人間の持つ「人道」

エルフの頭領が崩れ落ちた時、周囲に山賊の気配はなくなっていた。

(急げ、まだ間に合うはずだ!)

めらめらと燃え盛る馬車の中に、セドナは飛び込んだ。


「これは、ひどいな……」

馬車の中は煙が充満しており、視界は最悪の状態だった。だが、馬車自体はさほど大きくないため、すぐにロナ達を発見することが出来た。

二人はまだ意識が戻っていないようだった。

「まずいな、煙を吸ってないか……?」

セドナの腕力では二人を同時に救助することが出来ないため、炎に近いロナを先に救助するべく、担ぎ上げた。

「急げ、急がないと……」

少し離れたところにロナをそっと下ろすと、セドナは二人目のドワーフの救助を開始した。

炎は先ほどよりも強く燃え盛っている。また、ロナよりも体の大きいドワーフはセドナの腕力では引きずるのがやっとだった。

「……ふう……危なかった……」

それでもセドナはドワーフを何とか馬車から下ろすことに成功した。

だが、すでに馬車の炎は激しさを増し、近づくことは出来そうになかった。

また、捕縛する余裕がなかったこともあり、山賊たちはすでに姿を消していた。

(こりゃ、もうだめだな……。積み荷は、あきらめないとな……)

そう思った矢先、馬車がガラガラと崩れ落ち始めた。

距離から察するに、森林への延焼はなさそうだ。そう思ったセドナはロナ達の介抱を始めた。


「う……ん、セドナ副隊長ですかい?」

「良かった、気が付いたか!」

ロナと一緒に居たドワーフの隊員は、その後すぐに目を覚ました。

幸い、煙を吸い込んではいなかったようだ。

「ひょっとして……あたし達、魔法を食らってたの……?」

同時に、馬車の中に居た部下たちも目を覚ましたようだった。

隊員たちがふらふらとしながら外に出てきた。

「うわああ!」

先頭の馬車からチャロの悲鳴とともに、バキッ……と何かを叩く音がした。

「いってええ!何すんだよ、いきなり!」

「だって、目を開けたらキミの顔が目の前にあったからさ!そりゃびっくりするよ!」

「いや、だからって叩くことねーだろ?……ったく……」

腫れた顔をさすりながら、リオがチャロと一緒に馬車から降りてきた。

「ああ、みんなも起きたか。あとは、ロナ隊長だけか……」

「う……ん? あれ?」

そう言っている間に、ロナは目が覚めたようだ。

「おお、よかった、隊長!」

うっかり『体調はどうだ?』と言おうとしてしまったが、その言葉を飲み込み、セドナは尋ねた。

「……体の調子は大丈夫か?」

「ええ。まだ、少し眠いけど……。あ、馬車が……」

目の前で燃え尽きようとしている馬車を見て、状況は理解したようだ。

「ひょっとして、山賊に襲われたの……?」

ロナはゆっくりと立ち上がりながら、あたりを見回した。

「ああ、そうだ」

そして、セドナは各隊員に山賊が出たときの様子を説明した。

「じゃあ、セドナ副隊長が一人で全員撃退したってことですかい?」

「え?あ、ああ。まあ、ハッタリが効いたみたいでな、ハハハ……」

この世界では『転移物』は貴重品だ。

あまり『転移物』を所持していることは知られたくはない。そう思ったセドナはその部分だけうまくごまかし、素手によって撃退したと説明した。

幸いと言うべきか、山賊たちはロナの救出中に全員森に逃げ込んだらしく、その時の状況を説明できるものはいなかった。

「やっぱ、セドナは凄いわね。ドワーフたちまで倒すなんて」

「良かったら今度お礼にお酒でも飲まない?」

「もちろん、お邪魔虫……じゃない、チャロちゃんはお留守番で、ね?」

サキュバス3人組はここぞとばかりにモーションをかけてくるが、セドナは相手にしなかった。

「全員無事だったのはセドナのおかげなのね。けど……積み荷は回収できなかったのね……」

なぜか少し安堵したような口調で、ロナはつぶやいた。

馬車はすでに燃えカスしか残っていない。残骸をあさってみたが、他の物品は勿論のこと、宝飾品すら跡形もなく消え去ってしまっていた。

「にしても、ひどいな、あの山賊!よりにもよって、一番大事な馬車を燃やすなんて!」

「けど、しょうがないよ。それより、みんなが無事だっただけでも良かったよ」

憤るチャロに対してセドナはニコリ、と笑った。その様子を見て、ロナは不思議そうに首をかしげる。

「けど……。セドナは、なんで私を助けたの?」

「え?なんでって……。逆になんで助けないと思うんだよ?」

「はっきり言うわ。私とあなたの立場が逆だったら、私は、そこのバカは嫌いだから助けなかったわ」

「バカはあんたの方だろ!っていうか、それひどくない?」

チャロは大声で叫びながら突っかかった。

「だって、あなたより姫様に渡す宝飾品の方が大事だもの。……あなたは、私たちエルフが憎くないの?」

「え? ……んなわけないじゃん。俺はみんなのことが好きだけど……」

「みんな、ね……」

平然とそう言い放つセドナにチャロは顔を赤らめながらも、若干嫉妬が混じった様子で歯ぎしりをした。

「……そう。後、あなたには話したけど、私には恋人がいるのは覚えてる?」

「そりゃ、昨日のことだからな。忘れるわけないよ」

「だから、あなたが私の命を助けても、私はあなたとは付き合えないわよ?」

「そんなの知ってるよ。で、それがどうしたんだ?」

「だから、あなたが私を助けても得することはないでしょ? だからなんでかなって思ったのよ」


「得とか損とか言われてもな……。人道的に考えて、人命優先なのは当然だろ?」


「人道?」

その発言に、ロナは首を傾げた。

これはチャロ以外のすべての隊員も同様だった。ロナと一緒に居たドワーフが口をはさむ。

「ジンドーってなんですかい? 美味いんですか、それ? ……いや、食い物じゃないっすね……」

少し考えた後に、ドワーフは続けた。

「話の流れから考えっと……。人間が先天的、あるいは後天的に所有する、価値観の根幹を構成する普遍的なイデオロギーの一種ですかい?」

べらんめえな口調とは裏腹に、ドワーフの知識は豊富だ。

鍛冶屋という職業柄、お偉いさんとも会話をする機会が多いこともあり、教養を身に着ける必要があるためだろう。

セドナは若干戸惑いながらも、そうだ、と答えた。

「そこが人間のおかしなところよね」

ロナはそれを聞き、はあ、とため息をつく。

「そりゃ、好きな人だったりお礼がもらえたりする人なら、私も助けるわよ。……けど、赤の他人や……ましてや、敵兵士や自分の嫌いな相手の命でも、人間は助けようとするでしょ?人間のそういうところって、理解できないわ」

「けど、そう言うわけの分かんないとこ、俺は好きだぜ? ロナ隊長も、本当は嬉しいんじゃないですか?」

リオはあっけらかんとした様子で答えたが、ロナは首を振った。

「……助けてくれたことは、お礼を言うわ。けど私は……あなたたちのそういうところが……嫌いなのよ……」

そう、最後は消えるような声でつぶやいた。その様子をみて、これ以上言及することを止めることにした。

「ま、まあ……。とにかく、だ。残った積み荷だけでも早く国に持ち帰ろう、な?」

「そうね……」

ロナ達は馬車の残骸を片付けると、故郷に向けて馬車を走らせた。

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