脱出のための嘘
城門の前で警備を行っていた二人のエルフたちは、城に近づいてくるローブ姿の影を目にとめた。
「……ん?」
その姿はみすぼらしいが派手な色をしたローブであり、とてもではないが隠密行動に向く格好ではない。
忍び込みを目的とするわけではない、と分かっていても、夜半に城門に近づくものを警戒せざるを得ない。
「おい、そこのお前!何をしている!」
自分たちの手前に来たところで、そのエルフはカンテラを向け大声で叫んだ。
「うわっ!」
その明かりに幻惑されたかのように、ローブを羽織った少年は手に持っていたカンテラを落とした。
勿論これも、セドナに言われた作戦だ。
(なに、この子!可愛い!)
女性のエルフはその姿を見て、無表情ながらもそうつぶやいた。その様子を見て、男性の兵士の方は威圧的な雰囲気を崩さないまま、少年に訊ねた。
「む……貴様、インキュバスか?」
「う、うん……」
そう言いながら、少年は怯えるような表情をしながらも、さりげなく兵士の容姿を確認した。
城門前に居る兵士は男女が1名ずつ。
エルフのご多分に漏れず容姿から年齢の区別はしにくいが、つけている宝飾品の流行時期などを考えると、女性は比較的若く、男性の方はかなりの年配者のようだった。
「一体こんな夜中に何の用だ?」
「えっと……その……」
少年は、おどおどした様子で小さな花束を懐から取り出した。ちなみに、少年の動作は演技ではなく素である。
「なんだ、それは?」
相変わらず威圧的な態度ではあるが、少年が丸腰であることを知り、兵士たちの声からは警戒心が緩むのが少年にも見て取れていた。
「この花束を届けたい人がいるんです……」
みすぼらしい外見には不釣り合いなほど高価な花を使用した花束だった。
それを見て、一瞬疑惑の目を向けた兵士だが、その少年の意見をまずは聴くことにした。
「花束を?……だれに届けるつもりなんだ……?」
「僕の、初恋の人……チャロさんに、です……」
「チャロ?……そんな兵士いたか?」
男性エルフは隣に居た女性エルフに訊ねる。彼女は、その少年の可愛らしい容姿に警戒を緩めたのだろう、やや饒舌な様子で答える。
「その子って、お城の人?もしそうなら、私が呼んであげるわよ?」
「ううん、違うんです……。今、地下牢に捕まっている子……」
「地下牢に?」
「うん。……この間母さんに言われて、この城にアクセサリーの買い付けに来ていたんだ。けど、ドワーフの人たちに絡まれて、そのお金全部取られちゃったんだ……」
「ええ、そんなことされたの?ひどいことするドワーフもいるわね」
「けど、チャロさんが僕のこと、助けてくれたんだ……。ドワーフの人たちをやっつけて、お金を返してくれて……」
「へえ、優しい子なのね、チャロさんって。でも、どうしてそんないい子が捕まってるの?」
「う……。悪いけど、お姉さんたちには、教えたくない……。きっと知ったら、お姉さんたち、怒るから……」
涙ぐむようにぽつぽつと話す少年を見て、女性エルフの方は完全に少年に感情移入している様子が見て取れた。
また、男性エルフの方もすでに少年への警戒を緩めているのだろう、手に持っていた矢を矢筒にしまっている。
「大丈夫よ。私たちは怒ったりしないから?」
「本当?」
「あ、ああ……」
男性エルフも、思わずそうつぶやいた。
「それならいうけど……。お姉さんって『人間』で、しかも『天才』なんだ……」
「え? そうだったの?」
「あ、まあ……。そうだろうな……」
成人のドワーフ男性を倒せる女性は、この世界では人間の『天才』、あるいは『竜族』のような特殊な種族くらいだ。その為、ある程度予測をしていたのか、兵士たちは合点がいったようにうなづいた。
「そのことが分かって、この間の夜に、兵隊さんに捕まったって聞いたんだ……」
「ああ、思い出した。そう言えば少し前、俺たちも招集されたな。……あの子が『チャロ』っていうのか」
「うん。……エルフの人たちにとっては『天才』って、それだけで悪い人なの? チャロさん、お姉さんたちに何かしたの?」
潤んだ目でぎゅっと女性エルフの服を掴み、見据える少年。それを見て、罪悪感を持ったのか彼女はひるむような表情を見せる。
「それは……」
『先日投獄した者が帝国のスパイ疑惑をかけられている』ということは、当然彼女たちも承知している。だが、そのことを少年に伝えるのは規則的にも彼の心情を考えても、出来ない。
その為、罰が悪そうに二人は押し黙った。
「ごめんね、お姉さんたちに怒ってもしょうがないよね……」
そう言って、少年はそっと掴んだその服を離した。その時さりげなく、ローブについていた金具をそっと彼女の持っていた金具に引っ掛ける。
「それで、せめてあの時のお礼を言いたくて、花を用意したんだ……。お願い、兵隊さん!チャロさんに合わせて?」
そうけなげな姿を見せ、女性エルフの手をぎゅっと握った。彼女は少し頬を染めるが、それでも首を振る。
「本当に、ごめんなさい。……あの子に会うことは私たちでも認められていないの……」
「え……そうなの……?」
それを聞き、絶望したように表情を暗くする少年。だが、少し考えるような表情を見せた後、花束から花を一輪ずつ取った後、残った花束を二人に手渡す。
「ん、何をしている?」
それには答えずに、少年は先に花束を渡した。
「チャロさんに会えないなら、せめてこの花束だけでも渡してくれませんか? ……この間は助けてくれてありがとうって、伝えてください。」
「……分かった。伝えておこう」
「ありがとうございます!」
そう言うと、男性エルフは花束を大事そうに抱えた。その二人に、少年は花を一輪ずつ渡した。
「その……僕はお金がないからお二人にお礼は渡せませんけど……。せめて、これを受け取ってください!」
頭を下げながら花を一輪ずつ渡す少年。それを手にする時には、二人の表情からは完全に警戒の目は消えていた。
「ありがとう」
「……この花束、必ず渡しておくわね」
そう女性エルフの方はうなづいた、その時。
「侵入者だーーーーー!」
城内から、そう大声で響く声が聞こえた。その声を聴き、少年は彼らに見えないように安堵の表情を見せた。
「なに、なんなの?」
「侵入者? 一体なんだ?」
男性エルフは慌てながらも、城内からやってきた3人の兵士たちを見やる。
3人の兵士の一人は慌てた様子で少し離れたところから叫んだ。
「おい、大変だぞ!地下牢に居た『チャロ』が脱走したんだ!」
「なんだって!?」
ちょうどその話をしていたこともあり、二人のエルフは驚いたように詰め寄ろうとする。
「加えて、城内で怪しい影が厩舎に向けて走っていってたらしい!」
「なに!それは本当か?」
「ああ、実際に目撃情報もある!多分そいつがチャロを逃がした侵入者に違いない!」
「そうなのね……。それで私たちはどうすれば?」
「だから……って、貴様は昼間の!」
「あ、まずい!」
兵士は侵入者についての話題を切り上げ、少年の方を向いて、
「今度は逃がさんぞ!」
そう叫んだ。
「うわあ!」
その剣幕に少年は慌てたように、大きく飛びのいた。
「あ!」
これにより、金具が引っかかっていたカンテラが兵士の手から外れ、ガシャン!と壊れる音が響いた。
エルフ側からすれば『偶然』引っかかったローブの金具がカンテラを壊したようにしか見えなかっただろう。
「ご、ごめんなさい……! 今度弁償します!」
そう言いながら、少年は闇夜に向けて走っていった。
「待って!」
「待て、追うな!」
女性エルフは慌てて追おうとするが、城内から出てきた兵士に呼び止められた。
「いったいあの子が何かしたの!?」
兵士は忌々しげな口調で、走っていく少年の方を見やりながらつぶやく。
「あいつは昼間、露店から花を盗んでいったんだ!その花束は、その時に盗んだのだろう……!」
「そうだったの……。高い花だとは思ったけど……」
兵士たちは近づきながら話をするが、先ほどカンテラが壊れたこともあり、たたずまいが確認できない。女性エルフはその姿を正確に認識できないまま、相槌を打った。
「あの少年を追うのは私たちがやる。さっきも言ったが、今城内に『侵入者』がいるんだ。そいつがこの門を狙って出てくるかもしれないから『城内を十分に警戒して、絶対にここを離れないでくれ』!」
「……分かった。お前たちも気を付けろ」
男性エルフの方もそう言いながら、城内に目を向ける。
そもそもカンテラが壊れた今の状態では、城の外に目を向けても何も見えないせいでもあるためだ。
外に走り出そうとする兵士に対して、思い出したかのように女性エルフは小声でつぶやく。
「あの子は……ただ恩人にお礼を言いたかっただけよ。だから捕まえても、ひどいことはしないで?」
男性エルフの方も同意見なのだろう、隣でそっと頷いていた。
「分かった、悪いようにはしない。……よし、行くぞ!」
そう言うと3人の兵士は闇の中に消えていった。
そしてしばらく走った後、3人の兵士はにやり、と顔を見合わせて笑った。
「うまく行ったな、セドナ!」
「だろ?」
「このまま城壁に向けて走るからな、チャロ、遅れるなよ?」
「それはこっちのセリフ! リオも遅れないで!」
この「3人の兵士」は当然セドナ・リオ・チャロだ。
インキュバスの少年にカンテラを破壊させることで、自分たちの正体や服装の違和感に感づかれないようにしつつ、城内に脱出する口実を作る。これがセドナの作戦だった。
勿論少年の発言は嘘であり、花も露店で普通に購入したものだ。
「あいつは大丈夫なのか?」
先に逃げ出した少年のことを思い、リオは不安そうに尋ねる。だが、セドナは問題ない、とうなづく。
「ああ。あの暗がりなら、城門前の二人くらいしか顔は見ていないだろ?それに本当は『泥棒』の被害届は出ていないしな。明日、堂々と城から出れば問題ないさ」
「そういや、そうか。あの二人、明日の朝は仮眠してるだろうから、国を出る前にあの二人と鉢合わせすることは、まずないしな」
リオはそう言いながら安堵したように正面に向き直った。
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