自覚無き協力者

セドナ達が城門から脱出して、少しののち。

城内は『侵入者』のうわさが広がりつつあり、騒がしくなってきた。

『厩舎に向けて走る怪しい影がある』

という目撃情報……これは当然近衛兵の副隊長のことだが……が、情報に真実味を与えていたためでもある。

(そろそろ、良いわね……)

ちょうど睡眠魔法が切れるかというタイミングでロナは寝ている近衛兵たちに叫ぶ。

「起きて、みんな!侵入者よ!」

「え?……なんだって?みんな、起きろ!」

その声に反応した近衛兵たちが、続々と目を開け始めた。


「一体どうしたんだ?……まさか……!」

「ええ、チャロが脱走したのよ!」

「嘘でしょ?」

そう言って近衛兵の一人は地下に向けて走っていった。

そして青ざめた顔で戻ってきた。

「そんな……一体、どうして……?」

このことがわかったら大失態だ。他の近衛兵たちも血の気が引いた表情を見せる。

ロナは、慌てた素振りを見せながら、廊下の奥の角を指さす。

「眠りにつく直前、怪しい影がそこの角から現れたわ……多分、そいつが侵入者よ……」

「なに……?だが、ここまで相当距離があるぞ?いくら油断したと言っても我々全員が一度にやられるわけがないだろ?」

自らの魔力に相当の自負があるのだろう、だがそのような発言はロナにも想定済みだった。

「よく覚えてないけど、そいつも人間だったわ。……チャロを助けるほどの相手と言ったら、おそらくそいつも……」

「『天才』……という奴ね」

近衛兵の一人が、合点がいったようにうなづいた。

「きっと、副隊長に送られた手紙も罠だったのね……。ごめんなさい、私のせいよね……」

「いや、副隊長を送り出したのは俺だ、ロナは悪くねえよ。……とにかく、これからのことを考えないとな。ロナ、どうする?」

「今、私の部下たちに侵入者がチャロを連れて逃げたことを城内に伝えてるわ。もし侵入者がチャロを連れて逃げたなら……今頃は城壁の近くにいるでしょうね」

さり気なく『ロナは敵が兵士の姿に変装し、魔法をかけてきた』という疑惑を晴らすために話題を誘導する。

もっとも『侵入者がいる』という情報を周囲に言いふらしたのはセドナ達であるため、間違ってはいないのだが。

「じゃあ、すぐに私たちも探しに行かないと!」

「ああ、ここに居てもしょうがないからな!」

そこで、ロナが叫んだ。

「もしかして、軍の機密情報も盗まれたかも……!私が確認するから、あなたたちは兵士を連れて、賊を探して!」

「分かった。カギを預けとく。万一賊がまだ近くにいたらまずいから、気をつけろよ!」

そう言うと、兵士は資料室の部屋のカギを渡し、兵士たちに声をかけながら走り出していった。


誰もいなくなったタイミングで、ロナは一言つぶやいた。

「これで、資料を見つけられるわね……。味方が少ないなら、寝返らせればいい……。そして寝返らせるのには、相手の自覚など必要ない……そう言うことね」

そして、資料室に足を進めた。


「ロナ隊長、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。作戦が上手く行ったなら、ロナが怪しまれる可能性は低いからな。堂々と城門から出ていけば問題ないよ」

心配そうな表情をするリオに、セドナは自信ありげに笑いかける。

「それより、問題は俺たちだ。一度俺たちは帝国兵に顔を知られてる。特にチャロは、正規の方法じゃ帝国から出れないからな」

「キミ達が入国した方法で出れないの?」

セドナはチャロの提案に首を振る。

「チャロが脱走したことは、明日には国中に知れ渡ってるだろうからな。多分出国するときには積み荷を徹底的に確認させられるはずだから、無理だろうな」

「じゃあどうするのさ?」

「それは後で話すよ。……とにかく今は城壁に向かうぞ!」

そう言いながら、セドナ達は兵士の扮装に身を包み、闇夜の中を静かに走る。


そして数十分ほど。

「はあ、はあ……」

流石に走り通しでバテてきたのだろう、リオの息が荒くなってきた。

「大丈夫か、リオ?そろそろペースを落とすか?」

「いや、大丈夫!……そろそろ、城壁に着くよな?」

「ああ。そこの階段を上って、城壁に上るぞ?」

そう言いながら、セドナ達は城壁近くの階段に走った。幸い、階段付近の兵士は数名しかいない。

「リオ、チャロ!」

「オッケイ!」

「任せろ!」

魔法の詠唱を開始したリオの体をチャロは魔力を込めた腕でぐい、と担ぎ上げる。そして、

「おりゃああああ!」

ハンマー投げの選手のような大声を上げ、リオをぶん投げた。

「え?」

「うわ!」

いきなり男が空を飛びながらすっ飛んでくるのを見て、兵士たちは思わず目を見開いた。

その隙を狙い、リオは睡眠魔法を展開した。

「ぐ……」

兵士達は、声を上げることが出来ず、その場にへたり込む。

「見たか!これが俺たちの合体奥義!その名も『星闇の……』」

だが、そこまで言い切る前にセドナは叫んだ。

「逃げろ、リオ!」

そう言って飛び出すも間に合わず、強烈な光弾がリオを襲う。

「ぐわあ!」

その一撃に全身がマヒしたのか、リオは体を震わせながら倒れこんだ。


「大丈夫か、リオ!」

セドナはさっとリオを見やる。

見たところ、外傷はない。素早いリオを仕留めるために、威力は低くとも命中精度の高い術を用いたのだろう。

「くそっ!あと少しだってのに!」

「そこに居るのは……あんたは!」

城壁の脇から姿を見せたのは、先日チャロに食事を提供していた近衛兵隊長だった。

配下に数人の兵士を引き連れている。

隊長は、笑みを浮かべながら口を開く。

「脱走騒ぎがあると聞いて、万一と思い張っていたが……。まさか、本当にここまで来るとはな……」

「く……」

「おっと、動くな。下手に動けば、恋人の命はない」

そう言って、隊長は弓をこちらに引き絞った。

その弓はまばゆく輝き、膨大な魔力を帯びていることが分かる。

「こ、恋人……」

この状況で、その言葉に反応するなよ、とセドナは思いながらも隊長に叫んだ。

「要求はなんだ!チャロの引き渡しか?」

「そうだ……と言いたいところだが、違う。我が誇り高き近衛兵団を退け、城内まで逃げるとは……。『天才』を生かしておくことは、我が帝国にとって脅威になることが改めて証明された」

そう言いながら、弓にさらなる魔力をかける。

「私が望むのは、チャロ。お前の『死』だ。……それを受け入れるなら、その二人の命は保証しよう」

「…………」

元々エルフの魔力は人間のそれとは比較にならない。

『距離と時間を与えずに倒す』という方法が使えない今の状態では、エルフが完全に優位に立つことになる。

「当然だが、断れば仲間二人の命は保証しない。このまま仲良くあの世に行ってもらう」

だが、それを見たセドナは一歩前に出て叫んだ。

「ふざけるな!」

そう言うと、チャロをぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫だ。……俺に任せてくれ」

そして、そうつぶやく。

「セドナ……」

だが、チャロが抱き返そうとする直前にセドナは体を離し、数歩ほど前に歩み寄る。

「チャロを殺すなら、まず俺からやれ!……その弓を、撃ってみろ!」

「……ほう、度胸は認めるが……よしておけ」

忠告する隊長の矢は、いまだにチャロに向いている。よほど彼女が怖いのだろう。

また、この状態においても撃ってこないということは、おそらくあの弓は一度しか放てないものだろう。連発できるようなものなら、このような交渉をせず、即座に放つはずだ。

「先に言っておくが、この弓に込めたのは『神』の力だ……。受けたものの魂を例外なく神の御許に送るもの……。それに例外は無い」

なるほど、隊長の鎧の下からは神職のものと思しきペンダントが見えている。

恐らく、彼は神官兵でもあるのだろう。だが、セドナは挑発的にはっと笑う。

「神の力?……ハハハハハ!」

「なにがおかしい」

「俺を相手にか?無駄だよ。神の加護は……あんたには使いこなせない……」

「…………」

その発言にカチンときたのか、隊長の眉間にしわが寄り、矢をセドナに向けなおした。


「あんたみたいに……神の力を自分の力と勘違いしてるような奴にはな!」


この発言が地雷だったのだろう、隊長は怒号と共に、

「ほう……!なら、撃ってやろう!」

そう叫び、魔力を込めた弓を放つ……ふりをして、チャロに矢を向け、射出した。

(そう来ると思ったぜ!)

一見したところ、隊長は冷静な性格だ。

いかに感情を刺激しようと、チャロの排除を最優先するはず……そう踏んでいたセドナは、大きく左に飛び出し、その矢を受ける。

「な……!」

その瞬間、すさまじい轟音と共に雷光のような閃光がほとばしる。

魔力の奔流が竜巻のように空に向けて吹き荒れ、その中央に居たセドナを飲み込む。

「……く……チャロをかばったか!」

「ですが隊長!これで5対1です!この状況なら我々でも勝てます!」

「……ああ。全員、抜弓!目標チャロ……!?」

だが、魔力のほとばしりが終わった中央には、セドナが顔色一つ変えずに立っていた。

そして隊長に対して、

「まだ分かんねえのか?偽物の『神』の力は……神には効かないんだよ!」

はっきりとそう叫んだ。

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