ザ・ハッタリバトルの開幕

「お、おい、どうした?」

この二人が仕事中に居眠りすることは、日常茶飯事だ。

だが、馬車を運転していた御者まで同時に眠りに落ちることは考えにくい。

「……ひょっとして……」

そう思いながら、後ろをのぞき込むとすべての馬車が停止していた。

そして、四方からガサガサと草むらが揺れる音がする。

このことから考えられる結論は1つだ。

「山賊、か……」

セドナは一言つぶやいた。

そう思った矢先、草むらから山賊と思しき一団が現れた。

人数は現在視界に居るだけで8名。


内訳はエルフ6名、ドワーフ1名、サキュバスが1名。

エルフの武器は全員弓矢。ドワーフは斧。そしてサキュバスは無駄にアカデミックなローブを身にまとい、大仰な装丁分厚い本を持っている。恐らく彼女が睡眠魔法をかけたのだろう。


山賊たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら、馬車に近づいてきた。

「さて、どうするか……。あの人数が相手じゃ、まともに戦っても勝ち目はないよな……」

幸い、山賊たちはこちらに気づいていない。

サキュバスがしきりに眼鏡をくい、と上げながら本をぱらぱらとめくりつつ、自慢げに自分がどれほど強力な魔法をかけたのか語っている。

ドワーフはガハハ、と豪快に笑いながら、酒を煽りつつ、こちらに近づいてくる。

他のエルフたちは警戒を完全には解かず、こちらを遠巻きに眺めている。

真っ向から突っ込んでいってもドワーフに動きを止められ、エルフから魔法と弓で攻撃され、倒されるのが落ちだろう。

セドナは少し考えた後、

「種族がバラバラだから……よし、この作戦で行こう」

そうつぶやいた後、軽く肩を回して馬車から降りた。


「おやおや、ずいぶん派手にやってくれたな……」

ねっとりとした口調を意識しつつ、セドナは余裕ぶった口調で笑いかけた。

「ん……? 睡眠魔法が効かなかった奴がいたの?」

「おい、お前絶対どんな種族でも眠らせるって言ってたよな、どういうことだよ?」

エルフがサキュバスに詰め寄る。やはり彼女が術者だったようだ。

「え、そんな……。私の魔法が効かないなんて……」

動揺するサキュバスを見て、セドナはさらに畳みかけるように声をかける。

「それと後ろのお二方。そろそろ出た方が良いぜ?」

「!!!」

その発言に、一番後ろで笑みを浮かべていた、頭領と思しきエルフの顔から余裕が消えた。

後ろからがさり、と音がする。隠れていたエルフたちも動揺を隠せないようだ。

「悪い、それでも隠れたつもりだったんだな? 無駄だよ。……お前らの『闘気(オーラ)』を感じれば、物陰などガラス張りも同然だからな……」

ニヤニヤ笑いながらセドナは答えた。

(俺には『気』を扱う能力なんて無い……。後ろの伏兵に気づいたのは、単に俺の聴覚が人より優れてるだけなんだよな……)


因みに、この世界には『魔法』はあるが『闘気術』や『超能力』の類は、物語の世界にしか存在しない。つまり、セドナの発言は口から出まかせだ。

だが、セドナは少数種族である『人間』なので、そのような『神通力』の類があると誤解させることは不可能ではない、と踏んでいた。

実際、その発言にサキュバスが、恐れの混じった笑みを浮かべた。

「闘気(オーラ)……?まさか、あなたは、あの……」

何知ったかぶりしてんだよ。闘気を扱ったり、気で周りの気配を探ったりなんて出来るわけないじゃないか。

そう言いたいところを抑えながら、セドナはサキュバスの方を見据えた。

「そっか。あんたら、俺たちのことを知らないんだな。じゃあ、そこにいるドワーフのあんた。少し相手をしてやるよ」

「ほう、俺様と戦うってわけか?」

「ああ、そうそう。指一本で戦ってやるから、安心しなよ」

そう言うと、セドナは剣を地面に置き、指を突き出した。


勿論、これには勝算があった。

セドナには、水筒と同様、元の世界から持ち込めた『秘密兵器』をポケットに忍ばせていたためだ。

また、一見『挑発』に見えるが、この言動は一番厄介そうなドワーフと一対一で対峙できるように誘導することを目的としている。

「おもしれえ、やってやろうじゃねえか!」

ドワーフは血気盛んな種族だ。このように挑発的な喧嘩を持ち掛けるとすぐに乗ってくる。

合理的に考えれば、これは明らかに山賊側にとっては悪手だ。

「指一本で戦える」と言う言葉を信じるのであれば、山賊たちはこの場で距離を取り、森に隠れながら魔法の集中砲火をかけるべきだ。そうすれば、セドナは一瞬で丸焼けになっただろう。

「へえ、何か面白そうなことやるみたいね……」

「ああ、ここはお前に任せたぜ」

だが、エルフたちはその発言を聞き、逆に興味深そうにこちらを見据えてきた。

知識欲の高いエルフの特性が、その合理的な判断を妨げたのだ。


「おら、いくぜ!」

そう言うと、ドワーフは斧を大きく振り下ろしてきた。

「……くっ!」

辛くもよけたが、想定を超える速さにセドナは態勢を崩した。

「おら、そんなもんか!」

そう言いながら、斧をぶんぶんと振り回すドワーフ。だが、豪快なドワーフの性格を反映してか、その一撃は大振りで、何とかかわせる。

だが、いつかはクリーンヒットすることになるだろう。

(く……もう少し……)

そう思いながらセドナは、チャンスをうかがうべく、挑発的な口調で言い放つ。

「なんだ、大したことないな。もっと派手な技を見せてみろよ?」

「んだ、てめえ!じゃあ、望み通り見せてやるよ!」

そう言うと、ドワーフは斧を頭上でぶんぶんと振り回し始めた。恐らく、この一撃で決めるつもりだろう。

「食らいやがれえええ!」

そう言って、ドワーフは地面に思いっきり斧を叩きつけた。

グワン!と大地が揺れるような地響きとともに地面から岩槍が飛び出す。

(よし、いまだ!)

その大ぶりな構えから出来た隙を見た刹那、セドナは懐に踏み込みポケットから『秘密兵器』であるスタンガンを取り出した。

セドナの手とドワーフの陰に隠れて、周囲の山賊からはスタンガンは見えない。

「はあ!」

そう叫びながら、手の内に隠した秘密兵器……『スタンガン』をドワーフに打ち込む。周りからは、指をドワーフに突き刺したようにしか見えない。

「ぐあ!」

その瞬間、ドワーフは顔を引きつらせ、大きく体を傾げる。


「ぐうううう……」

苦悶の表情を浮かべながらうずくまるドワーフを見下ろしながら、セドナはサキュバスに言い放つ。

「……ま、こんなものか……」

後一歩踏み込みが甘ければ、岩槍の直撃を受けていた。だが、そのことを気取られないように余裕を見せるようにセドナは髪をかきあげた。

「ところで、自己紹介が遅れたな。俺は……『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の一人、セドナだ。あんたは知ってるか?」

そんなもん、俺だって知るもんかい、と思いながらも、隣で怯えるように震えるサキュバスに尋ねた。

もちろんこの名称は、たった今セドナが夢魔の好きそうな言葉を繋げた、出鱈目なものだ。

だが、リオの態度を見れば分かるように、夢魔とは『カッコつけ』な生き物だ。そのため……。

「ええ、知ってるわ。……まさか、現実に居るなんて思わなかったけどね……」

ほら、乗ってきた、とセドナは思った。

「え、あんた知ってるの?」

「……で、新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)どんな奴なんだ?」

山賊たちは口々に彼女に訊ねてきた。

こういう注目を浴びるために知ったかぶりをすることをセドナは踏んでいた。

「ええ、私も古代図書館で一度読んだことしか知らないんだけど……。

数千年前……だったかしら?北国のどこかに『闘気(オーラ)』を自在に操って世界を支配した人間の一団が居たって聞くわ……。その集団の中でも特に優れた能力を持つ者たちの異名が……」

そこでサキュバスは一息つき、

「『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』……そう呼んだらしいの……。その力はわずか1人で数百の兵をまるごと壊滅させる、と聞いたわ……」

こちらの突っ込みを恐れているのか、サキュバスはちらちらとこちらを見ながら語り掛ける。

固有名詞や具体的な数字を避け、曖昧な表現ばかり使っている彼女の姿は、さながらインチキ占い師のようだ。

そもそも『古代図書館』ってなんだ。この大陸にそんな施設はない。

「それで、その末裔が近年この国にも出没するって話を聴いたわ……」

「じ、じゃあ闘気(オーラ)ってのはなんだ?」

「え、ええ……。人間にしか扱えないそうだけど……。すべての生き物の体内に存在する力の流れを操る力らしいわ。だから、ドワーフのみならず、竜族でも一撃で仕留めることが出来る……そう聞いたわ」

手に持った書籍をぱらぱらとめくりながらサキュバスは答える。


(お前、今見たまんまの情報をそのまま言ってるだけだろ。よくもまあ、書いてあるはずもないことをペラペラと話せるものだな……。)

セドナはそう思いながらも、話をつづけた。

「なるほど、さすがだな。あんたなら、俺の『闘気(オーラ)』も分かるんじゃねえか?」

「……ええ。恐ろしいほどの気が『聞こえる』わ……」

気は香木ではない。なのにわざわざ『感じる』でなく『聞こえる』とするところが、夢魔らしい。

『自分は特別な存在』と思わせるのって、そんなに大事かねえ……そう思いながらも、セドナはゆっくりと足を進めた。


そして山賊たちの囲みを抜け、背後に回り込んだタイミングで、

「さて……話にもそろそろ飽きたな。そろそろあんた達には退場してもらおうか!」

そう叫ぶと、今度はこぶしを握り、一番近くに居たエルフに一撃を見舞う。

スタンガンはここぞという時のため、少しでも電池を温存させる必要があるためだ。

「く……!」

対応が出来なかったためか、エルフは脇腹を抑え、そのまま倒れこんだ。

「お、おい……!」

「やばいよ、これ……!」

これは、卑怯なだまし討ち以外の何物でもない。

もしセドナの話が本当なら、こんな背後から先制攻撃などせずに正面から山賊を叩き潰せるはずだ。

だが、先ほどのサキュバスの滅茶苦茶な知ったかぶりを信じたためか、山賊たちは明らかに浮足立っており、その事実には気づけなかった。

すでに草むらに隠れていたエルフたちは逃げ出したのか、気配は消えている。

「く……!」

エルフたちは腰から短剣を抜き、切りかかった。

「無駄だ!」

だがセドナは腰から抜いた剣を叩きつけ、短剣を捻じ曲げた。

……エルフの剣はそもそも華奢なエルフの肉体を貫くための強度しかない。そのため、人間の力でも力を込めれば容易に折り曲げることが出来るためだ。

「ひい……!」

「これが、新月のダーク・オブ・×××の力なのね……!また会いましょう!」

その様子を見て、他のエルフたちも退却を始めた。サキュバスは『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の名前を忘れたのだろう、最後の方はいい加減な呼び方でごまかしていたのだが、誰も突っ込むことはしなかった。

「ち……役立たずどもが! くらえ!」

だが、頭領と思しきエルフはひるまずに、炎の魔法をセドナに打ち込んできた。だが、恐怖のためか狙いは逸れてセドナの後ろにある馬車に命中した。

「く……!」

セドナは頭領の服をグイ、と引っ張り、膝をみぞおちに見舞った。

チャリン、と音が鳴り、頭領が身に着けていたバッジが地面に落ちた。

「……ぐは……!」

だが、落ちたバッジに気を向ける余裕もないのだろう、セドナの膝をまともに受け、頭領はうずくまるように地面に崩れ落ちた。

(まずい!あの馬車にはロナが……!)

そう思ったセドナは、同じく眠りに落ちていた御者を離れたところに放り投げると、炎が上がり始めた馬車に飛び込んだ。

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