第323話 石山の法主は、新たな陰謀を巡らせる

天正2年(1574年)2月中旬 摂津国石山本願寺 顕如


「……それでは、3つの暗殺計画は、いずれも失敗したのですね?」


「はい……残念ながら」


「そうですか……」


事の顛末を報告しに来た頼廉の言葉に、わたしは肩を落とす。成功していれば、織田と浅井に打撃を与えて、加賀、伊勢長島、そしてこの石山への圧力を弱めることができたであろうことに思いを馳せて。


「法主様……」


しかし、わかっている。終わったことにいつまでもくよくよ悩んでいる時間は、我らにはないことも。


「毛利は……小早川殿は、何か言ってきてはいないか?」


「いえ、今のところは」


元々、この暗殺計画は小早川殿からの提案であった。将軍である織田信忠、この石山を攻める大将の柴田勝家。さらには、織田の尼将軍と言われ、裏で全ての糸を引いているという噂の東郷局の暗殺を目指したのは。


それだけに、こうして失敗に終わった以上、何か言ってきてもおかしくないのだが……そうか。我らは捨て石にされたか。ならば、当てにしても無駄だろう。こちらはこちらで、次の手を考えなければならない。


「頼廉……かくなる上は、我らは独自に動きましょう。暗殺がダメでも、内側をかく乱すれば、当初の目的は果たせます」


とにかく、この石山を含めた我らの拠点に対する圧力を跳ね返すための手を打たなければならない。そのために具体的に思いついたのは、織田方の武将に謀反を起こさせることだ。


「畏れながら……そう容易く謀反を起す者などいましょうや?」


「実際に起こさなくても構いません。そういった噂が信長の耳に入ればよいのですよ。さすれば、あとは勝手にあちら側で揉めてくれるでしょう」


そして、そのことは我らに利を与えてくれることになる。我が方への圧力を減じる効果もあるが、時間を稼げば、今は及び腰の毛利も重い腰を上げて上洛するであろう。そうなれば、我らはこの窮地から逃れられるのだ。


「暗殺は失敗しましたが……東郷局の事で、徳川三河守が懲罰を受ける形で、この石山に兵を率いて参戦するそうです。当然、不満があるでしょうから、ここを突きます」


『徳川三河守は、松永弾正と共謀し、大和で挙兵する』


三河守の腹心である本多弥八郎は我が門徒で、松永ともつながりのある男だ。真実味もあるし、そのような噂を流しておけば、気の短い信長の事だ。きっと、二人を問答無用で成敗するだろう。


そして、それが分からない二人ではない。召喚に応じず、本当に挙兵する可能性も少なからずある……。


「あと、北近江の大名、森三左衛門の奥方は、以前我が本願寺に寄進していましたよね?」


「御意にございます。もっとも、我らが挙兵してからは、音信は途絶えましたが……」


「それも利用しましょう。先程の噂が広まったところを見計らい、森三左衛門が我らと通じて越前に侵攻するという噂を今度は浅井の領内に広めてください。さすれば、越前中納言は加賀攻めをためらうはずです」


無論、真宗への信仰心が厚い奥方のことを思えば、心が痛まないはずがない。しかし、背に腹は代えられないのだ。心の内で申し訳ないと詫びて、わたしはこの作戦の実行を頼廉に命じた。


そして、頼廉が下がったのちにわたしは文を書く。宛先は、甲斐にいる義兄だ。


「我らに同心して挙兵いただけること、忝く存じます……」


そのように書き出したこの書状は、甲斐に届く前に織田方の手に渡るように細工をする。そうなれば、真偽を確かめるため信長の目は東に向かざるを得まい。その分、長島への圧力は弱まるだろう。


我ながら完璧な策だと高揚しながらも、一方で冷静に空しくも感じている。いずれの策も他力本願で、最早自力で何とかできる力が残っていない。「なるほど、これでは他力本願寺だな」と思い知って……。

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