城内への忍び込み
それから1週間後。
帝国に向かう一台の馬車があった。
「なあ、この方法で上手く行くのか?」
リオは息苦しそうにそうつぶやく。
「さあな。けど、俺の計画ならうまく行くはずだ。とにかく、ここから先はしゃべるなよ」
それに対しセドナはこともなげにつぶやいた。
馬車は帝国の城門前で、数人の兵士に止められた。
「止まれ、お前たちはなんだ?」
「ああ、あっしらは……見たら分かるでしょ。珍しい調度品を手に入れたから、陛下に届けようってわけなんでさ」
馬車を運転していたのは、セドナ率いる弓士の隊員たちだ。
内訳は、ドワーフ3名、サキュバスが2名。残りの人員(サキュバス1名・インキュバスの少年1名・ロナ)については、別行動をとっている。
見張りをしていた兵士たちは、商人に扮するドワーフが身に着けているバッジを確認すると、若干見下すような口調でつぶやいた。
「ああ、そう言うことか……。まあいい。荷物を改めさせてもらうぞ?」
そう言うと、兵士は馬車に入っている荷物を確認し始めた。
「ん、これはなんだ?ずいぶん厳重にしまっているのだな……」
馬車の中央には、これ見よがしに置かれた箱の中に何枚もの油絵が置かれている。
「ああ、こりゃ何でも最近の流行の画家さんの描いた絵みたいでさ。あっしにゃどうにも魅力は感じやしませんがね……」
「画家の絵だと?にしてはずいぶん素人のような絵だな。私も絵画が趣味だから、よくわかる」
兵士が疑いの目をドワーフに向ける。
だが、その程度のことは想定済みであるため、隣に居たサキュバスはニコニコと笑って答えた。
「そうよね。けどこの作者の絵、近年どこぞの富豪が買い占めたみたいで、値上がりがすごいそうですよ」
「値上がり、か……」
実はこの絵は、スラム街に住んでいる少年に頼んで描いてもらったものである。
彼は凡人よりは才能を持つが、それでも名画家と言えるほどの技量は現時点ではない。
まして、金銭的な事情で画材についても限られたものしか使用できないのであれば、猶更「素人臭い絵」に見えるのだろう。
「そうそう!来年はもっと上がりやすよ。あっしも、こういう絵を転がして一儲けしたいんですけどね……」
ドワーフはそう付け加える。
絵と言うのは、時として投機の対象となる。大した魅力がなくとも、場合によっては『いずれ値上がりするから』と言うあいまいな目測によって高値が付くこともある。
その為、このような言いまわしを用いることで、審美眼に優れたものでも『高価な絵である』と錯覚させることは可能となる。
「どうですかい、怪しいなら触ってみても良いですけどね」
挑発するようにドワーフが笑みを浮かべたが、兵士はしり込みするように、
「あ、ああ……。いや、問題なさそうだな。他の商品も見させてもらうぞ」
そう言いながら、別の箱を開け始めた。
そしてしばらくたった後。
「ふむ。他の商品を見る限り、怪しいものはなさそうだな」
「でしょ? それじゃあ、この絵とほかの商品も、城内に入れておきやすね」
「ああ。1階の物置に置いといてくれ」
「へい。それじゃ、毎度」
そう言うと、ドワーフたちは馬車に乗り込み、城内に入り込んだ。
「それじゃ、隊長。あっしはこれで……」
絵の入った箱にそっと耳打ちすると、ドワーフたちは荷物を全ておいて去っていった。
そして数時間が経過し、夜を告げる鐘が聞こえてきたころ。
「……はああ……疲れたあ……」
大きなため息をつきながら、リオは箱の中から声を出した。
「な、何とかなったろ?」
同様に、セドナも箱の中から体を出した。
「ああ。俺たちが絵の『梱包材』の中に隠れていたことは気づかなかったみたいだな」
「ほかの商品はくまなく確認されたけどな。やっぱり『高価な絵』が入った箱には誰だって触りたくないってわけだよ」
「いつか、この絵が本当に高値で売れるようになると良いな」
リオはそう言いながら、一緒に納品された箱の中に入った果実を取り出し、一つかじった。
「うお、すっぺえな、これ!」
「ハハハ。時季外れだし仕方ないだろ? ……後は、ロナが来るのを待つだけだな……」
「ああ。けど、その前にやることを済ませよう」
セドナ達は箱の中から全部果物を取り出すと、その一番下にある板をパカッと開け、その下にある衣服を取り出した。
「にしても、この二重底、良く見破られなかったな……」
「『触ったら痛んでしまう果物』の入った箱は、ちゃんと調べないと思ったからな。だからバレないと思ったんだよ」
そう言いながら、セドナはリオに服を1着渡す。
デザインは、帝国軍の兵士の服装と全く同じものだ。リオはその服を見ながら感心するような声を上げる。
「はあ、折角この服の出番だと思ったんだけどな……」
リオは、自分が来ていたスニーキングスーツを名残惜しそうに見やる。
「しょうがないだろ? そんな服着てたら『私はスパイです』って言ってるようなものなんだから」
「だよなあ……。この服が役に立つ機会って、いつになるんだろうな……。貯金を全部はたいて買ったのに……」
少し諦めたようにリオは苦笑した。
そして、リオも服を着替えはじめた。
「……それにしても、この軍服のデザイン、本当にすげーな。帝国軍の兵士とぜってー見分けつかねーよ」
「だよな。徽章や靴までそっくりに作るんだもんな……」
この服は、同じくスラム街に住むドワーフの中年女性に製造を発注したものだ。文字通り『機械のように』ものごとを正確に伝えられるセドナの記憶力と、彼女の縫製技術により本物と寸分たがわないものを2着作ってもらっている。
セドナ達は、兵士の服を着こみお互いにチェックを行った。
「……どうだ、セドナ? 似合うか?」
くるり、と一回転した後に無駄な予備動作を入れた後、敬礼をビシ!……と決めるリオ。だが、そんなリオの佇まいは、ひいき目に見ても『舞台で兵士の服を着て演じる大根役者』だ。
もっとも、暗がりなら敵兵の目をごまかすことは可能だろうが。
「ああ。サイズはぴったりだな」
お世辞でも『似合ってる』と言わないところがセドナらしい。そのことには触れず、セドナは頭を下げる。
「……にしてもさ、お前のおかげで、何とかここまで入れたよ。ありがとうな」
「俺のおかげじゃねえよ。……あのご婦人のおかげだよ……」
リオは、そう嬉しそうにつぶやいた。
ある程度は自前で賄ったものの、やはり馬車の費用や山賊に扮するための服装、そして積み荷と言った品々を用意するのは一個人では難しいが、王国の手を借りるわけにもいかない。
その為、リオが以前諸侯の領地で知り合ったドワーフの女性に手紙を送り、借り受けたものである。
「俺のおかげじゃない、か……。少し成長したな、お前?」
「そうか?」
「ああ、以前だったら『これが俺の力だ!』とかなんとか言ってアピールしまくってたろ? 相手の手柄だって言えるのは、少し成長したんじゃないか?」
「そうか? なら俺も、もう少しで、あのご婦人みたいな方と教会で結婚式を挙げられるかな?」
「今のレベルじゃ、まだまだだな。招待客として、ライスシャワーをかける役になる姿が目に浮かぶよ」
「なんだよ、それ、ひっでーな!」
セドナのからかいに、リオは笑った。
「……アハハ、冗談だよ。そろそろ時間だな……」
そう言いながらセドナは耳を澄ませた。
こちらにカツン、カツン、と足音が響く。
「……来たかな……」
その足音が止まり、聞きなれた声が聞こえた。
「無事に城内に入れたようね、セドナ、リオ」
帝国軍の文官の装束を身にまとったロナだ。
「ああ、何とかな。……それじゃあ、作戦の確認と行くか」
「だな! にしても、今度こそ、本当のスパイ活動だろ? 囚われの仲間を助けるために、孤立無援の中で暗躍する麗しき影! その名はリオ! ……く~! たまらねえな、これ!」
「…………」
待ち遠しそうに武者震いするリオを見て、ロナは少し不安そうな表情をしながら、セドナに耳打ちした。
「なんであのバカを潜入班に加えたのよ? 絶対こういう仕事には向かないでしょ?」
「しょうがないだろ? 俺とリオは顔が割れてるかもしれないから、正規の手順で入国できないんだよ。それに使える魔法なんかも考えると、リオを潜入班に加えるのがベストってことになったんだよ」
「はあ……不安だわ……」
そう言いながらも、ロナは近くに置いてある椅子に腰かけた。
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