第2話 魔女の日常

「ふわ〜、おはよう」

「おはよう、もう昼過ぎだけどね」


 次の日の午後、ルナはいつも通り布団から起き上がると、一緒に寝ていたテネに挨拶をする。このやり取りも日常だ。


 この家唯一の窓にも遮光カーテンがかけられているため、部屋の中は薄暗い。


 ルナはカーテンを開けたい衝動を抑える。


「何それ、わかってて毎日そんなことしてんの?」

「うっさい! 憧れるくらい、いーでしょ?!」


 毒舌なテネにルナは舌を出してふてくされる。


「顔洗って来る!」


 プリプリと怒りながら、ルナは洗面台に向かった。


 こじんまりとしたこの小屋ともいえる家は、所狭しと物であふれている。それを縫うようにルナは歩いて行った。


「……悲しむ暇なんてないからね、ルナ……」


 ルナがいなくなった空間で、テネがポツリと言葉を溢していた。


 ルナの一日はだいたい決まっている。


 お昼過ぎに起きて、テネと一緒に遅い朝食をとる。その後は日が沈むまで調剤をする。


 師匠のアリーに叩き込まれた魔女の知識をフル活用して作る。作るのは、薬草を使った一般的な薬がほとんど。そして、採取した月の光で特別な薬を少し作る。


「ねえ、その薬も売れば良いのに。お金がたんまり入るよ?」

「……この薬は本当に必要な人に渡したいから」


 ゴリゴリとすり鉢で薬草をブレンドしている横で、テネが暇そうにこちらを見ながら言う。


「ふーん、あのイケメン騎士様は本当に必要な人だったわけ?」

「あ! れ、は……、!」


 イケメン騎士の話を急に蒸し返され、ルナは焦る。


(顔は関係無い。……はず)


 憧れの色を持つその人は、確かに整った顔立ちで、ルナも思わず見惚れてしまうほどだった。しかし、薬を渡したのはそんな個人的理由では無い。


「最近、魔物が活発化してるから……。先頭きって戦うのは警備隊の人たちでしょ。何かあった時のために、彼なら有意義に使ってくれると思ったから」

「わかってるよ」


 そこまで言って、テネは意地悪そうな顔をやめて言った。そして、クア〜とあくびをすると、寝てしまった。


「もう、好き勝手言っといて……」


 そんなテネを見てルナはブツブツ言いながらも調剤を続ける。


「……本当にもう魔女はいないのかな?」


 眠るテネにポツリとルナが言うと、テネは顔をあげず、伏せたまま答える。


「そうだよ。だから僕たちがやらなきゃいけないんだ。アリーもいない今、君だけがこの国を守れるんだよ、ルナ」

「……わかってる」


 テネの言葉に、ルナはぐっと口を結んだ。


 それからはお互い沈黙したまま(テネは寝ていたかもしれないけど)、夕方まで時間が過ぎた。


「さて……」


 作り終えた薬を籠につめ、ルナは部屋着から外出用の服に着替える。


 今日はオレンジ色のワンピース。ルナの服は青かオレンジ色が多い。そこに頭をすっぽり覆えるフード付きの外套を羽織る。


「日が沈んだよ、ルナ」


 いつの間にか入口に立っていたテネの言葉に、ルナは頷いて玄関のドアをそっと開ける。


 太陽が沈んだばかりの森は暗いが、遠くの空にうっすら雲状に残るオレンジ色が見える。


 外套のフードを深く被り、ルナは森から王都への道を急いだ。



「こんばんは……」


 王都の少し外れにある小さな薬屋の裏口からフードを外し、ルナが入ると店主がにっこりと出迎えてくれる。


 表には「CLOSE」の札がかかっており、店主は片付けを始めていた。


「いつもの薬です、クロエ」

「ああ、ありがとう、ルナ」


 茶色の長い髪を一つに束ねた店の店主、クロエは、いつもの場所に薬を置くように指で指示をする。


「ああ、そういえば、昨日、あのエルヴィン・ミュラーに会ったって? イケメンだったろ?」

「ぶふっ……!!」


 薬の引き渡しが終わり、いつもカウンターでお茶をご馳走になる。いつも通りカウンターに腰掛け、出されたお茶を飲もうとした所で、ここでもイケメン騎士の話を振られ、ルナは思わず吹き出してしまった。


「なっ……、なぜそれを……」


 ぐい、と口元を拭いながらクロエの方を見れば、クロエはちっ、ちっ、ちっ、と指を動かしながら得意げに言った。


「旦那さんからの情報です。真面目なエルヴィンが報告しないわけないでしょ? まあ、旦那で止めてあるけどね」

「そうでしたね……」


 得意げなクロエに、ルナは思わずがっくりとカウンターに突っ伏す。


 クロエの夫は、この王都の警備隊の隊長だ。見回りをしていて怪しい女に会ったなら、あの真面目なエルヴィンは必ず上司に報告するだろう。


「ね、ね、イケメンだったでしょ?」

「イケメンでしたけどもっ、あそこの高台の見回り、月が出る夜はかち合わないようにしてくれてましたよね?」


 何故か嬉しそうに話すクロエに、ルナは呆れながらも抗議する。


「それは、ね……、真面目なエルヴィンくんの独断と言いますか……」

「ちょっとーお? 隊長さん上手く制御してよね!」

「まあまあ、情報操作は上手いことやっとくから」


 拝むように手を合わせてクロエがウインクすると、ルナは仕方ないなあ、と溜息をつく。


(まあ、クロエには師匠の代からお世話になってるし、隊長である旦那さんの情報のおかげで警備隊に見つからずに行動出来てるもんな)


「いつもありがとね、クロエ」

「やだ、可愛い!」


 照れくさくて上目遣いでお礼を言えば、ルナはクロエにからかわれてしまった。ぐしゃぐしゃと頭を撫でるクロエの手が心地よい。


 クロエは、師匠のアリーが死んでから、ルナにとって唯一の人間・・の話し相手だった。旦那さんである警備隊長の情報はクロエを通じて、薬の引き渡しの時に得ている。


「こっちこそ、ルナの薬のおかげで沢山の人が助かってるよ。アリーも安心だろうね」


 師匠のアリーとクロエは歳も近く、仲が良かった。


 アリーが亡くなった日、クロエも一緒に泣いてくれた。そしてお墓から何からクロエが手配してくれたのだ。


 そんな感傷に浸っていたその時、店の扉をガンガン叩く音がした。


「急患かな?」


 クロエと顔を見合わせ、ルナは頷きカウンター側に回り込み、下に身を隠す。


 クロエがそれを確認して扉を開けると、慌てた顔で入って来たのはエルヴィン・ミュラー、あのイケメン騎士だった。


  

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