第4話 警備隊の様子

「お、帰ってきたか。突然飛び出して行くから驚いたぞ」


エルヴィンがクロエから薬を受け取り、警備隊の詰所に戻ると、隊長のシモンが入り口で待ち構えていた。


 エルヴィンから魔女の薬を手渡され、確認したシモンは側にいた部下にすぐさま手配させる。


「隊長はあれを薬だと知っていたんですよね」


 薬を受け取った警備隊が走って行くのを見送った後、エルヴィンはシモンを問いただす。


「ん? 普通知らないか?」

「どう見ても普通の飴でしたよ」


 難しい顔のエルヴィンとは対称的にシモンはあっけらかんと答える。


「まあ、あの薬は王都でも平民の間でしか知られていないからな」

「……魔女の薬と言われていながら、警備隊は見ないふりをしてきたと?」

「何だ、奥さんに聞いたのか?」


 がはは、と答えるシモンにエルヴィンは至って真面目に問うも、シモンの口調は軽い。


「は? 奥さん?」

「何だ、オクレール商会の薬屋に行ったんじゃないのか?」

「行きましたけど……は? 奥さん?」


 ケラケラと答えるシモンにエルヴィンの眉間に皺が寄る。


「そ。うちの奥さん、オクレール商会の娘なの。商会長はお兄さんが継いでるけど、オクレールの薬屋は奥さんが取り仕切ってるよ」

「は……」


 シモンの言葉を聞くなり、エルヴィンは足から崩れ落ちてしまう。


「おい、大丈夫か?!」


 慌ててシモンが近寄ると、エルヴィンからは、はー、と息が漏れ出す。


「知ってたなら教えてくださいよ……」

「いやだってお前、あれが薬だとわかるなり飛び出して行くから……」


 魔物討伐に出掛けたエルヴィンたちは、何とか討伐に成功したものの、数名の負傷者を出していた。その中に命の危険が及ぶ者もいた。


 エルヴィンは胸ポケットにルナから貰った飴を入れたままにしていた。報告を聞いていたシモンはそのことを思い出し、急いでエルヴィンに飴を出させた。


 それを等分し、命の危険があるものを優先に与えた。するとその者たちはみるみる回復し、歩けるようにまでなったのだ。動けないものを担ぎ、何とか詰所まで戻って来たものの、事態は悪かった。


 容態が急変する者が出て、エルヴィンはあの薬を求めて王都中の薬屋を訪ねて回ったのだ。


「ありがとな、エル。お前は仲間思いの良いやつだ」


 ばん、とシモンがエルヴィンの背中を大きく叩く。流石のエルヴィンもふらりと前に倒れそうになった。


「おい、あいつ」

「元近衛隊だからって隊長に目をかけてもらえて良いよなあ」

「あんな高そうな薬だって、お綺麗な顔で融通してもらったんだろうよ」


 ヒソヒソと遠くから警備隊員たちの声が聞こえてきた。


「……」


 エルヴィンは近衛隊から警備隊に左遷されて来てから、こんなふうに言われるのに慣れていた。


 皆、エリート集団である近衛隊に不満や羨望を持っている。魔物討伐の前線で戦うのはいつだって警備隊だ。近衛隊は王族を守るだけで、泥臭い戦いには出て来ない。


「左遷されたのだって王女に逆らったかららしいぞ」

「ふうん、馬鹿だなあ。王族に睨まれたらエリートコースも終わりだな」


 皆好き勝手にエルヴィンを噂している。


「気にすんな!」


 ばしっ、とシモンがまたエルヴィンの背中を叩く。


「……気にしてませんよ。これは、ルイード王太子殿下の命令ですから。殿下は意味があることしかなさりません……」

「そうか、お前は殿下を信じているんだな」


 エルヴィンの言葉に、シモンが少し遠い目をしていたが、エルヴィンは気にすることもなく続けた。


「信じているなんておこがましい。俺はあの方を尊敬しています。あの方のためにこの国を守りたい。それが近衛隊だろうと警備隊だろうと場所は関係ありません」

「そうか」


 エルヴィンの言葉に、シモンは目を細めた。


「あの方は妹殺しで恐れられているが、いつだってこの国のために厳しくあられるお方だ。お前みたいな忠臣がいてくれたら安心だろうな」


 シモンはエルヴィンの肩に手を置いて、静かに笑った。


「隊長、それは……」


 エルヴィンは言いかけてやめた。


 シモンもルイード殿下を慕い、その険しい道のりを心配しているのだと伝わったから。


 この国の王太子、ルイード・ランバートは、魔女の血を引く妹を処刑した。ルイードが15歳の時である。


 それまで根絶やしにされていたはずの魔女の力を持って生まれた、名前も知られない王女は兄によって消された。その事実はルイードの名声を高めたと同時に、多くの貴族や国民に恐れられた。


しかし政治の手腕が素晴らしく、平民と貴族のバランスを上手く保っている。そんな恐れられつつも崇められているこの国の王太子をエルヴィンは尊敬していた。


 妹殺しはとても信じられないが、普段のルイードの仕事ぶりを近衛隊として近くで見てきて、ルイードのやることには必ず意味があると思うようになった。そして支えたい、と思った。


「こんな警備隊に飛ばされちゃったら、王城は遠いなあ」

「ここからでも出来ることはあります」

「ふ、真面目か」


 エルヴィンは第王女を庇って怪我をした近衛隊員が理不尽にクビにされたことに異議申し立てをした。しかし王女はそのことに怒り狂い、そのことを知ったルイードがエルヴィンを警備隊へ異動させた。


 そのことをシモンはもちろん知っていて、エルヴィンを可愛がっていた。


「みんな、真面目だねえ……」


 ぽつりと零したシモンの言葉に、みんなとは誰のことを指すのか。エルヴィンは疑問に思ったが、このいい加減で人の良い隊長の言うことは気にしても仕方ないな、と考えるのをやめた。

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