第3話 突然の訪問
「突然、すまないっ……、この薬を扱ってはいないだろうか?!」
慌てて店に入って来たエルヴィンの声が緊迫しているのがルナにはわかった。
(何かあったのかしら?)
「これ……は……」
「何か知っているのか?!」
見せた薬の包に反応したクロエにエルヴィンは勢いよく迫る。しかしクロエは口を閉ざしてしまった。
「……頼む、何か知っているなら教えて欲しい。実は、今日魔物討伐で隊員が負傷した。しかしこの薬を与えた所、たちまち回復した」
「……でしょうねえ」
エルヴィンの話に思わず溢したクロエ。エルヴィンは目を見開いてクロエを見つめる。
「あ……」
しまった、という顔のクロエに、エルヴィンは懇願するように話す。
「まだ深手を負っている仲間がいて、この薬が必要なんだ……! でもどの薬屋も知らないと言って口を閉ざす!」
必死な形相のエルヴィンに、クロエは一息置いて口を開く。
「それは、魔女の薬だと言われているからだよ」
「……なっ……! 俺が近衛隊と知っていてそれを口にするか……!」
クロエの言葉に驚愕したエルヴィンは、一歩下がり、警戒するように言った。
「
「……薬師というのは情報通なのか?」
「何それ?」
クロエの「元」近衛隊という言葉にエルヴィンが恐る恐る言うので、クロエからは笑みが溢れる。
「昨日、俺を知っている女に会った。そいつも薬師と名乗っていた」
「へえ……」
(あ、これ、後でからかわれるやつだ……!)
カウンターの下でクロエとエルヴィンの会話を聞いていたルナは、クロエの声色が変わるのがわかった。
「このランバート王国では魔女と口にするだけで捕らえられ、牢獄行きだからねえ」
「わかっていて何故……」
「あなたが求めているのが魔女の薬だからだよ」
困惑するエルヴィンにクロエはどんどん説明を進める。
「その薬を手に入れた人はラッキーなのよ。なんせ、必要な人の手に渡るように魔女が気まぐれに無償で配っているんだから」
「……じゃあ、あの女が……?」
「魔女なんているわけないでしょう?」
「……からかっているのか」
クロエの言葉に、エルヴィンの表情が変わる。ギラリと鋭い目つきでクロエを睨む。
「……あなたたちが一番良く知っているでしょう? 先代の王の時代に魔女の一族は根絶やしにされた。そして8年前、魔女の血を引く王女は王太子によって
「そうだ。だからこそ、そんなものは存在しない」
「でも、薬の恩恵を受けた人たちの間でその薬が密かにそう呼ばれているのは本当だよ」
そこまで聞いて、エルヴィンは黙ってしまった。
「まあ、その腕の良い薬師の噂なら聞いたことがあるよ?」
「本当か?!」
クロエが不敵に笑みを浮かべそう言うと、エルヴィンはパッと表情を変えて迫る。
「その薬師、月が出る夜に遭遇しやすいそうだよ。とりあえず、うちも受けた恩恵があるから、これを持って急ぎな」
クロエはカウンターの奥に隠してあった飴の包をエルヴィンに手渡す。
エルヴィンは包とクロエの顔を交互に見ると、ほっとした表情を見せた。
「すまない……、貴重なものだろうに……」
「本当に困っている人の元に行くように、この薬もここにあったのさ、さあ早く戻りな」
「ありがとう……!」
クロエの言葉にエルヴィンは頭を下げると、駆け足で店を出て行った。
カランカラン、と店のドアベルの音だけがその場に残っていた。
「あのイケメン騎士さんにはあげたんだ?」
(うっ……)
カウンターの下に隠れていたルナを覗き込むように、クロエがニマニマと見下ろしてきた。
「いや、だってあの人、左遷された理由だって仲間のためじゃない?! だから絶対有効に使ってくれると思って……!」
「ふうん?」
一生懸命説明しているのに、クロエはずっとニヤニヤしている。
「イケメンだからじゃないからね!!」
「え、何それ」
ふー、ふー、と顔を赤くしてルナが言えば、クロエは目を丸くする。
「テネが昨日から煩くて」
「へえ、テネくんが……」
「僕が何さ」
そこへタイミング良くテネが帰ってくる。ルナが薬屋にいる間、情報収集に回っていたのだ。
エルヴィン・ミュラーが左遷されてこの王都の警備隊に左遷された話もテネの情報収集と、クロエの旦那からの情報によるものだった。
ルナの情報源はテネとクロエだった。
「お、テネくん、ミルク飲むかい?」
「飲む!!」
もちろんテネの声はクロエに通じないが、元気よく返事をしたニャーと言う声に、「そうかそうか」と言ってクロエは笑顔でミルクを準備する。
「どうやら魔物討伐に手こずった警備隊に負傷者が出てるみたいだね」
「……みたいだね」
テネの情報よりも先にルナが知っていたことに、テネは目を瞠る。
「テネくん何だって?」
「警備隊に負傷者が出てるって」
「ああ、エルヴィンが言ってた通りだね」
ミルクの皿をテネの前に置きながらクロエが聞いてきたので、ルナも答えた。
「え……?」
「え?」
テネが驚きを重ねて声を出す。
「あのイケメン騎士、ここに来たの?!」
(あ、しまった……)
驚くテネに、ルナは口を抑えたが、すでに遅かった。
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