第2話 ワクワクと戦慄の入学試験 ②

セイラは、眼を閉じ軽く、「飛べ!」と箒に命令した。


箒は、ふわりと浮くとみるみる上昇しセイラを載せた箒は、天井スレスレの10メートルの高さまで浮いた。



ーまずは、これで良し。



セイラは、ホッとひと息つくと全精神を集中させた。全身が昂り心臓の鼓動が早くなる。


今まで、何度か飛んだことはあるが厳粛な場での披露は初めてだ。



「進め!」



箒は、全身した。


ホッとするのもつかの間ー。



箒は弾丸のようなスピードで直進し、セイラは壁に激突しそうになり慌てて進行方向を変えた。




「うわー、止まって、止まって、止まって!」



箒は窓を突き破り、セイラは校庭へと出てしまった。



会場内は、ざわめき立つ。


「な、何、あれ…?」




セイラを乗せた箒は、校庭の向こうの森の方まで直進しようとしていた。


セイラはしきりに「止まれ!」と、命じるも、箒は言うことを聞いてくれないー。


セイラを乗せた箒は、みるみる上昇していき巨城が全部見渡せる位の高さまで上がった。


眼下には、無限に続く広大な森が広がっていた。


幾つもの連なる山々がくっきり見え、セイラの動悸はみるみる速まった。



「な、何なのよ!もう…」


セイラの全身から、汗が滝のように吹き出てくる。



箒は、ぐにゃぐにゃ不安定な弧を描き大波を描く。




「わ、わ、わ…どうしよう…」


セイラの全身は、熱くなった。冷や汗も、容赦なく吹き出してくる。




「わー、危ない、危ない、危ない、危ない!!!!」


セイラは体勢を立て直し、箒は再び窓を突き破り受験会場の中へと舞い戻り、箒は壁に激突寸前でピタリと止まった。


セイラは、放心状態で固まり、箒は緩やかなカーブを描いた。




会場内では、悲鳴や歓声が飛び交う。



「咲山さん、もう良いです、結構です!」


試験管の一人が、困惑したような顔を見せ手を叩いた。


「ははは、良いじゃないか!」

校長先生は、大笑いし盛大に手を叩いた。周りは唖然とする中ー、彼の心に響いたようだ。


試験管は、こほんと咳払いした。



「・・あっ・・すみません。」


セイラは、ゆっくり落下し床に降り深々会釈をすると、おぼつかない足取りで自分の席まで戻った。


ーはぁー、これは、駄目だな…


セイラは、戦慄した。

人生最大の恥さらしだ。

もう、誰とも顔を合わせたくないー。

誰も見たくないー

早く家に帰りたいー。




「では、188番、ルーナさん。」



「出た…この学校の期待の星よ。」

「何をするのかしら。」

辺りは、急にそわそわしだしだした。



「えっ、そんなにすごい子なの?」



「あなた、知らないの?魔法省トップの官僚の子よ。テレビや新聞、広告でよく流れてる、あの、五代財閥のバードン家のお嬢様よー。あのバードン家は、政界にも大きな影響を及ぼしてるの。」


「へぇー」


「何をするのかしら?」




ルーナは、妖精のような幻想的な容貌をしていた。


桃色の髪に、透き通るエメラルドグリーンの目、アーモンド状の

小さな顔ー。


上品な雰囲気を醸し出しており、誰もがその美貌に息を飲んだ。





「では、植物を育てたいと思います。」


ルーナは、壇上に上がりテーブルに小さな鉢を置いた。


ルーナは、鉢に杖の先端を向け呪文を唱えた。



「アルカナ、エクシア、ハート…」


すると、鉢の中の種から芽が生え、早送りしたかのようにみるみる伸びた。


その芽は、ぐんぐん伸びていき、徐々に大きく膨れ上がり樹木を形成した。


その樹木は、あっという間に、天井に届きそうな大樹になった。


そして、ルーナは再び杖を振るい呪文を唱えた。


「エクシア…、イゾ、ハート!」



すると、その大樹は、逆再生したかのようにみるみる縮んでいき、芽の状態になり種に戻った。


「凄いわー。」


辺りからは、拍手と歓声が湧き上がった。




ルーナは、丁寧にお辞儀をすると優雅なな佇まいで席まで戻った。


「上級魔法よ!」


「ホントだわ…凄い精神力とコントロール力が必要になるのよね…」



セイラは、その様を見て感動するもー自分との差に愕然とし益々、恥ずかしく消えたい気持ちでいっぱいになった。


終わった者から順に、図書館に戻された。


全員の試験が終わるまでの残り一時間の間は、セイラは恥ずかしく一番奥の本棚の隅に隠れ俯いていた。


さっきまで張り詰めていた空気が逆転し、みんなホッと胸を撫で下ろしていた。


希望者には、学校見学があるらしく、殆どの者が図書館の外へと出て行った。


セイラは、誰とも顔を合わせたくはなかった為、じっと奥の方で休んでいた。



ふと、足音がこちらに向かって近づいてくる。


受験生の一人が、ちょこんと顔を出しキョロキョロ辺りを伺っている。



ブリギッドだ。


ブリギッドは、セイラの方を見てハッとしたような顔をし近づくと話しかけてきた。



「すみません、そこにある妖精の本、取ってくれませんか?」



「・・え、あ・・?」

セイラが振り向くと、そこには妖精図鑑と書かれていた本が陳列されていた。


「こ、これの事・・?」

セイラは、本を取り出すとブリギッドに手渡した。


「ありがとう。凄く、良かったよ。」

ブリギッドは、そう言うと軽くお辞儀をしそそくさと席の方まで戻っていった。




一時間ほど待ち、全員の試験が終わると、試験管がこれからの日程について案内した。



「では、これで試験を終わりにします。結果につきましては、二週間後に郵送します。合格者には、入学式の案内と当日の日程表や持ち物などが記された紙が同封されています。」





「お疲れ様でした。」


「お疲れ様でした。ありがとうございます。」


受験生らは、挨拶をし学校を後にした。



ーみんな、凄かったな…特にあのブリギッドという子とルーナは素敵だった。はぁー、それに比べて私は…てんで駄目だったな…恥ずかしかったし…多分、落ちてるよね。こんなに格式高い魔女の学校は、私のような平凡な人間が来るような所じゃないんだわ…

でも、まあ、最終試験に残れた事だけ誇りに思うとしよう。セラム伯父さんに良い話土産になったと切り替えて、一緒にケラケラ笑ってよ…ー



セイラは、自分があまりに場違いで居心地が悪く、一刻も早くこの場を離れたかった。




蒸気機関車に乗り、帰路に向かう。


「ねぇ、試験、自信ある?」


「いいえ、私はからっきし駄目ね。他の人は独創性あったけど、私は在り来りな魔法しか出来なくて。」


「私もー。何せ、競走倍率20倍だものねー。」


「良いなー。ルーナは、きっと首席なんでしょうね…」




帰り際、すぐ近くの席に居た受験生らの会話が気になり、セイラは、話に割って入った。



「ねぇ、競走倍率20倍って、ホント?」


「え、ええ。ホントよ。一次試験で、全体の6割が振り落とされるの。書類選考でね。そして、2次試験で更に6割が落とされて、最終試験で更に六割。応募した時点で3000人程いた受験生が、最終的に150人にまで絞られるのよね…三次選考で350人でしょ…。その中から殆どが振り落とされるって訳。」


「何せ、格式高い学校は、人気が高いものね。創立1000年以上はする、魔法省お墨付きの名門なのよ。魔法省の魔女の中には、この学校出身の人も結構多いみたいだから。先生や授業のレベルが、違うし。全国から応募者が殺到するから。はるばる遠い所から旅費交通費かけて、受けに来る子も多いからね。」


「合格したら、将来が、決まったも同然だからね…入れた子は、幸運中の幸運よ。」


「やはり、試験のレベル、思ってた以上に高かったよね。」


「うん、私、侮ってたわ。」


「最終試験に残れたことだけでも、良い経験になったわ。」


「そうね。誇りにしましょう。」



「あ、ありがとう…」

セイラは、愕然とし自分の席に戻った。



ー凄い、宝塚みたい。私は、絶対に落ちてるよね。



周りと自分を、見比べる。




ーはぁー、何で、こんな所に受験しに来たんだろう。もう、疲れちゃったよ…


セイラは、ぼんやり窓の外の景色を眺める。





蒸気機関車は、緩やかに降下し線路に着地する。


受験生らは、荷物をまとめゾクゾクと降りた。

セイラは、重たい足取りで一番最後に降り改札口を出た。


入り口にセラム伯父さんが姿を現した。




「あ、叔父さーん、」


セイラは手を振ると、叔父の方まで駆けつけた。


「はあー、死にたい…死にたいよう…」

セイラは、今にも泣き出したくなるくらいの表情をし目をうるうるさせた。



「どうしたんたい?ため息までして。2次試験まで順調だったじゃないか?」


「うん…そうなんだけど…今日、恥かいたの。」


「恥・・?」


「私、試験でお母さんの箒に乗って宙を浮いたの。そして、辺りを旋回する予定だったのに、思うように操作が効かなくて、校舎の窓を割っちゃって、校庭に出ちゃった…そしたら、箒の操作がよくわからなきなっちゃって…ぐにゃぐにゃ不安定に回ったの。そしたら、私、パニックになって、箒がいきなり高く急上昇したり急降下しちゃって…」


セイラは、顔を真っ赤にし早口で事の詳細をまくし立てた。


「良い経験になったじゃないか?魔女は、みんな初めから優秀じゃないんだ。みんな、初めは、不器用なんだよ。」


「何処が…?みんな、私と格が違うわ。レベルが違う。私、恥ずかしかったんだからね!とっても!」


思い緩慢とした動作で、車の中に乗る。


叔父は、時々バックミラーを確認するもそっとしてあげることにした。


帰りの車の中で、セイラは、顔を赤くし頬を膨らませてぼんやり外の景色を眺めた。


赤いワゴンは、しばらくメルヘンチックな街並みを走った。

次第に霧が濃くなっていき、益々深くなった。


しばらく走ると、霧が薄くなり森を走り長閑な田園風景が広がっていた。


田園風景を眺めると、セイラは胸の奥から熱いものが込み上げて来た。


悔しさと、苦しみ、自分に対する強い怒りが込み上げてくる。



ーお母さん、ごめんなさい…



しばらくすると、セイラは首をブンブンふり気持ちを切り替えた。



「でも、良い経験だったしね、楽しくなかったと言えば嘘だもの。」



セイラは、吹っ切れ前向きに違うことを、他の楽しいことを考えようとした。




試験の事は徐々に忘れていき、木登りや缶蹴りなどをし残りの学校生活を楽しんだ。




二週間が、経過した。


セイラは、試験の事はすっかり頭から離れ友達と缶蹴りをしたりして遊んでいた帰り、伯父から郵便物を手渡された。



「ええっ!?嘘でしょう!?合格だって…」


「凄いじゃないか?」


「補欠だって…今まで、この学校、そういうの無かった筈なのに…」


「運も、才能のうちだよ。」


「どうしよう…上手くやっていけるかな…」


「大丈夫だよ。お前は、お前自身を信じて生きて欲しい。これは、自分が大きく変われるチャンスなんだ。自分を卑下してはいけない。自分の力を信じて、大事にするんだ。」


「・・・分かった・・ありがとう。私、頑張るよ!」

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