エルフに「モテ」「非モテ」は分からない

「後、半日くらいで着きそうだな」

馬車から降りて小休止しながら、体をほぐすようにリオは伸びをした。

「うん。……にしても、キミなんかと同じ隊に配属されるなんて思わなかったよ」

まだ少し眠そうな表情で、ゴトンゴトンと揺れる馬車に揺られながら、チャロも毒づく。

「おいおい、こんなイケメンと一緒に仕事出来るなんて、ありがたくないのかよ?」

「夢魔の顔が良いはあたりまえでしょ?それより、試験の時みたいな醜態はさらさないでよ?」

「な……。ちげーよ、あれは作戦なんだよ!あまり強すぎるところを見せても先輩に目を付けられるだろ?だから……」

「はいはい、二人ともそこまでにしなさい。さっさと馬車に乗り込んで?」

パンパンと手をたたきながら、ロナは二人の間に割って入る。

「分かりましたよ……」


結局、弓師団に合格したのは、セドナ達を含めて20名ほどであった。

内訳は、

エルフが8名

ドワーフが3名

サキュバスが3名

インキュバスが2名(リオを含む)

人間がセドナとチャロの2名

となる。これに加えて、人間とサキュバスが1名ずつ辞退しているため、合計18人が今回の正式採用となった。


なお、エルフたちについては全員セドナ達とは別部隊の配属となっている。……エルフと他種族の初任給の格差については、ここに書くまでもないだろう。

「少しだけ炭を小屋に置いておこう。誰かが次に使うと思うからな」

セドナは荷物袋から炭を取り出すと、それを部下のドワーフが受け取った。

「そんならワシが運んどきますな、セドナ副隊長」

「ああ、ありがとう」

セドナは、今回採用された部隊の副隊長として配属されることとなった(もっとも、小隊と言っても要するに「余り物のまとめ役」程度の扱いなのだが)。

これに加え、隊長兼お目付け役として志願した、ロナを含めた11名がセドナ達のチームとなる。

「副隊長~? 今度は、あたしたちと同じ馬車に乗りませんか~?」

サキュバスの隊員がセドナに猫なで声をかけるが、セドナは笑って首を振る。

「いや、俺はこっちの方が良いよ」

「そうそう!あんたらサキュバスは、ドワーフと仲良くやってなよ!」

「…………」

「うっさいわね、リオ!あんたみたいな口だけ野郎が副隊長の…………ううん、何でもない」

「なんだよ、俺の魔力にビビったのか?まったく、お前らに言われたくねえっつうの……」

彼女たちがビビったのは、言うまでもなくリオではなく、その背後に居たチャロがすさまじい殺気を飛ばしていたからなのだが……。

「それじゃあ、全員馬車に乗ったか?出発するぞ?」

馬車の運転手を務めているドワーフが、全員乗り込んだことを確認したのち、馬車を再度走らせ始めた。


セドナ達に与えられた初任務は、近隣にある地方諸侯との交易だ。

今から向かおうとしている諸侯とは友好関係にあり、こちらは衣服の輸出を行い、逆にこちらからは主に種実類を中心とした食料品の輸入を行っている。

今回は、衣服の輸出とともに食料品の買い付けをルチル姫から任されている。あまり花形と言える仕事ではないが、深刻な食料不足に悩まされているセドナ達の国にとっては、重要度の高い仕事である。

「それじゃ、リオ。着くまでに、役場に提出する分の報告書を書いてくれるか?」

「おっけい。任せておけよ」

リオは、チームの会計・報告書の提出係を担当している。メンバーの中で唯一セドナ以外に文字が書けるためだ。

「あれ、そのペン……」

セドナは、リオが見覚えのあるペンを持っていたことに気が付いた。

「いいだろ、このペン!芯の先に小さなボールが入っててさ、それで簡単に文字が書けるんだよ!」

「へえ、ひょっとして『転移物』?」

「多分そうだろうな。以前森の中で見つけたんだよ」

リオは誇らしげに見せびらかしてきた。

元の世界では事務用品として売られているありふれたものだが、この世界では非常に貴重の道具なのだろう。

「転移物、か……」


この世界では、セドナの居た世界から来たと思しき道具がたまに『転移物』という名前で出現することがある。

時折、使用していたはずのボールペンや消しゴムなどが忽然と姿を消えることがあるのは、異世界に転移していたからなのかもしれないな、とセドナは解釈している。


「そういやさ、セドナ達はどうして弓士団に志願したんだ?」

「え?……まあ、日雇いの仕事じゃ食ってけないからな。後、誰かの役に立てる仕事ってすっげーいいじゃん」

セドナはこともなげに答える。

弓士団、と言っても「魔王」や「モンスター」がおらず、戦争も頻繁には起きないこの世界では、治安維持活動・輸送・建築・開拓などの仕事がメインになる。

「誰かの役に立つ、か……。そう言うの、人間の変なとこだよな」

「そう?別に変だと思わないけど?」

チャロは不思議そうに尋ねる。


「だって、仕事って『自分が』輝いてなんぼだろ?大勢の前で「俺、かっこいい!」って思えなきゃ仕事なんて面白くないじゃん」


「まったく、ナルシストの夢魔らしい職業観だね……」

はあ、と少し小ばかにするようにチャロはため息をつく。

「そういうキミはどうして弓士になったの? 夢魔って、あんまりこういう地味な仕事しないでしょ?」

夢魔が好む仕事は芸術家や音楽家と言った創作系の分野が多い。

ただし、倍率の高い職業であることに加え、インキュバスの感性は他種族に理解しづらいこともあり、実際にそれで生活できるものは稀だ。

そのため実際には、エルフに匹敵する容姿を活かし、接客業や水商売に就くことが多い。

「そりゃあ、ルチル様みたいな素敵な方にモテたいからだよ!」

「へ?だってキミ、この間ルチル様のこと……」

「ああ。あれは、お前らがルチル様をどう思ってるか試したんだよ。これは本当だからな」

「『これは』ってことは、この間の試験でぼろ負けしたのは、ワザとじゃなかったんだね?」

「う……うるせえな……」

ふっと笑うチャロを見て、リオは顔を赤くした。

「ルチル様、ねえ……。ちょっと意外だわ」

ロナがぽつり、とつぶやく。

「そうか?あのジュエリーの使いこなしや上品な話しかた!それに加えてお姫様って言ったら、そりゃ素敵だと思わねえか?」

興奮したように話すが、チャロは理解できなそうに首を傾げた。

「うーん……。確かに美人ではあると思うけど、エルフはみんなそうだし……」

「あ~もう、分かってねえな! つーか人間って、相手の権力に興味ないのか?」

「うーん……。確かに大事なことではあるけど、リオ達ほどじゃないかな」

「まあ、その辺が夢魔とは違うところだね……。セドナ、副隊長になったからって、サキュバスの誘いに乗らないでよ?」

「いや、乗るわけないだろ……?」


夢魔は、普通の食事も出来ないわけではないが、主食は他者……とりわけ配偶者の場合が多いが……の夢である。

そのため豪奢な夢を見るものを好む種族性のためか、他種族以上に「金持ち」や「権力者」を好む傾向が強い。

先ほどからサキュバスがセドナに色目を使うのも、セドナが「副隊長」として、この場では「権力者」であるからだろう。

逆に言えば「低所得者」を嫌う傾向があるので、このような夢魔の特徴は他種族(特に人間)からは嫌われやすく、これも個体数が少ない原因となっている。

「因みに、ロナ様はどう思いますか?」

当然、リオも隊長であるロナにはあからさまに態度を変えて接している。

ロナは面倒くさそうにため息をついた。

「さあね……。けど、姫様のために頑張るっていうならありがたいわね。……にしても、あなたたちって、どうしてそんなにモテたいの?」

「へ?」

「普通に生きてれば恋人くらいできるし、子どもだって持てるじゃない?そんなガツガツとモテたがる理由が理解できないわ」

セドナは手を止め、少し苦笑した。

「なるほど。エルフは個体差が少ないから、モテ・非モテの格差も無いわけか。モテるための努力をしなくても恋人が出来るなんて、ある意味羨ましいな」

「けど、必死になって頑張って異性を射止めた時のあなたたちの幸福感は、分からないわね。それを味わえるのは、あなたたち他種族の特権よ?」

「……そうだな」

少し寂しそうに笑うセドナを見て、チャロは話題を変えようと嫌み交じりに訊ねた。

「けどさ。あんたみたいな性格ブスにも、恋人いるの?」

「……あら、知らないのね」

「なんで私があんたの恋人を知ってるのさ?」

チャロの質問にロナは意外そうに顔を上げると、口元に人差し指を当ててほほ笑んだ。

「それはひ、み、つ」

「く~! ロナ様、素敵です~!よし、じゃあ折角なんで俺、お茶でも淹れましょうか?」

その様子を見て、セドナは少し呆れたように肩をたたいた。

「さて、リオ。報告書を書きたくないのは分かるけど、そろそろ手を付けてくれないか?」

「あ、やっぱりわかった?」

リオは慌てて報告書に文章を書き始めた。

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