14話 王の提案
一瞬も休むことなく町を駆け抜けてきたわたしは、真っすぐ国王の居室に向かいノックもせずに扉を開けた。
「マニー様!」
「いくら王女様でもそれは!」
いまさらわたしの存在に気づいた門番たちの慌てた声が後ろから聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではない。開けるために扉に触れたことで「隠密」が解除されたため、わたしの姿はもうお父様にも見えている。居室兼執務室で書類をご覧になっていたお父様は、わたしと、わたしを止めようとしている衛兵に視線を向ける。
「下がりなさい」
「しかし!」
「お前たちはマニーの『隠密』に気づかず私の前まで通してしまった。その時点でお前たちは己の仕事を果たせていない。明日、衛兵の選抜試験を急ぎ行う。その結果がお前たちへの処遇となる」
お父様の言葉に、ふたりの衛兵は顔色を失う。
オルセン王国の衛兵、それも王の居場所を守る衛兵は、王家の特技「隠密」を察知できるものでなければならない。察知できないと王を守り切れない危険性があるからだ。なので、わが国の衛兵に最も必要とされる能力は「隠密」の察知能力だ。
しかし、いま、ふたりの衛兵はわたしの「隠密」を見破れず、かつ王の視界に入るところまでわたしを入れてしまった。わたしがもし、お父様に害を為そうとしていたならば……と考えると衛兵としてあるまじき失態だ。お父様はそれを指摘している。衛兵たちが青ざめるのも無理はない。
「だが明日の話だ。今はまだお前たちは私の衛兵だ。今の行いをしっかり反省して仕事に励め。マニー、話があるんだろう。扉を閉めなさい」
お父様は衛兵に命令をした後、わたしにも指示を出す。小さくなって部屋の外へと戻る衛兵二人に心の中で謝りながら、わたしは扉を閉めた。
「私が頼んだ『仕事』の話か?」
ソファ席へ座るようわたしを促したお父様は、自分も腰を下ろしながら問いかける。こういう時お父様は無駄な話はしない。私もお父様に続いてソファに座り、背を伸ばして答える。
「はい。ヴィド……腕利きの猟師がミドガルド王国の手の者に連れ去られるのを目撃しました。止めることができず、申し訳ありません」
「私が頼んだ仕事は情報収集であって、猟師の拉致を阻止することではない。情報収集が充分にできていれば問題ない。見聞きしたことを話しなさい」
「わかりました」
わたしは、さきほど西の森で見たことをそのままお父様に伝える。サイレンスお兄様ほど上手くはないだろうけれど、わたしが言いたかったことは伝わったと思う。お父様はわたしたち兄妹の言いたいことを汲み取るのが得意でいらっしゃるから。
「そうか」
話し終えたわたしに、お父様は重々しい口調で告げる。
「マイエンガルド、お前は立派に仕事を果たした。王として感謝する」
「ありがとうございます」
お父様に「王として」謝意を告げられたことなどなかったので驚いたけれど、ヴィドをその場で助けられなかったわたしは喜ぶことはできなかった。固い表情のまま頭を下げると、お父様がふぅと息を吐く音が耳に入った。ゆっくり頭をもどしたところ、『国王』ではなく『父』としてのお父様がそこにいた。
「マニー、八人もの『影』に囲まれた状況でよくぞ無傷で戻ってきた。すまない、こんなに危険な状況に巻きこんでしまって」
「いえ! わたしが進んで引き受けたことですから!」
お父様が、わたしの身を案じていることはわかっている。それでも、家族の情より王家として必要だと思ったことがあるならば、後者を優先するのがお父様だ。そんなお父様を、わたしもサイレンスお兄様も尊敬している。だから謝る必要なんて全然ない。心の底からそう思って答えたのに、お父様の表情は冴えないままだ。
「今までマニーに政治の話は必要最低限しかしてこなかったが……そうも言っていられなくなった。いや、だが……」
いつも歯切れのよいお父様がここまで悩んでいるのは、わたしのせいだ。サイレンスお兄様は第一王子で、王位継承者。だからしっかりお父様を支えつつ、お父様に何かあったらすぐに引き継げるようにしっかり帝王教育を施されている。
それに対してわたしは、第一王女で王位継承権は一応あるけれど、「お父様とお兄様が立て続けに喪われる」という最悪のケースを除いて即位することはまずないとされていた。お兄様が予定通り即位してご結婚されれば、その子どもに王位継承権の優先順位は移る。そんなわけで、わたし自身は王族としてはずかしくない最低限の知識はあるけれど、それ以上のことは立ち入らないようにしていたし、周囲にも吹聴していた。
これはわたしがあまり有能だと思われると、お父様やお兄様をよく思わない王侯たちから代わりとなる時期国王として祀り上げられてしまう可能性があるからだ。王位継承権第一位で、優秀なサイレンスお兄様でさえ目立つことを避けている現状で、わたしが何か政に口を出したり、わかりやすい成果をあげたりするのはよくないだろうという、わたしの自己判断によるものだ。
お父様とお兄様はわたしの姿勢を理解しつつ黙認してくれているが、いつも申し訳なさそうにしている。ただ、そもそも政の嗅覚に関してお兄様はとても優秀なので、わたしが真面目に勉強したところでかなわないだろう。だから別に気にしていなかった。今までは。
でも、おそらくお父様は、今回の件をわたしにある程度預けようとしてくれている。それは最初に仕事を頼まれた通り、わたしの「隠密」の能力が高くて、それが生かされる仕事になる可能性が高いから。ただそのためには、今までわたしが振る舞ってきた「政に興味のないおてんば王女」という像を崩す必要がある。少なくとも実態としては。
サイレンスお兄様くらいわたしが器用だったら、きちんと政の勉強をしながらも政治の駆け引きが苦手なふりをすることができただろう。でも、わたしは思ったことを口にしてしまう悪いくせがあるから、「名と実態」を乖離させることは難しかったのだ。だからここでお父様から政の話を聞かされたら、わたしは「名実ともに政を把握している第一王女」になってしまう。
お父様が逡巡されているのは、いまわたしが報告した内容を対処するのに、わたしが動くことで生じる危険と、わたし以外が動くことで生じる危険のどちらが重いかということだろう。もしわたしがもっと器用な人間だったら、生じなかった問題だ。だからわたしのせいなのだ。かといって、今回の件の対処メンバーから、わたしが外されるのは嫌だった。
「お父様。確かにわたしは、知っていることを知らないふりをしたり、できることをできないふりをしたりするのが苦手です。でも、いえだからこそ、今回の仕事で見聞きしたことが、わたしの知りえぬところで処理されることは見ていられません。わたしにはまだ今回の件の全貌が見えてはいませんが、きっと「隠密」が必要になるでしょう? であるならば、いまお父様に次いで「隠密」が得意なわたしが動かない理由がありません」
「いや、お前の実戦級における「隠密」の腕は、すでに私を超えている」
長い沈黙に我慢できずに訴えたわたしの言葉は、お父様の予想外の言葉に上書きされた。ずっと目を離さずにいたから間違いないが、お父様の顔は真剣だった。
「先ほど衛兵にはああ言ったが、彼らは私の『隠密』を見破れるから部屋の前の門番を任せている。彼らに悟られることなく扉を開けることができたのだから、マニーの「隠密」の腕はすでに私より上だ」
「で、でも、ほんの数日前までは衛兵に見破られて、扉の前で止められていたんですよ? 今回はまぐれだったんじゃ」
「いや、今回と今までとの違いは、マニーが『実戦としての隠密』を使っていたか否かだ。今まで私の所に来るときにお前が「隠密」を使っていたのは遊びの一環だろう? だから集中力が充分ではなく、衛兵に気付かれた。だが今回はミドガルドの『影』を目の当たりにして、その足で来ている。仕事をまっとうしようという集中力が、「隠密」の高価を高めたのだ。実戦でそこまでの「隠密」を使えるならば、私もこれからは遠慮なく、お前に仕事を頼むことにする」
思いがけない方向から、わたしの言葉がお父様の決心を促したようだった。改めて厳しい表情を作ったお父様からは、先ほどまで浮かんでいた迷いは全く感じられなくなっていた。
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