第8話 報告
翌日、真は約束通り十時に着くと、そこには顔が小さく背の高い菅刑事と、あかねがソファで向かい合って座り、談笑していた。
「あ、おはよう。真君」あかねは手のひらを広げたまま、右手を上げた。
「おはようございます」真は二人に向かって言った。人見知りなので、いささか緊張もあった。
「おはよう。真君はこの探偵事務所の助手として正式に働かないのかい?」と、菅は腕組みをしながら言う。
「いえ、僕には事件を追う、ライターなんで……」
「ほとんど変わんないけどなあ。ただ、その中で文筆があるだけで」と、あかね。
「まあ、そうなんですけど。せっかく入れた出版社を退所したくないんです」
そう言う真に、菅は瞬きを数回して、「まあ、人はそれぞれしたいことをすればいいさ。それよりも、今日朝、テレビでもやっていた事件、真君は知ってるかい?」
真は九時に出社をする。電車通勤で片道三十分かかる。余裕を持って出かけたいので、六時には起床する。
仕事柄、新聞は毎日取って読むのは真にとっては楽しみだった。
「ええ、知ってますよ。女性の誘拐事件ですよね」
「ああ、またこの近辺だ。とはいっても隣の区だが、若い女性の失踪、または誘拐事件だ。昨夜三日経っても帰ってこないと、母親が心配をして警察に捜索願を出したんだ。そこで、失踪が発覚した。もちろん、彼女が勤めていた会社は三日も無断欠勤だった。何回も母親と電話のやり取りをしていたのだが、母親は警察の捜索願に乗り気ではなかったんだ」
「それは、なぜですか?」
「失踪したのか、誘拐されたのかは、まだ判別がつかない。というのも、失踪した、寺田由美はアグレッシブな人物で、仕事帰りに居酒屋に行ったり、クラブで遊んだりする人間だったんだ。年齢も二十三と、まだ大学を卒業して社会人一年目だ。色々と悩める時期だろう。そこで発散していたようだ」
「それが、失踪につながったんですね」と、真。
「あたしは、誘拐だと思ってるんだけどね」
あかねは腕組みをしながら、ソファにもたれかかった。
「なぜですか?」真は聞く。
「だって、単純に次の日には出勤してないから。そのままバックレたと考えたとしても、家に帰るでしょ。実家に住んでるから何気なく帰宅って感じで」
「でも、彼女の父親は厳しい公務員に務めてるんだ。その為、彼女の素行には疎く感じていたらしい」菅はあかねを見た。
「要するに、反抗期がずっと続いていたってこと?」
「反抗期というか、遊びたい女性だったのかもしれないな」
「社会という湯船が熱かったのかもね」
「今日はその事件を菅刑事は追うんですか?」真は菅に聞いた。
「ああ、この失踪事件と、篠原舞子の事件と何か関係があるような気がするんだ」菅は腕を組み、訝し気な表情を醸し出した。
「そういえば、昨日舞子のクラブに行ってたんだよね?」
「行ってたんじゃない。事情聴取してきたんだ」菅はあかねに突っ込みを入れた。そして、軽く咳払いをして、「彼女のクラブ“みなみ”で事情聴取をした。彼女は前にも言った通り、明るい性格で、男性客を魅了してきたのだが、その反面、同じクラブの従業員からはあまり好感を持てなかったらしい」
「どうして?」
「舞子は表と裏があったみたいだ。表では素直で明るく振るまっていたが、裏では自分の好きじゃない客に対しては、別のホステスをつかさせるように操る。そんなあざとい女性だったようで、ホステスたちは泣きながら、クラブのママに相談してたそうだ」
「舞子が嫌な客って、どんな奴なんだろうね」あかねは真に言った。
「さあ、見当もつかないですね」
「要するに、身体を強要する奴らだな。金は持っていても、その金をチラつかせあちこち触ろうとする奴や、ホテルを強要する者も嫌いだったらしく、舞子指名だったはずが、新人のホステスが相手をして、焦ってる様子を見て、楽しんでいたようだ」
「うわー、サイテー」あかねは腕組みをした。
「クズですね。舞子さん」真も言う。
「そうだ。そんな奴に木本が二年間も足を運んだことは、彼女にとってはオイシイことだったんじゃないか?」
「そうね。木本さん、舞子が亡くなって、昨日凄く落ち込んでたけど、こんな話聞くと更に落ち込むよ。菅さん、木本さんはね、確かにインテリな暗い性格かもしれないけど、中身は凄く純粋で舞子さんのことを一途に思ってた人だったよ」
「木本はそんな奴だったのか?」菅は素っ頓狂な声を上げた。「実はな、クラブのママさんから聞いたんだが、舞子は木本と付き合う前に、井原雅人という、これまた五歳年上の男と付き合ってたんだ」
「五歳くらい年上なんて、今時ざらにいるよ」
「ね」とあかねは真に言う。真は下を向いて「はい」と恥ずかしそうな気持になる。何故ならつむぎが十七歳と言えば、自分とは六歳離れていることになる。このくらいの年齢だったら少なくともあかねは了承してくれる。
ダメだ、ダメだ。まだつむぎが、彼氏がいるのかさえも分からないのに……。
そう思って、真は首を横に振った。それを見て、あかねは爆笑した。
「アハハハハ、まこっちゃんどうしたの。何か考え事してる?」
「い、い、いえ」真は両手の平を前に出して、違うという意思表示をしながら答えた。
「ヘヘヘ、まあ、いいや。それで、井原さんという人はどんな人なの?」
「まあ、木本の性格とは裏腹に、かなりの乱暴な奴らしい。舞子と井原は同棲していたらしいが、普段も危なっかしい奴なんだが、酒を飲むと態度が一変する。DVを受けて困ってると、ママに相談してきたようだ」
「ふうん。あたしだったらその後、そいつが寝たら、一発本気でキンタマを蹴とばすけどね」
そう、何食わぬ顔でいうあかねに、真は怖いこの人と、悪寒がした。
「しかも、大柄な奴なんだ。普段は土方の仕事をしてるから、力もあるしな。それに、舞子が以前薬物で捕まったって言っただろう。それは、この男と一緒で、自宅で使用していた時に現行犯逮捕されたんだ」
「ということは、捕まってるときは、舞子はクラブの仕事ができないってことだよね」
「まあな。でも、執行猶予があるはずだ。その間に復帰したという感じだな」
「それから、井原とは交流があったんかな?」
「分からない。しかし、よく舞子は控室に行って、ラインでやり取りしていたみたいだ」
「それが、井原か、木本さんか、はたまた誰か、分からないってわけだね。あたしたちは菅さんに頼まれた通り、今日は井原に当たってみるよ。彼の自宅と現場の住所教えてくんない?」
「自宅の住所は分かるが、仕事が仕事なもんだから、奴が勤めてる工務店でいいか?」
「いいよ。真相を暴かせるから」
菅は二つの住所を言った。メモを取るのは自分の役目だと真は思っていた。別にあかねに示唆されたからではない。自分が喋って出る幕はないし、協力できることはこれくらいだと思っているからだ。
「んで、菅さんは失踪事件を追うんだね」と、あかね。
「ああ、立て続けに事件が起こると、刑事も警察も人手が足りなくなるからな。そっちの方は頼むな。くれぐれも気を付けてくれよ」
「オッケー、分かった」
「それと、真君……」
「はい?」真は急に菅が自分の名前を言ったので驚いた。
「可愛いレディを守ってくれ。これでも弱い部分たくさん持ってるからな」と、ウインクをした。
「うるさいな。さっさと行きなよ」
あかねは恥ずかしそうに言って、菅を蹴とばすジェスチャーをした。
「ハハハ、では、また。この時間で」
菅は手を上げて、事務所を後にした。
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