第22話 誕生日の約束

 エミリアがくれたチケットは開演まではまだ時間があったので、アンナとルーフェスは、中央広場近くの食堂で早めの夕食を取っていた。


「ところでアンナ、今更聞くのも何だけど、観劇するなら帰宅が遅くなると思うんだけど、弟は大丈夫なの?」


 注文した料理を食べながら、ルーフェスはふとアンナがいつも気にかけている弟の事を思い出して、あんなに大切にして居るのに夜に一人にして平気なのかと、そんな疑問が頭をよぎったのだ。


「えぇ、今日は大丈夫なの。”もう直ぐ十三歳になるのに、子供扱いしないで”って言われたわ。それから”たまには姉さんも息抜きが必要だ”なんて気を使われてしまったわ。」


 アンナは昨夜のエヴァンとのやり取りを思い返し、苦笑しながら言った。弟にそんな事を言われるなんて、いつの間にかとても成長していたわと、どこか嬉しそうでもあった。


「弟と二人暮らしなんだっけ。」

「えぇ。両親は私が十二歳の時に他界してるから……」

「十二歳……って事は五年前?」

「ええ。」


 何気ない会話だが、アンナは答えてから若干の違和感に気づいた。


「……あれ?私年齢を言ったことあったっけ?」


 確かルーフェスとは年齢の話はしたことが無かったはずだ。それなのに何故私の年齢を知っていたのだろうかとアンナは少し訝しがった。


「あぁ、ごめん。僕と同じ歳だと思って話してた。」

「ルーフェスも十七歳なの?」

「そうだよ。後一ヶ月で十八歳になるけどね。」

「そうなんだ!私も大体それくらいに十八歳になるわ。私たち誕生日が近いのね。」


 彼の説明に不自然な所も無いのでアンナの中の疑念は直ぐに消え去り、代わりに予期せず知った誕生日が近いという偶然に、少し嬉しくなっていた。


「アンナの誕生日はいつなの?」

「来月の二十一日よ。」

「僕より九日前だね。……何か、プレゼントを贈りたいな。」

「私も、貴方にプレゼント贈りたいわ。」


(きっとそれで、最後だから……)


 アンナは十八歳になったら、男爵位を正式に継承するつもりなので、彼の隣に居られるのもそれまでである。

 だから最後にプレゼントを贈り合えれば、この気持ちに区切りをつけられる気がしたのだ。


「一緒にお祝い出来たらいいな。」


 そう言ってアンナは、少し陰りを見せながらも、ニッコリと笑った。


 それは、彼女の心からの言葉だった。



「誕生日か……。アンナはどう言ったものを貰うと嬉しい?」

「えっ?!」


 予想していなかった突然の質問にアンナは少し頬を赤らめて動揺した。一瞬自分の事を思って好みを確認してくれたのかと思いドキリとしたのだが、どうやらそうではなかったと、ルーフェスの次の言葉で直ぐに気付くことになる。


「ごめん、僕、人からプレゼントを貰ったことも、贈ったこともないから、どういった物を贈ると喜ばれるとかが分からなくてね。」

「えっと……そうなの……?」


 十七年間、誰からも誕生日プレゼントを貰った事が無いなどと、そんな事があるとは思いもよらなかったので、思わずアンナは言葉に詰まってしまった。


 すると、そんな彼女の様子を察してか、ルーフェスは自嘲気味に微笑んで説明を付け足加えたのだった。


「僕はちょっと、特殊な環境で育ってるからね。」


そう言って寂しそうに笑うルーフェスに胸が痛くなって、アンナは思わず踏み込んでしまった。


「あの……前から気になってはいたけども、……ご家族の事聞いてもいい……?」


「……言える範囲でなら。」


 アンナは言って直ぐに自分でも失言であったと感じたがもう遅かった。表情こそは穏やかであったがルーフェスの言動に少なからず壁があって、そこにはハッキリと拒絶を感じた。


 そんなルーフェスの空気の変化を目の当たりにすると、アンナは次の言葉を紡げなくなってしまったのだった。

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