……武力以外で戦う手段を探しているのだろうと、お父様はおっしゃっていた。少なくとも、王位継承順位を上げることを、彼はあきらめていないだろうと)


 紙をもう一度ながめて、わたしは発火魔法を一瞬使う。灰になった紙を左手におさめて握りこぶしをつくり、扉を開けた。


「マニー様、もうよろしいのですか?」

「うん。ありがとうアンリ。わたしこれから出かけてくるから」

「こんな時間に、ですか? お言葉ですが今の時間から出歩くのは危険です」


 当然言われるであろう言葉を口にされて、わたしは必殺の返しを決めることにした。


「お父様から指示されたことなので。一応、わたしが今から出かけることは他の人に知らせないように」

「マイエンガルド様」

「え?」


 思いがけずアンリはいつもの愛称ではなく、本名でわたしを呼んだ。しぶしぶながら引き下がるだろうと思っていたわたしは思わず素で聞き返してしまう。アンリは真剣な顔をしていた。


「失礼ながら伺います。王様の指示とは、今すぐしなければならないことですか?」

「そうじゃないけど、なるべく早い方がいい」

「ならば、今日はお休みになってください! 今日は朝から森に行き、直接王様のもとへ赴かれて戻ってこられたではないですか。貴方が頑丈な方であることは存じ上げておりますが、今のマイエンガルド様には休養が必要です。少しでもいいので、出かけるのは身体を休めてからにしてください」


 アンリに真っ向から反論されるのは初めてだ。けれど、彼女の言葉には正当性があった。確かに今日は出ずっぱりでずっと「隠密」を使ったから身体が疲れているし、お父様と政の話をして頭も疲れている。先ほどお父様から受けた仕事をこなすには、身体も頭もある程度働く状態である方がいいに違いない。


「わかった。わたし、頭に血がのぼってたみたい。出かけるのはちょっと休んでからにするよ。でも、早朝には出るから、そのつもりで準備していて」

「承知いたしました。出過ぎたことを申し上げてしまい、大変失礼しました」


 深く頭を下げるアンリに、わたしは見えていないと知りつつ首を横に振る。


「ううん。ここからのわたしは、無鉄砲なおてんば王女じゃ駄目だから。押さえてくれてありがとう」

「それはどういう……」

「ほら、そうと決まったらさっさとお風呂入るよ。準備手伝って」

「わかりました」


 わたしは努めて明るい声を出して、湯浴みへと向かう。さりげなく開けていた窓から、灰をばらまいておくのも忘れない。今の時間、庭に出ている人はいないからきっと迷惑にはならないだろう。

 ヴィドのことは気になるけれど、いまわたしに必要なのは休養だ。でもそれは必要最小限にして、なるべく早く仕事に着手する。お父様から与えられた仕事をこなさなければ、ヴィドを救うための手はずはいつまでたっても見つからないままだ。


(ルークス王子、ヴィドに何かしていたら、許さないから)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る