42話「あの後…」

「はい。というわけで、本日も張り切っていきましょう。結城五月の、夜まで生放送! 本日も最初は、リスナーさんと生電話のコーナーからスタート! ぷるるる……お、通じましたね!」


リスナー「五月さんこんにちは」


俺「はいこんにちは~」


リスナー「さっそく五月さんに質問です。五月さんは貧乏なのに、どうして個室に入院しているんですか?」


俺「ほほう、手厳しいねぇ。でも確かにその通り。貧乏で貧乏を洗ったような俺が、なぜに個室などというブルジョワ待遇を受けられるのか? 答えは単純。相部屋が満室だったからさ」


リスナー「なるほど~。それと、そもそも五月さんはどうして入院しているんですか?」


俺「俺はあの夜、ミチルをホテルまで連れて行く前に意識を失ってしまい、そして息絶えてしまった。いま喋っている俺は幽霊である――という展開になるかと思われたのですが……」


リスナー「ワクワク、ワクワク……どうなったの? そのあとどうなったの?」


俺「ふふふ……そうせかすなよお嬢ちゃん。さて、実を言うと、俺に記憶はない。当たり前だよね、俺は気を失っていたんだからさ。だからここで一度、ホテルの従業員の方に証言してもらいましょう。ホテルのボーイさんと電話が繋がっております。では、お願いします」


ホテルボーイ「はい。かしこまりました。あの夜は、いやぁ驚きましたよ。台風でテンションをこじらせた私が外で『ひゃっほう!ひゃっほう!』とわめきながら走り回っていたら、道端みちばたに誰かが倒れていたんですからねぇ。私はすかさずひゃっほう仲間を呼んで、倒れていた二人をホテルに運びこんだのです。救急車はすぐに来ましたよ。台風でもおかまいなし。流石はプロですね」


俺「と、いうわけさ」


リスナー「それで、その、ミチルさんはどうなったんですか?」


俺「彼女は風邪一つひかなかったよ。頭に怪我をしていたから――これは転んで怪我したらしいんだけど――一応精密検査をしてもらったそうな。そして異状なし。一晩だけ入院して、次の日退院さ。一方俺は、肺炎をこじらせてしまってね。今日で入院生活四日目さ。でも、明日には退院できるらしい」


リスナー「へぇ~、そうだったんですかぁ」


俺「まったく困ったものだよ。玲と俊吾から授かった五万は全部入院費に消えた。それどころか、五万じゃぜんぜん足りず、実家の両親に借金をするハメになってしまった」


リスナー「最後に一つだけ質問があります」


俺「ん? 何かな?」


リスナー「一人でこんなことやっていて楽しいですか?」


「……」


 俺は誰もいない個室を見渡す。


「だって、一人ぼっちは寂しいんだよ……」


 腕に突き刺さっている点滴の針でダーツをしたい衝動に駆られる。それくらい暇だ。


 先日のことといえば、薫と俊吾と玲について。

 彼らは無事にブレイカーズを撃破したそうな。ほとんど薫の戦果らしい。

 ブレイカーズは、わずか三人相手に敗北してメンツ丸つぶれ。薫たちに向かって「今回の件はなかったことにしてほしい。誰にも言わないでほしい」と懇願したそうな。薫は要求を呑む条件として、俊吾の借金をチャラにすることと、二度と自分の仲間に因縁をつけないことを挙げた。

 ブレイカーズ総長の斉木は、一も二もなく承諾した。


 本日は八月三十一日。時刻は午前十時。


 俺は窓の外を眺める。見慣れた街。空は暗く、一雨きそうなかんじだ。


 ミチルはいま何をしているのだろうか? 彼女にとっては、今日が夏休み最終日だ。

 ミチルとは、あの台風の日以降会っていない。とうぜんお見舞いになんて来てはくれない。俺は彼女を騙し続けた、薄汚い嘘つきなのだ。


 なんだか、ひどく遠い時間に来てしまったように感じる。しかしあの台風の日は、たった四日前である。


 これから先、俺は二度とミチルと話ができないかもしれない。それを思うと、気持ちはおのずとブルーになる。

 仕方ない。騙していたんだ。嫌われてとうぜんのことを、俺は彼女にしたのだ。


 決めるのはミチルだ。

 俺はミチルに嘘を告白した。ベストな打ち明け方とは言い難いけど、誤解を解くことはできた。やるべきことはやった。


 後悔なんて、あるわけない。

 後悔なんて……。


 ナイトテーブルの上の花瓶には、薫が持ってきてくれたジャノメエリカがいけられている。

 薫の言葉が蘇る。

「花言葉は、孤独よ」


 ……嫌がらせかい?


「寝よ……」

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