17秒くらい前の話

柊 ポチ

第1話<青春の消費期限>


薫風が吹く午前。


退屈しのぎに現れては、喧騒を包み込む校舎を眺めていた。


片手に持つアイスティーが汗をじんわりと滲み出す感覚がどうにも不快だったことを覚えている。



イヤホンから流す音楽に特に意味もなくて。

学校にくる意味も特になくて。

ただ、世間が“普通”としている任務をこなしているような感覚だから、青春から程遠いような生活を送っていた。



ふと閉じていた目を開けると、最近慣れてきた顔が近くを彷徨っていた。

申し訳程度にはずしたイヤホンがするりと落ちる。



「若菜ー。瀬川が探してたぞ。授業はキチンと受けなきゃダメだ。」



そう零す目の前の男は、今年赴任してきた先生。風体は20代の若手教師、と言った雰囲気だからか、頼りがいある見た目ではない。


茶髪のふわふわとした髪が揺れる。先生らしくそれっぽいことをおっしゃるが、この時間にここに現れる桐生も大概なので色々と言われたくない。見た目的にも先生らしくされるとどこかむず痒い。



「次の授業は行くよ。」

「本当かよ。」



シカトしてやろ。

なんで次行くかって、千紗から信じられない量のメッセージが届くからで。


思春期よろしくのシカトが気に食わないのかなんだか言っているが、こちらも千紗からのメッセージを返すのに忙しいのでこのままで行かせて貰おうと思う。


そもそも。そもそも、だ。


「単位が足りてればよくない?」


ハッとした顔をして、天を仰ぐ。この人は本当に先生として生きていけるのか不安な程に…、


「確かにな!」


アホなのである。別にそれは構わないけれど、教鞭を取る立場としては果たして良いのかは問われるよなと、他人事ながら心配をしている。


「ただ、先生らしいことを言うなら、」

「あ、ごめんセンセイ。チャイム鳴ったから授業行かなきゃ。」

「急に真面目だな。」


あんたも教室に向かえよ、と、心の中で毒を吐きつつ喧騒の中へと溶け込んだ。


が、一番に私を見つけては喧騒の中心なんじゃないかと思うほどの怒りをぶつける千紗に苦笑いを零した。


「陽はすぐこれなんだから…!単位足りなくなったらどうするのよ。」

「まぁ、進級できる程度に取得する方向に切り替えるかな。」

「そういう話じゃないでしょ。」


確かになーと思いつつ、これからも単位を取得できる程度に頑張っていこうと思う。


口に出したら殺されそうなので、敢えて言わないでおく。


教室に入るなり、早川という担任が訝しげな顔をしていたが何か深く考え事をしているのだなと思ってスルーしつつ着席した。


「まだ寝る気?」

「…寝ないよ。」


怖すぎる声が後ろから聞こえてきたので、しっかり真面目に授業を聞いた。

が、しかし。


授業が終わったと同時に鬼の形相でこちらを睨む早川先生。

どうやら訝しげな顔をしているのではなく、私に何か言いたかったようで。


「おい若菜。逃げるなよ。」

「…。」


お昼休みが始まると言うのに、お説教をするつもりらしく。千紗は、私は先に行くわ!と非情にも出ていってしまった。


「お前な、単位が足りりゃいいだろとか、点数稼ぐから大丈夫とか言ってるけどなそういう問題じゃねえんだ。」

「…はい。」

「せっかく成績いいのに生活態度でトントンだ。勿体ない。」

「あらま。」

「真面目に頑張れば大学の推薦貰えるのにいいのか?」

「ああ。そこについては大丈夫です。行きたくなったら勉強するし、行くつもりないなら就職するだけですから。」


だから卒業さえできれば構わない。この人は親ですら諦めた怒りを未だにぶつけてくるあたり、親より私を愛している説もある。

が、そんな変な空気は変な男によって遮られた。


「ぶふっ」

「あ?…あぁ、桐生先生か。」

「(タイミング悪。)」


兎にも角にもそういう事だ!と、雑に締めてぐぅぐぅ鳴るお腹を抑えて出ていった。

私もお腹すいたな…。さてと、と歩き出すと引き止める声が聞こえる。


「まさかのスルーってある?」


あるな、と思いつつ振り返る。

電気を消したせいで、影に包まれる教室基化学室に2人だけ象られる。


気まづ…。


なんとなく視線を合わせられなくて、黒板を眺めるフリをする。別になにかある訳ではないが、この男は少し苦手なのだから仕方がない。


しかし、そんな雰囲気を気にしないのが桐生と言う生き物。

ケラケラと笑いながら、机に腰掛ける。脚長アピールタイムかと思うくらいにはスタイルがいい。


「俺早川先生に用事があったのに、若菜のせいで行っちゃった。」

「私のせいってこともないでしょう。」

「若菜のこと知れたからいいと言うことにしようか。」


いや、しなくても構わない…というかしないでくれ、と視線を送るがちっとも目が合わない。


「なんで大学行かないの?学校生活に対する考えは、まぁ…、分かるけど。」

「将来が決められないからって、無難な大学に進学して中途半端に過ごすことに意味を見いだせないから。」

「夢はないの?」

「…ない。医者になりたいとか弁護士になりたいとか。そんな夢があったら進学するつもり。」


そうか。と短く返される。

だって、未来に希望を抱いたりするのはちょっとできなくて。

現状に対する不満さえ言葉にすることも出来ないのに、未来を具現化させる努力はもっとできない。


高校2年。もうそんなことを考えなくてはならない季節か。


「青春って今しかできないよ。」

「なんでそう言い切れるの?」

「…俺ができたとは言えない学生だったから、痛感するよ。高校生の若菜たちが、ガラス玉みたいに見える。あー勿体ないなんてな。」


ガラス玉、ね。傍からみたガラス玉は、光のある方向へと向ければさぞ眩しく見えるさ。

だけど、光のある方向は進んだ人にしか分からないから。

屈折した光を眩しくも羨ましいと言うなら。それが青春というなら。

それって限りなく青春をしている人には気づかない領域なのだと思う。


「桐生、知ってる?」

「先生と呼べ。」

「青春は、20代前半までを指すらしいよ。」

「へえ。」

「ちなみに季節の言葉で、夏は朱夏。」

「物知りだな。」




青春とやら。あと少し待ってくれないか。








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