恒例のパーティ

「あ、セドナ副隊長だ!」

城門からセドナが戻ってくるのを見て、チャロ達は歓喜の声を上げた。

「セドナ!無事だったの?」

そう言いながらチャロはセドナに走っていく。

「ああ、何とかな」

そのチャロの小さな体を包むように抱きしめ、セドナは笑顔を見せた。

「……これだ!」

そうリオ達夢魔はつぶやいた。


サキュバスたちはセドナ、リオはロナに向けて叫びながら走り出そうとする。

「ロナ隊長!ご無事でし……ぐわ!」

「な、なにするのよ!」

だが、後ろに居たドワーフとインキュバスから裾を引っ張られ、動きを止められた。

「あんたの魂胆は見え見えだな。彼氏持ちに手を出すもんじゃないぞ?」

「どさくさ紛れに抱き着こうとしちゃ駄目だよ。チャロさんはセドナさんが好きなんだから……」

「わ、分かったわよ!離しなさいって!」

サキュバスたちがそう言って何とか掴まれた手を振りほどく。

「それで、結局あの女はなんて言ってたの?」

「姫様、な。ああ、詳しくは今度話すけど、とりあえず今回の件で、お前たちはお咎めなしだってさ」

「本当?」

「流石セドナ副隊長! ……けど、お前たちってことは……」

「ああ、さすがに積み荷を燃やされた俺だけ減給処分だってさ」

実際には『エルフはともかく、ドワーフの救出よりは宝飾品の回収を優先させるべきだった』と言う発言が側近から出たためだ。

だが、そのことを言うとドワーフが憤ることを想定し、セドナは伏せておいた。


それを聞き、チャロはロナに対して敵意を含む目を向ける。

「そっか……。けど、一番頑張ったセドナだけが減給であんたがお咎めなしって、不公平じゃない?」

「……それが、エルフと人間の違いよ」

ロナも少し納得いかないかのように、憮然とした表情でつぶやいた。

「けど、さすがに私も今回の処分は片手落ちだと思うから……あなたの減給分は私の給料から出すわ」

「え? 良いよ、あんたも恋人の分まで働かないとつらいんだろ?」

「いいから、受け取りなさい」

ロナは強引に数枚の紙幣を手渡した。明らかにその額はセドナが減給された給与額より多い。

「……悪いな」

「本当はこれでも足りないくらいよ。……助けてくれてありがとう……」

これ以上固辞することは失礼と判断したセドナは、頭を下げてそれを受け取った。

「ふうん。あんたもちょっとは良いとこあるんだね。見直したよ」

その様子を気に入らない様子で見ていたチャロは、二人の間に割り込むように入り込み口をはさんだ。

「あなたに見直されても嬉しくないわね……」

「けど、セドナ? 折角だからこのお金さ、今度のパーティで使わない?」

「あ、良いなそれ! たまにはみんなに肉を振舞えそうだし!」

セドナは、最初にスラム街でチャロ達と出会って以来、定期的にパーティを開いている。

自然発生的に始まった集会だったが、今ではスラム街の人たちの憩いの場としてだけではなく、最貧困層への救済、幼馴染に対して行ったような授産、アートのお披露目などの機能も有している。

「ちょうどパーティは今夜だし、早速行こうよ、お肉屋さんに」

チャロは嬉しそうにセドナの腕を組む。

因みにパーティの場所と時間は毎回バラバラにしており、メンバーが固定化することにより、新参者でも入りやすい雰囲気になっている。

「そうだ、リオも来ないか?」

「うーん……。けど、お金持ちは来ないんだろ?」

「ま、そうだな……。やっぱり嫌か?」

集会のメンバーは、人間やドワーフを中心とした少数種族ばかりだ。加えて、容姿の優れたものはたいがい『暖かい家庭』のお世話になっているので、参加することは無い。


だが、リオはうなづいた。

「……いや、参加していいか?」

「へえ。リオが参加するなんて、どういう風の吹き回し?」

「うーん……。なんていうかさ。セドナが気に入ったってのもあるけど……。いろんな人と話すことって、モテる男になるために大事なんじゃないかなって思ってな」


「当たり前じゃん。人付き合いこそ、現代の『経験値稼ぎ』だからな」


「……だよな。やっぱり、参加するよ」

「オッケー。他の奴らはどうだ?」

基本的にセドナ達の開くパーティは自由参加で、時にはエルフたちも参加する。容姿や年齢、収入を問うことなく、参加は自由となっている。

「悪いが、ワシらは工房に戻って彫金加工の応用をしたいから、パスじゃ……」

「私たちも、お金がない人と会うのはちょっといいかな……」

「僕は、お母さんと夕飯を食べたいから……」

他の隊員たちは、参加を断った。

「ロナ隊長は、どうだ?」

「……そうね。興味はあるけど……。ごめんなさい、今日は恋人と一緒に過ごしたいから……」

それを聞き、セドナはうん、とうなづいた。

「じゃ、参加するのはリオだけだな。今日はよろしく」

「そういや、リオって料理できるの?……って、聞くだけ無駄か。ごめんねリオ」

チャロの挑発にリオはドン、と胸を叩いて誇らしげに笑った。

「はあ?言っとくけど、俺は料理の天才だからな?厨房の魔術師って言われた俺の料理に、腰抜かすんじゃねえぞ、チャロ?」

「はいはい……」

「それじゃ、今日はここで解散!明日はまた、定刻に城門に来るように!」

ロナの合図で、隊員たちはお互いに軽く挨拶をすると、それぞれの方向に足を進めていった。


パーティ会場にはすでに多くの人が集まっていた。

なお、パーティと言っても、いわゆる『開始』の合図などはない、持ち寄り会のようなものだ。その為、すでに何人かは酒が入っているのか顔を赤くしていた。

「おお、セドナ。久しぶりじゃの? 痛たたた……」

「こんばんわ、爺さん。腰の具合いは大丈夫か?」

今回のパーティ会場は、セドナが剣を譲ってもらった老爺の家の前である。セドナは老爺の腰に手を当てながら心配そうに尋ねた。

「あ、ああ……。すまんな」

「ほら。……この薬草、貼ると腰に良いんだってさ」

そう言いながら、チャロは恥ずかしそうに薬草を手渡した。

「お、おお。ありがとう、嬢ちゃん。優しいんじゃの」

「……違うよ。セドナに言われただけだって」

容姿に反して口の悪いチャロは、優しくされることには慣れていても、性格を褒められることにはああり慣れていないのだろう、少し照れたような口調で答えた。


「ところで、リオは?」

「ああ、あいつは家で料理してから来るらしいから、もう少しで来ると思うぜ?」

「本当に、あいつ料理できるのかな?……あまり期待してないけど」

「だな。で、俺たちが持ってきたのは、これ!」

パーティでは、基本的に料理を1品ずつ持ち寄ることが暗黙の了解になっている。むろん貧困者や失業者なども参加者にいるため、持ち寄らなくても特に責められることはない。

「ほお、なんじゃ、これは?」

「ああ、コケモモのスープだよ」

コケモモを白樺の樹液で煮込んだ暖かいスープだ。ケッペンの気候区分で言うとセドナ達の住む国は『亜寒帯』に属するため、このような料理が多くなる。

セドナは、高齢者がいる場合でも、大人数でも楽しめるようにスープ類の調理を行うことが多い。


「なるほど。甘くておいしいじゃん!」

隣にいた少年が嬉しそうに飲み干した。彼もまた、パーティ結成時に居た少年だ。

「お、久しぶりだな。ところで、お前はなにもってきたんだ?」

「おいら? じゃーん!」

そう言う少年が出してきたのは、鶏肉を油で揚げ焼きにした、フライドチキン風の料理だった。

「お、豪勢じゃん!どうしたんだよ!」

「へへ~! 実はさ、おいらの絵が初めて売れたんだよ!今日はそのお祝いってやつなんだ!」

「え、そうなの? 凄いね?」

それを聞いてチャロも驚いていた。少年が趣味で絵画を行っていたことは知っていたが、今まで売れたことは無かったからだ。

「でっしょ~? まだまだ描きたいものはいっぱいあるからさ! 今度はお金を貯めて、海に行ってみたいと思ってるんだ!」

そう言う少年の目は、キラキラとしていた。

毎日を生きるだけで精いっぱいだったセドナ達と出会った時とは雲泥の差だ。ちなみに彼は普段、建築現場で力仕事をして生計を立てている。

「ハハハ、そりゃいいな。応援するよ」


「あ、ちょっと待ってよ! セドナ、私の服も見てくれないかい?ゲホッゲホッ……」

「おい、大丈夫か?あまり無理すんなよ?」

隣から、ドワーフの女性がせき込みながらも、服を持ってやってきた。

彼女は鉱山の粉塵で灰を悪くしていたところ、セドナが持ってきた服の仕立ての仕事を行って生計を立てている。

「なに、これ……。凄くない?」

その出来栄えを見て、チャロも感嘆の声を上げた。

その服は、いわゆるパーティドレスだった。生地そのものは安物だったが、様々なステッチで模様を縫い付けてある。また裾の折り目や肩の部分の材質なども細かく工夫が施されており、趣味の品の域をはるかに超えていた。

「ちょっと私、着てみて良い?」

「アハハ、チャロちゃんにはサイズが合わないから無理さ。これは、あたしが自分で着るようだからね!」

「つっても、着る機会なんてあんのか?」

「あるさ!この服を着て、街を歩きながら宣伝するんだよ!『服のお仕立てなら私にお任せ!』ってね。そうすりゃ、お客さんも増えるだろ?」

「そんなこと言ってるけど、本当は単に見せびらかしたいだけじゃないの?」

「アハハ!チャロちゃんには分かっちゃうか。ま、そうだよ」

ドワーフの女性は豪快に笑いながら、酒をぐびり、と煽った。

「けど、肺を悪くしたときにはどうなるかって思ったけどさ。セドナ、あんたのおかげでこんな面白い趣味も見つけられたし、感謝するよ」

「いや、それはあんたが頑張ったからだって。……お、リオが来たな」

周囲がセドナとチャロを中心に盛り上がっているところ、リオが小脇に鍋を抱えてやってきた。


「フフフ……待たせたな、みんな!」

意味もなくマントをたなびかせながら、その辺にあった樽の上に乗った状態で、リオは右手を顔の前で広げながら現れた。そのあまりに『高貴で美しく、魅力的な姿(皮肉表現)』に周りは一瞬黙り込んだ。

「リオ!」

その様子を見て、チャロは叫んだ。

「遅いよ、いったい何作ってたんだよ!」

「そりゃ、俺の創作料理を見せるためさ!みな、この俺の料理、その名も『ポーク・ブラウン!』」

そう言って鍋から出てきたのは、大きな肉をトロトロに煮込んだ、アイスバイン風の料理だった。

だが、

「何これ……残飯?」

チャロからは、そう遠慮なく言われてしまった。

そう、この料理は煮込みすぎてどす黒い色をしていた。付け合わせのザワークラウト(いわゆるキャベツを塩に漬けて乳酸発酵させたもの)からは腐った卵のような匂いがする。いったい何を入れたのだろう。仮に発酵させたとしても、こんな匂いにはならないはずだが……。


「そ、そんなことはねえよ……。ほら、ひとつどうだ?」

「う……なんだ、この匂い……」

その匂いに、チャロは顔をゆがめた。単に色が悪いだけの肉料理と違い、ザワークラウトを食べるのは難しそうであった。

それを見てセドナが横から入ってザワークラウトをわしづかみにして口に入れた。

「どれどれ?……うん、これ、うまいな!」

そう言いながら、ガツガツと食べるセドナ。チャロはその様子を申し訳なさそうに見ていた。

「あの、セドナ……大丈夫?」

「え?全然平気だよ。それより悪いな、リオ。他の人の分まで食っちまって。次は、もっと塩を効かせるとうまいんじゃねえか?」

「ハハハ、そんなに喜んでくれたなら嬉しいぜ」

リオは誇らしげに笑みを浮かべた。


「……そうだ、この料理、おっさんの漬物と合うんじゃねえか?」

セドナは、そう後ろに居た中年に尋ねた。彼は、現場で部下をこき使うエルフに文句を言ったため、解雇されて以降スラム街で過ごしている。

「ああ、そうだな」

そう言って、中年は漬物を出した。

「へえ、なんだ、これ?」

「キャベツの外皮を塩漬けにしたんだよ」

「へえ……けど、普通キャベツの外皮って捨てねえか?それを漬物にするなんて、おもしれえな」

リオは漬物を受け取りながら、持ってきた料理と一緒に食べた。

「何これ、滅茶苦茶うまいじゃん!」

「だろ?何せ、最高級レストランの味だからな!」

「え、どういうこと?」

「この街のレストランで、トイレ掃除する代わりに余った野菜クズをもらってるんだよ、おっさんは」

横からセドナがリオに説明した。

「へえ、そんなことしてたんだ?」

「ま、それもセドナに紹介してもらったんだけどさ。ちなみにそのトイレ掃除で出た糞尿を使って、かぼちゃづくりもしてるんだぞ? 実ったらあんたにも食わせてやろう」

「まじか!ありがとな、おっさん!」

そう言いながら、リオは笑った。

その様子を見て、チャロもリオの肉料理に口をつけてみた。

「なんだ、キミの肉料理も、思ったより美味しいんだね」

「だろ?」

「やっぱり、お肉が良いと、どんな料理も美味しくなるんだね?」

「は? ちげーよ、俺の料理の腕のおかげだっつーの!」

「ハハハ……」

その様子を、セドナは幸せそうに眺めていた。


それから一時間ほど過ぎた後。

「ん?誰か来たな」

「ああ、ワシの妻が帰って来たんじゃな」

老爺がそう言うと、ドアがキイ、と開いた。

「ただいま……って、なんでセドナがここに居るの?」

「あれ?」

ドアの向こうに居たのは、ロナだった。

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