第9話 休日のお誘い

 暫く一緒に仕事をする約束をしたアンナとルーフェスは、毎朝決まった時間にギルドで待ち合わせることにした。


 アンナは当初、依頼が一番多いギルドのオープン直後の八時に待ち合わせを希望したが、ルーフェスはあんまり人が多い時間にギルドに来たく無いというので、折衷案として二人は待ち合わせ時間を毎朝八時半に取り決めたのだった。


 それからルーフェスは、自分が急にギルドに行けなくなる事もあるかもしれないから、八時半に自分が居なかったら、その日は来れないものと思って欲しいとも告げた。


 そして、もしその場合にアンナが一人で依頼をする事になっても、無茶な事はしないでと約束させられたのだった。


(なんか、ちょっと過保護に扱われてるような気もするのよね……)


 自分はそんなに危なっかしいのだろうかと、いささか不服に思うところはあったが、ルーフェスと一緒に行動するようになって仕事はすこぶる順調で、彼との関係も非常に良好だった。


 アンナは今まで、臨時で複数人のパーティーに加わったことは何度かあれど、長い期間特定の人と組んで仕事をすることはしなかった。


 今まで全くそういったお誘いがなかった訳では無いが、アンナのことを口説こうと近づいてくる男ばかりだったので、彼女はうんざりして決まった人と組む事を避けていたのだ。


 しかし、今行動を共にしているルーフェスにはそう言った煩わしさは全く無く、むしろ一緒に居ると安心感さえ覚えるのだ。


 また彼は、戦闘ではもっぱら鉄杖を振るって物理的に攻撃をしているのだが、ルーフェスの動作はアンナの動きと非常に連携が取れていて、彼女が自分一人の時と同じように動いても、行動が邪魔されず、むしろ彼の援護に助けられる事が多々あったのだ。


(多分、ルーフェスは動きを私に合わせてくれている……)


 それは、本日の戦闘でも感じていた。彼はアンナが動きやすいように、動いてくれているようだった。


 まだ組んで間もないが、魔法が使えて、近接物理攻撃も強い彼が冒険者として高い技量を持っている事は直ぐに分かった。


(知れば知るほど……)


 アンナは、横に立つルーフェスを盗み見て、心の中で呟いた。


(どうして私と組んでくれたのか、不思議で仕方ないわ……)


 愛想を尽かされないように、少なくとも剣の技量では迷惑をかけない様に、自分ももっと精進しないとな と、納品手続きをやってくれているルーフェスを横目にアンナは一人決意を新たにしたのだった。





「はい、今日の分の報酬だよ。」


 手続きを終えたルーフェスは、受け取った銀貨の半分をアンナに手渡した。


「……良かった。これで借り入れてた分は全て返せるわ……」


 受け取った銀貨を数えて、アンナは胸を撫で下ろした。返済はもう少し先になるだろうと思っていた武器の修理費の未払い分の支払いが、完済する目処が立ったのだ。


 ルーフェスと組んでまだ十日程しか経っていなかったが、その間二人はとても順調に依頼をこなす事が出来たので、予定より大分早い目標達成となったのだった。


「ルーフェス有難う!!こんなに早く借金が返せるとは思ってなかったの。」

「力になれたのなら良かったよ。」

 そう言って晴れ晴れとした顔で喜ぶアンナに、ルーフェスも目を細めた。


「貴方と組んで本当に良かったわ……」

「これで、とりあえずの借金は無くなったんだね?」

「えぇ、おかげさまでね。」


 借金が無くなることがこの上なく嬉しいアンナは、報酬を確認した時からずっと頬が緩みっぱなしで、とても分かりやすく上機嫌だった。


 そんな彼女の様子を優しく見守っていたルーフェスは、アンナが少し落ち着いた頃を見計らうと、思いもよらぬ提案を彼女に申し入れたのだった。


「お金の用立てを急がなくていいのならば、明日は休みにしないかい?」


 彼からの急な提案に、アンナは面食らった。


 知り合ってから今まで、毎日一緒にギルドの仕事をしていたのでそれが当たり前になっていたし、休むという選択肢は無いものだと思っていたからだ。


「何か予定があるの?いいわよ、休んで。それなら明日は私一人でやるから。」

「いや、そうじゃなくて……。君も休むんだよ。」

「何故?病気でも怪我でもないのに?」


 元よりアンナは、生活にゆとりがない事もあり、働ける時はとにかく働くというスタンスだったので、仕事を休むという概念が薄く、ルーフェスのこの提案に本気で首を捻ってた。


 そんな彼女の様子に不安を感じ、ルーフェスは諭す様にアンナに語りかけたのだった。


「いい?人間にとって休息は非常に重要なんだよ。アンナはちょっと働き過ぎなんだよ。」

「けれど、この仕事は病気や怪我でもしたら働けなくなって収入ゼロなのよ?稼げる時に稼いでおくのが常識じゃない?」

「逆だよ。病気や怪我をしないように、十分な休息をとって身体をメンテナンスするんだ。」


 納得できる様に丁寧に説得を試みたが、それでも不服そうな顔のままのアンナを見て、ルーフェスは仕方なく提案の内容を変えることにしたのだった。


「それならば、こうしよう。明日君は、僕の予定に付き合ってくれないか?」


 予想だにしなかった急な提案に、アンナは再び面食らった。


「えっと……、予定って……?」

「それは、「うん」と言ってくれたら教えるよ。」


 ニッコリと笑ってみせたルーフェスは、今はこれ以上情報を開示してくれそうにはなかった。


「……分かったわ。いつも助けて貰ってるし、明日は貴方に付き合うわ。」


 何も情報がないので不安ではあったが、アンナは少なからず彼に恩を感じているので、ここは素直に折れることにしたのだった。


「うん、有難う。それじゃあ明日は中央広場の噴水の前に、十一時に待ち合わせよう。ギルドの仕事じゃないから剣は置いて来て普通の格好でね。あくまで休日なんだからね。」

「えぇ。分かったわ。」


 しつこいくらい休日である事を念押しされて、ルーフェスとは「また明日」と言ってそこで別れた。


 そして、別れた後に気が付いたのだが、結局彼の予定が何なのか、アンナは教えて貰っていなかったのだった。

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