第34話 介抱
暫くその場にうずくまって顔の熱が引くのを待ってからアンナは気持ちを切り替えて立ち上がると、それから直ぐに薬湯作りに取り掛かった。
エヴァンが小さい頃はよく熱を出していたので、アンナは慣れた手つきで熱冷ましの薬草を煎じると、水を加えて煮詰めていく。
そうやって手早く作成した薬湯をコップに注ぐとアンナはルーフェスが寝ている部屋の前へと戻ったのだが、その扉を中々開けることが出来なかった。
先程抱きついてしまった手前、一体どんな顔で彼と向き合ったら良いのか分からないのだ。
(いつも通り、普通にしてればいいのよ……)
そう自分に言い聞かせて、いつもの感じを繰り返し頭の中で思い描く事でなんとか平常心を取り戻し、アンナは「入るね。」と小さく声をかけて少し緊張しながらゆっくりとドアを開けた。
けれども、中にいるルーフェスからの反応は何も無かったのだった。というのも、ルーフェスは眠っていたのだ。
アンナは少しホッとして持ってきた薬湯をテーブルに置くと、彼が眠るベッドの横の椅子に腰を下ろしてルーフェスの様子を伺った。
(眠っては居るけど、辛そうね……)
ルーフェスが額に汗を浮かべながら、苦悶の表情で眠っていたので、アンナは手桶の水で布を濡らして絞ると、彼の額や頬の汗をそっと拭いた。すると彼の表情は幾分か和らいだようだった。
それから何度か彼の汗を拭っていると、瞼が動いてうっすらとルーフェスが目を開けたので、アンナは慌ててその手を引っ込めた。
「ごめんなさい、起こしてしまったわね。」
「ううん、冷たくて気持ちいい……」
ルーフェスは側にいるのがアンナだと分かると、そう答えて安心した様に目を閉じたので、アンナは彼の汗を拭うのを再開した。
「少しは和らぐ?」
「うん……」
穏やかになっていく彼の表情を見て、アンナはそのまま暫く彼の汗を拭ってから、頃合いを見て声を掛けた。
「ルーフェス、薬湯を作ってきたんだけど、飲めそうかしら?」
「有難う。貰いたいな。」
そう言ってルーフェスはアンナの手を借りてゆっくりと上半身を起こすと、彼女から差し出された薬湯を一口飲んだ。
「甘い……?!」
口に含んだ薬湯の味が想像と違う味だったので、ルーフェスは驚いてアンナの顔を見た。するとアンナは、彼のその反応に少し得意気に笑ったのだった。
「ふふ、飲みやすいでしょう?」
「うん、苦い薬しか飲んだ事ないからびっくりした。」
「弟が小さい頃、気管支が弱くてよく熱を出してたんだけど、あの子薬が苦いと飲んでくれなくてね。試行錯誤した結果なの。」
「成程。お陰でとっても飲みやすいよ。」
そう言ってルーフェスは薬湯を一気に飲み干すと、アンナの手を借りて再びベッドに横になった。
「こんなに手厚く看護して貰うのは初めてだよ……有難う。」
「何言ってるの、元はと言えば私が無茶をしたから貴方がこんな事になっているのに、これくらいは当然よ。」
「……僕の育った環境では、汗を拭いてくれる人も、飲みやすい薬湯を作ってくれる人も……側に居てくれる人も居なかったからね。だから……アンナ、本当に有難う……」
ポツリ、ポツリとそう漏らすルーフェスは、どこか寂しそうでもあるが、嬉しそうでもあって、まだ本調子ではない為に苦しげではあるが、それでも彼はは弱々しくも笑って見せた。
そんな彼を見て、彼から伝え聞くルーフェスの育ってきた環境を想像すると、アンナは胸が締め付けられる思いだったが、それについて触れる事はしなかった。
「……もう少し眠った方が良いわ。」
「そうだね……そうさせて貰うよ……」
アンナの勧めに従って、ルーフェスは静かに目を閉じた。すると、瞼の上に何かが触れたのが分かった。
「眠るまでこうしててあげる。こうすると安心するんだって。弟に良くやってあげたの。」
アンナが自身の掌を、ルーフェスの瞼の上にそっと、重ねたのだ。
「僕は弟なのかい?」
ルーフェスは目を閉じたまま、問いかける。
「あら、だって私の方が少しだけお姉さんでしょう?」
見えないけれども、声の調子からアンナが笑っているのが分かる。彼女の優しい声音と瞼に当てられた手の温もりはとても心地よく、ルーフェスは直ぐに深い眠りに落ちて行った。
アンナは暫くの間そうやって寄り添っていたが、ルーフェスが眠りについたことを確認すると、その手を瞼から離し、そっと彼の頬に触れたのだった。
(早く、良くなりますように……)
そう祈ってベッドで眠るルーフェスを慈しむように眺めてから、アンナは彼を起こさないよう静かに部屋を出たのであった。
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