第21話 招かれざる客


 モフモフ。

 該当する魔物は・・・現状いない。一旦、諦めるか。



 「ん?」



 何だか外が騒がしい。傭兵の一部が突撃してきたか?まあ、予測の範囲内だ。なので慌てることはない。こちらから出迎える気は欠片もないので魔王の如く、泰然と待ち構えるとしよう。

 そして、最初の勇者がオレの前に現れる。・・・もう会うことはないと思っていたんだがな。視線の先には知っている人物が立っていた。



 「ラウラさん」



 その名を呼ぶが、相手は無反応だった。女傭兵の手には血まみれの剣が握られている。その体の至る所にも血が付着している。おそらく返り血・・・だけではないな。軽傷と言い張るには無理な怪我を負っている。そんな状態でも、魔物の壁を突破してきたのか。

 召喚した魔物のなかに強い個体はいない。今のオレでは制御しきれないから。その分、数は揃えた。その数は軽く百を超える。それをラウラは単独で突破してきたのか。・・・何のために?



 「何か御用ですか?わざわざこんな所にまで。そんな満身創痍になってまで」



 再度、呼びかける。今度は反応があった。



 「・・・・・・アーシャ殿と話がしたかった。だから、ここに来たんだ」



 「それだけの為に?」



 このまま殺し合いに突入する可能性も、ゼロではないと覚悟していたんだがな。なんせ今のオレは人類の敵である魔王の名を騙っているし。



 「謝りたかった。他の誰でもない君に」



 謝る?ラウラがオレに?・・・心当たりがないんだが。



 「どうしたんです、改まって。ラウラさんに謝られるようなこと、された記憶がないですよ」



 本心からそう答える。お互い、色々あったが憎しみ合う関係でもない。そう思っていたのはオレだけなのか?オレの返答に、ラウラが何かを否定するように首を左右に振る。



 「結局、実行されなかった計画だった。・・・けど、水面下では着々と進んでいたんだ」



 「それは・・・・・・やはりプリエール絡みですか?」



 「気付いて・・・いたのか」



 「何となく。本当に何となくです。貴女が何か手を汚すとしたら、それしか考えられなかった。出会って短いだろうに、貴女は随分とプリエールに感情移入していましたから。いつかの・・・妹さんに似ているのが理由ですか?」



 「・・・・・・」 



 ラウラが無言でうなだれる。オレはそれを肯定と捉える。



 「・・・・・・以前にも言ったかもしれないが、外見は似ても似つかない。けど、本当に雰囲気やちょっとした言動が少しだけ似てたんだ。ほんの些細な仕草一つ一つが。本当に・・・似てたんだ。理由なんてそれだけなんだ。本当に・・・・・・死んだ妹に似てたんだ」



 ・・・既に死別していたのか。その面影をプリエールに重ねてしまった。それが、悲劇の始まりか。



 「アタシが村に迎えに行った時には、既にプリエールは水龍の贄候補筆頭だった。学園長から事前に聞いてはいたんだ。水龍が好みそうな贄だと」



 「・・・学園長一人の仕業ではなかったと思ってはいました。ラウラさん、貴女も共犯者だったんですね」



 長年続いた悪習である、生徒失踪事件の。



 「数いる内の一人に過ぎないが・・・ははっ、罪悪感を軽減させるための言い訳だな。すまない。聞き苦しい戯言さ」



 「しかし・・・貴女は出会ってしまった」



 プリエールという、亡き妹に似た少女に。



 「そして、失いたくないと願ってしまった」



 「当たり前だろ。妹を二度も失うなんて耐えられない。耐えられるわけがない!だから!あたしは!!」



 血を吐くように、苦し気に叫ぶラウラ。それはもはや慟哭に近いものだった。



 「プリエールの代わりを探したんですね。学園に連れ帰るまでに」



 「そんな都合のいい奇跡、起きるわけないと思っていた。プリエールと同等の魔法素養に優れた少女など、短期間で見つけられないと」



 幸か不幸か、奇跡は起きた。ラウラの前に都合よく、ソレは現れてしまった。そう、オレことアーシャが。



 「サラマンダーを颯爽と倒した君を一目見た時から、プリエールの代わりは君しかいないと確信した。君を贄に捧げれば・・・プリエールは助かると・・・思ってしまったんだ」



 ようやく合点がいった。ラウラがやけにオレを手元に置きたがっていた事実に。本来ならプリエールの護衛は必要なかった。あれはオレを魔法都市まで同行させる為の口実。アークワンドに到着してからも、オレの動向を細かく気にかけていた。当初は面倒見の良い過保護な姉御キャラと分類していたが、実態は贄の代替案を画策していたわけだ。怖いね。人間不信になりそうだよ、冗談抜きで。



 「そしてまた奇跡は起きた。都合よく、わたしから魔法学園の入学について相談された」



 「あの時は狂喜乱舞したよ。手間が省けたと。・・・どうやって怪しまれずに入学してもらうか、頭を悩ませていたからね」



 オレにはオレの思惑があっての事だったが、ラウラにとっても渡りに船だったのか。やけに協力的だと思った。



 「学園長にすぐさま提案したよ。プリエールより贄に相応しい生徒を見つけたと」



 「学園長はその提案をあっさりと受け入れたんですか?」



 「当初はな。しかし・・・君があまりにも優秀すぎたのは誤算だった。まさかの特例。想定外の41人目。学園歴代でもトップクラスの魔法素養。約束は反故にされた」



 「そうして、プリエールは既定路線のまま贄として捧げられた」



 何とも報われない結末だ。



 「・・・もう少し。もう少し時間があれば。プリエールは救えた。救えたはずなんだ」



 ラウラは誰に聞かせるわけでもなく静かに呟いた。だが、オレは聞き逃さなかった。今の言い方・・・来年の分の贄候補を選定したのか。そしてそれで当面を凌ごうとした。予想外だったのは水龍が今年の贄を捧げる予定を急かした事か。いま思い返せばわざわざ水龍がオレたちの前に姿を現したのは今年の贄を見定めるため。そして、プリエールを見つけた。見つけてしまった。本当ならあの場ですぐに食いたかっただろう。だが、人目があるから我慢した。・・・その我慢は長く続かなかったが。



 「学園長は言ったんだ。プリエールを水龍から守るために隠したって。だから当面は行方不明扱いにしたんだって。そう・・・言ってたんだ」



 それは、やけにプリエールに固執するラウラを騙すための嘘だった。そんな言い訳を並べ立てていた時には、既にプリエールは・・・・・・。

 ラウラは泣いていた。気の強そうな姉御キャラはどこにもいない。元々、いなかったのかもな。



 「・・・滑稽だな。体よくアタシは利用され続けたわけだ。プリエールが食われていたのに。何も知らず、君と学園内を探し回っていた。ははっ、はははっ」



 泣きながら、笑っている。もはやラウラの精神状態はぐちゃぐちゃなのだろう。もしかしたら既に壊れているかもな。魔物がひしめくこんな場所に単独で来たのも、死に場所を求めていたからか。



 「・・・最初の質問に答えるよ。アタシは死にに来たんだ。プリエールの代わりに君を贄に捧げようとした。その償いをする為に」



 「死んで詫びると?その理由は後付けじゃないんですか?」



 「・・・・・・手厳しいな。・・・そうかもしれん。けれど、君を殺そうとしたのは事実だ。ならば・・・君に殺されても文句は言わない。恨みもしない」



 ラウラが握りしめていた剣を手放す。地面へと落ちた金属音がやけに虚しく響き渡る。



 「魔物に殺されるのも一興と思ったが、どうせ殺されるなら君がいい。・・・いや違うな。君じゃなきゃ駄目だ。君以外に殺される気はない。さあ、殺してくれ魔王よ。魔王復活の最初の犠牲者がアタシだ」



 腕を左右に大きく広げるラウラ。抵抗する気はない。全身でそう語っている。ラウラに生きる気力など皆無で、死を今か今かと待ち望んでいる。・・・・・・・・・誰だよ、こんな糞みたいな世界を創造したのは。オレが、責任を取るしかないのか?他の誰でもない。絶望させたオレが!

 それからの事はうろ覚えだ。

 ただ・・・オレの足元にはラウラの死体が無造作に転がっていた。その表情はどこか・・・・・・清々したようにも見えた。

 きっと、この地獄みたいな世界から去れて、すっきりしたのだろう。



 「・・・・・・・・・NPCのくせに」



 死に様まで、まるで本物の人間みたいに死ぬんじゃねえよ。区別がつかねえだろうが!

 オレは制御できない感情のまま、握っていた剣を壁に目掛けて投げつけた。くそ、ラウラの感情に引っ張られてオレまで情緒不安定だ。何も考えられない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 ラウラめ、死に際に呪いを残して逝きやがった。プリエールを救えなかった自分自身と、オレへの当てつけのように。



 「あらあらん?お取込み中だったかしらん?」



 またも望まぬ客が来たのか?

 今度はどこのどいつだ?




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