人類の持つ最強の武器

「うげ、ロナ!」

チャロは露骨に嫌そうな顔をするが、セドナは笑顔で尋ねた。

「あれ、ロナもパーティに来たんだな?」

「違うわよ。私は……」

「おお、お帰り、ロナ。ロナはセドナと知り合いなのか?」

「ええ。……私は彼の妻よ」

老爺のそばに座り、少し恥ずかしそうに答えた。


セドナは思慮深げにうなづく。

「ああ、やっぱりそうだったのか!」

「やっぱりって?」

「だって、この間書いてた手紙、『エルフ構文』じゃなかったからさ。多分ロナの言ってた『恋人』って人間だろうなって思ってたんだよ」

「……そ、そうだったの……。と言うか、あなた、私のことセドナに話してなかったの?」

それを聞き、ロナは顔を赤らめた。

「そう言えば、ワシの妻の名前まではセドナ達には言っとらんかったな」

「私は、セドナが夫と会っていたのは聴いてたけど……。パーティをうちでするのは知らなかったわ」

「すまん。うっかり伝え忘れてな……」

老爺はそう誤るが、ロナは良いのよ、と答えた。

「じゃあ、折角だしロナもパーティに参加しないか?」

「……ごめん、私は夕飯の支度したいんだけど……」

ロナが用意していた食材を見て、隣に居た青年が立ち上がった。彼の種族は獣人だ。

「じゃあ、代わりに俺がやるよ。見た感じムニエルでも作るんだろ?」

「え?なんでわかるの?」

「だって俺、もともと傭兵団の炊事係だったからさ!戦争が無くなって仕事がなくなってからは、日雇いの仕事ばっかりだったけど……。料理はあんたよりうまいぜ?」

「そ、そう? じゃあ、お願いしようかしら……」

「おし、任せてくれ!」

そう言うと青年は厨房に立ち、慣れた手つきで魚をさばき始めた。


「へえ、あなたがロナさん? すっごいきれいな人で、羨ましいなあ……」

先ほどの少年が羨望の目をロナに向けた。人間がエルフに向ける、特有の目だ。

「そうじゃろ? 何と言っても、ワシの宝じゃからな?」

「けど、どうして二人は知り合ったの?」

「ああ、それはな。戦争中にワシが倒れてた小隊を看病したんじゃよ。その中の一人が、ロナだったんじゃ」

「へえ……。それで惚れちゃったってわけ?」

「けど、誤解しないでね。私は、別に看病してもらったから好きになったわけじゃないから」

「じゃあ、どうして?」

「……どんな時でも一生懸命になって他人の命を救おうとする姿が、好きになった理由よ」

「ああ、俺も戦争で怪我したとき、その爺さんに自陣まで運んでもらったことがあったしさ。凄いんだよ、爺さんは」

料理をしていた獣人の青年も手を止めずに答えた。

「ハハハ……。ま、今はただの爺さんじゃけどな」

「そんなことないって!爺さんのおかげで、俺も命が助かったんだし!」

「そうそう!私も、セドナの紹介でおじいちゃんに読み書き教えてもらったでしょ!だから、絵本もかけるようになったんだし!」

横から、一人の少女が老爺の肩を叩いた。

それを見てロナはクスリ、と笑った。

「あなたが前話してた教え子の女の子って、この子なの?」

「そうだよ! 折角だから、ロナお姉ちゃんも読んでみてよ!」

そう言って、少女は絵本を手渡した。


「……へえ……よくできてるわね……」

ロナは、少女の絵本を読みながら、感嘆の声を上げた。

内容は、ごく普通の剣と魔法の世界を旅する話だった。

様々な種族が登場し、悪い王様を退治する物語。

才能こそ感じるが、これで生計を立てていけるのか、と言うとロナは難しい、と感じた。

「あなた、絵本作家になりたいの?」

「うーん……。なれたらなりたいけど……。今は、絵本を書きたいってことしか頭にないかな」

ニコリ、と笑う少女。その希望にあふれた表情とは裏腹に、手は日々の仕事による酷使のためか、ひびとあかぎれにまみれていた。

「文字を学んで、本を読むとさ!もっともっと、書きたいものが出てくるんだ!だから、おじいさんには感謝しているんだ」

「……そうなのね。……セドナ、ちょっと外に出ない?」

「ダメ!」

チャロはセドナに抱き着いて、威嚇するように叫んだ。

「じゃあ、あなたも一緒で良いわ。ちょっと外で話したいことがあるの」

「え、私も?……なら、良いけど……」

「ああ、分かった」

そう言うと、セドナ達は外に出た。


家の外に出ると、中からカリンバの音が家の中から夜風に流れ、聞こえてきた。

以前セドナがもらってきたものだが、現在では多くのメンバーが演奏をマスターしている。

「いい曲ね……」

「ああ、以前譲ってもらってから、みんな使っててさ!すっげー上手くなったんだよ」

「そうだったの……。あなたは弾かないの?」

チャロは恥ずかしそうに首を振る。

「私は、そう言うの苦手なんだよ……。基本的に、戦うこと以外はあまり好きじゃないから」

チャロは少し不貞腐れたような表情で言う。

「けどさ! その分強くなったし、セドナのことは絶対に守ってやれるから! セドナが働けなくなっても私が働けるし!」

「……フフフ、そうね……」

珍しく反論せず、ロナは寂しそうに笑った。

ロナの頬を月光が明るく照らし出し、その美しさはある種の芸術品のようだった。

「…………」

それを見て不安に思ったのか、チャロはセドナの顔をグイ、と横に向けてきた。

「お、おい、何すんだよ!」

「別に? で、話ってなに?」

ロナは、ゆっくりと話し始めた。

「……さっきの夫の話、覚えてる?」

「ああ、ロナ隊長とのなれそめだろ?あれがどうしたんだ?」

「あの話、一つだけ言ってないことがあるの」

「なんだ?」

そこでロナは少し息をのんだ。

「私は元『ディエラ帝国』の兵士……つまり、夫の敵側の兵だったのよ」

なお、現在では王国とディエラ帝国の間には不可侵条約が結ばれている。

「へえ、そうだったのか」

「うん。それで?」

「……フフ、やっぱり驚かないのね……」

ロナはセドナ達の反応を見て、軽く笑った。


「あなた達からすると、敵兵の怪我を治療する兵士って、普通なの?」

エルフにとって「敵国の兵士を治療する」と言うことは、よほど奇異に映るのだろう。

それを察したのか、セドナとチャロは同時にうなづいた。

「まあ、助けられる状況だったら、普通は助けるかな」

「そうだね。……もちろん、捕虜にはすると思うけど」

ふうん、と不思議そうな表情でロナは尋ねる。

「それが、私たちエルフには分からないのよね……。なんで、敵国の兵士である私を助けてくれたのかって。……それも『人道主義』……えっと、ヒューマニズムっていうんだっけ?なのかしら?」

「まあ、そうだね」

チャロがこくん、とうなづいた。

「そう言うのが、私には分からないのよ……」

そうロナがセドナの方を見て、尋ねた。だが、セドナは首をかしげた。


「分からない、か?」

「え?」

「確かに理解できない価値観はあると思う。……けど違う価値観を持つ『相手』を『理解』することは出来るんじゃないかな」

「相手を?」

「ああ。今の質問だって、少なくとも『人間は、主義や思想、利害よりも人命を尊重する特性がある』って『理解』してたから聞いたんだろ? それにロナは、爺さんのそう言うところに惹かれて結婚したんだと思うしな」

ロナは、はっとしたようにうなづいた。

「……そうか、そうかもね……」

「俺もさ、いろんな人たちと話し合っていろんな人たちを見てきたけど……。やっぱり、人間には理解できない価値観を持つなって思うことはあるよ。例えば『エルフ構文』とかな」

「ああ、それ言ったら私もあなた達が『モテる』ために努力するのを理解できないわ」

ロナの発言に、セドナはリオの方を見やった。


どうやら、先日の反省点を踏まえ、スラム街の住民と仲良くやれているようだ。これだけでも、数日前に比べて『レベルアップ』したことがうかがえた。

「だろ?けどさ、話し合いを続けると、相手がなんでそう言う考え方を持つようになったのかの『理解』は出来るんだよ。それが出来れば、良いんじゃないかって思うんだよ」

「なるほどね。……話し合う、か……」

顎に手を当てながら、ロナはフフフ、と笑った。

「そうね。……確かに、私も人間のことがちょっとだけ、理解できた気がするわ……」

「それは、お互い様だよ。……で、話ってそれだけか?」

チャロが少し寒そうにしていたので、セドナは自分の上着をチャロに貸し与えながら質問をした。

「ううん、あなたにお礼を言いたくって」

「お礼? もういいよ、あの時のことは……」

「そのことじゃなくってね。夫を元気にしてくれたことに、よ」

ロナは手に持った紅茶を一口飲みながら、月を見上げながら言った。

「ちょっと前まで、あの人ったら、腰を悪くしてね。それで歩くのも難しくなってから、いつもふさぎ込んでたのよ」

それを聞いて、チャロも頷く。

「そう言えばそうだったね。確か……セドナとさっきの子に読み書きを教えるようになった頃かな?あの頃から、よく笑うようになった気がするよ」

「さっき話を聴いたら、セドナがあの子を紹介してくれたそうじゃない。だから、セドナのおかげなんだなって思ったのよ」

「そうそう! セドナの凄いところって、ほかの人たちを明るくさせるところだからね!」

チャロは得意げに笑みを浮かべる。

「だから、改めてお礼を言いたかったの。……ありがとう」

「どういたしまして。……なんか、こうやって改めて礼を言われると照れるな」

セドナは照れ隠しをするように、目をそらしながら頭を掻いた。


「後、夫だけじゃないわね。……ここの人たちって、貧乏だけど自分のやりたいことを持っていて、とても希望にあふれた目をしてるもの」

「ああ、そりゃなんてったって、レクリエーション活動を主催するのは、前の世界……ゴホン!昔っから得意だったからな」

思わず口が滑りそうになるが、そこをセドナは咳払いでごまかした。

「そうだったのね。……やっぱり希望を持てると、どんな状況でも人は輝けるのかもね」

その発言にセドナは、満面の笑みで首を縦に振る。

「ああ!だって『希望は人類が持つ最強の武器』だろ?」

「……フフフ。くさいセリフね。まるでリオみたい」

そう言いながらも、感心したような口調でロナは続けた。


「ただ、今の時代は『魔王』も『モンスター』もいないけど……。いろんな人に生きる希望を与えてくれる、あなたみたいなのが『勇者』って言うのかもね?」

「……ハハハ、リオにも言われたよ、それ。剣もへたくそ、魔法はてんで使えない勇者様ってやつか?」

本人が言うほど剣の腕は低くないのだが『天才』と思われる可能性を考慮し、セドナは謙遜を込めて言う。

「それなら私は、セドナを守る格闘ヒロインってところだね?」

「なるほど、じゃあリオはお調子者の道化師ってところか?」

チャロとセドナの寸劇のようなやり取りを見て、ロナは満足げな笑みを見せた。

「フフフ、ずいぶん偏ったパーティね。……けど、お礼も言えてよかったわ。そろそろ家に戻らない?」

部屋の中からは、何か楽しむような声が聞こえてきた。

「お、ゲームやってんな!」

「きっと、新しいシナリオが出来たんだよ!セドナも行く?」

「ああ、そうだな!」

「なに、シナリオって?」

「テーブルトーク・RPGのシナリオだよ。時々シナリオを作ってくる奴が居るんだよ!」

「へえ……。私も参加していい?」

少し恥ずかしそうに訊くロナに、チャロはニヤリと笑みを浮かべた。

「いいけど、あんたのこと、ぼっこぼこにするつもりだけど?」

「あなたには無理よ……。あのね、あなたは知らないかもしれないけど、ゲームって言うのは腕力や魔力で勝てるものじゃないのよ?」

「私のことバカにしてるでしょ、あんた!言っとくけど、私はゲーム超強いから、覚悟しといてよね!」

「あら、それならちょっとは本気出してあげても良いわね。あなたの空っぽの頭に敗北の文字を刻み付けてあ・げ・る」

相変わらずの皮肉を飛ばすロナに、チャロは挑戦的な目を向ける。

まだロナを嫌っていることに違いはないが、少し打ち解けたのだろう、セドナは嬉しそうに笑った。

「それじゃ、中に入ろうか?」

そう言うと、ロナ達は部屋に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る