第2章 弓士団としての初仕事

「かわいい貧困者」だけひいきして「救世主」ヅラしないで

規則的な響きを立てて揺れる馬車の中で、チャロは昔の夢を見ていた。


「やっぱりさ、チャロ。人間とエルフは共存するべきなんだよ」

この発言は、私が一番嫌いな言葉だった。


「お風呂から上がったんだね。ご飯できてるよ?」

「どう、チャロちゃん?この服、あなたにぴったりでしょ?あなたにあげるわね」

エルフの夫婦はそう言って私にご飯と寝床を提供してくれた。


いつも、そうだ。

私が物乞いをしていると、誰かしら声をかけてきて、世話を焼いてくれる。……隣で物乞いをしているお兄ちゃんには目もくれずに。


「はい、チャロ。人間の口に合うように作ってみたんだけど、どうかな?」

「ありがとう……。おいしい……」

そう言わないといけない気がして、私はいつもそう言っていた。

その料理からはいつも、差別の味しかしなかった。


「辛かったでしょ?これからは、うちに住んでも良いんだよ?」

そう言ってくれるエルフは沢山いた。……私にだけ。

もちろん、その申し出は誰であれ、必ず断っていた。


「あはは……叩かれちゃった。やっぱり、人間は私たちのことを信用できないわよね……」

「仕方ないさ。それだけ、俺たちエルフにつらい目に遭ったんだろ?」

私が、エルフに邪険な態度をとっても、笑って許してくれた。

……お父さんのことは、肩がぶつかっただけで殴りつけていたくせに。


「私も、困った人は見捨てられないからさ。これからは私を頼っていいんだよ?」

そう思うなら、なんでお母さんが病気の時に、見て見ぬふりをしていたんだろう。


エルフは、昔からずっと私の世話を焼いてくれていた。

私は「かわいい子」だったからだということは、すぐに分かった。


だけど、自分にだけ優しくしてもらっても、全然うれしくない。

それよりも、私の家族や友達にも優しくしてほしかった。

「自分にとって都合のいい弱者」だけは優しくして、「自分にとって心地のいい存在だけとの共存」ばかり掲げるようなエルフのことは、私は大嫌いだった。

そう思いながらも、

「ありがとう……。なんでこんな私に、優しくしてくれるの……?」

いつも心を開く振りをして、泣きまねをしてみせた。

そうするとエルフは喜ぶことを知っていたからだ。その時にエルフたちが決まって口にしたのが、

「共存」

とかいう言葉だった。


……そんな日が続いた後の、冬の寒い日。

「お嬢ちゃん、寒いでしょ? よかったら、うちにおいで? 娘たちもきっと歓迎してくれるから」

いつものようにエルフは、隣で物乞いをする幼馴染のお兄ちゃんに目もくれず、私にだけ声をかけてくれた。

そして、彼女は私を部屋に挙げ、暖かいかぼちゃのスープを振舞ってくれ、暖かいベッドを提供してくれた。

「お姉ちゃん、今度はあたしと遊ぼうよ!」

子どもたちはみな、私に優しくしてくれた。

けど、私は「お兄ちゃんが気になるから」と言い、僅かなお金をもらって家を出た。


「はやく帰らないと! お兄ちゃんは凍えてないかな……」

お兄ちゃんは、荷物運びの仕事をした時に腰を痛めてしまい、働けなくなっていた。

その日以降、お兄ちゃんは私と一緒に物乞いをしていた。

けど、エルフたちはお兄ちゃんを蔑むどころか、まるでいないもののように扱った。だから、私がいつもお兄ちゃんのためにお金をもらい、お兄ちゃんのご飯を買っていた。

お兄ちゃんはいつも申し訳なさそうな顔をするけど、それでも私は良かった。

……血はつながっていないけど、お兄ちゃんが最後の家族だったから。


「……あれ、お兄ちゃん、どこ?」

けど、その日、帰って来た時にはお兄ちゃんはいなかった。

一瞬、エルフに何かされたのか、暴力を振るわれたのか、と恐怖が頭をよぎった。


しかし、代わりに聞こえてきたのは、楽しそうな声だった。

「雪の日でも休むんじゃねえぞって言ってたくせに、親方はさ! 樽から足滑らせて骨を折っちゃって!」

「それで、仕事は休みになったってわけか? ハハハ!」

声の向こうに行ってみると、そこは立てかけた屋根がある、小さな広場だった。

そこでお兄ちゃんは、何人もの人たちと輪になって座り、談笑していた。

輪の中心に居たのは、自分を『セドナ』と名乗る見たことのない青年だった。

なんでも、お兄ちゃんたち物乞いの人たちを集め、みんなに食事を振舞っていたそうだ。

「やあ、チャロ。一緒にどうだ?」

そう言って、お兄ちゃんはいつものように、膝の上に私を載せてくれた。

「寒かっただろ?良かったら食べなよ」

そう言ってセドナが振舞ってくれたのは、かぼちゃのスープだった。

今日、日雇いでの稼ぎをはたいて作ってくれたものだということだ。

「……おいしい……」

具も何も入っていない、シンプルなかぼちゃだけのスープ。

けど、私はその夜に食べたスープの味を忘れない。


「ハハハハハ!そりゃ面白い! セドナ、あんたもすごいな!」

私がスープを飲んでいる間にも、セドナの冗談にお兄ちゃんは笑っていた。

こんなに笑ったお兄ちゃんを見るのは久しぶりだった。

「けどさ、親方もいいやつなんだよ? 俺がさ!「力仕事以外で、何か出来る仕事ないか?」って聞いたらさ……」

セドナは笑いながら、大きな包みから、沢山の衣服を出してきた。

「このズボンを繕ったら、お金をくれるって言ってくれたんだよ! よかったら、一緒にやろうぜ?」

「ああ! ……けど、俺は針仕事をやったことが無いんだけど……」

「大丈夫、これくらいなら、俺にも教えられるから! お金貯めて病院に入ればきっと、前みたいに働けるだろ!」

「あ……ああ、そうだな!」

その提案に、お兄ちゃんがパッと顔を明るくした。きっとこれを「希望」……と言うのだろう。

「……ねえ、お兄ちゃん?」

「チャロ、いままでありがとうな!これでお前に恩返しができるよ! ありがとう、セドナさん!」

腰を痛める前のような明るい表情で、お兄ちゃんは私に笑いかけてくれた。

「アハハ。お礼を言うには早いって。まずは明日から、一緒に1着ずつやってこうな!」

そこまで言うと、セドナはぐるり、と周りを見回しながら全員に訊ねた。

「後、親方、怪我しちゃったって言ったろ? だから、力仕事が出来る奴は他にも雇ってくれるってさ! どうだ、明日行くやつはいないか?」

「ああ、じゃあワシが行くよ!」

「おいらも!」

そう言って、周りに居た物乞いは口々に叫んだ。

みると、輪の中にいるのは中高年や、容姿に恵まれない子どもばかりだった。……かわいい子はみな、エルフの家で『優しくて暖かい家族』とか言う連中と一緒に過ごしているのだろう。

けど、セドナは誰に対しても分け隔てなく接していた。


「ねえねえ! みんなでお金稼いだらさ! 週末にパーティーしたいよ、おいらは!」

「なにそれ、最高じゃん! チャロも一緒に来ないか?」

お兄ちゃんも周りのみんなも、今までになく明るい顔をしていた。

……私は、あの『家族』達よりも、ここに居たい。その時には、すでにそう思っていた。

「え、良いの?」

「当たり前だろ!」

「よし、それじゃあ今夜は週末のパーティーの前祝ってことで! じゃーん!」

セドナは顔をほころばせながら、懐から小さな楽器を取り出した。

「なに、それ?」

「親方が、もう使わないからって言ってくれたんだ。カリンバっていう楽器だよ。弾ける人、誰かいないか?」

「お、懐かしいな!ちょっと弾かせてくれ!」

セドナの向かいに座っていた物乞いのおじいさんは、そういうとセドナからカリンバを借りた。

「よし。それじゃあ今夜は、スペシャルライブの開催だな!」

そして、おじいさんはそのボロボロの手で、ぽろろん、ぽろろんと音を奏でた。

「……あれ、この曲……」

その曲は昼間、エルフの家族がピアノで聞かせてくれた夜想曲と同じ曲だった。

けど、その夜に聴いたその美しい音色は、とても暖かかった。

それが、セドナとの出会いだった。


「……ん、どうした、チャロ?」

ふわ、と少しあくびをしながらチャロは目を覚ました。

「うん、ちょっと昔を思い出して」

「そっか……」

「おいしいご飯とお風呂、ベッド……どれも大事だけど、それだけで『救世主』として慕われたいなんて、あさましいと思わない?」

「なんだよ、急に? まあ、救世主って神様の仕事だろ? 誰かがやるもんじゃないさ」

少し遠くを見るような表情で、セドナは苦笑した。

「そうだね。……ところで、キミは、私のこと、好き?」

「え? ああ、もちろん好きだけど?」

「じゃあ、あのインキュバス……えっと、確か……。そう、リオは?」

「好きに決まってるじゃんか」

「それなら、あのロナってクソ女は?」

「クソ女って言い方は無いだろ? ……もちろん、好きだな」

「……私はセドナのそういうとこ、好きだけど、嫌い」

「何言ってんだよ?」

「さあね」

そう言ってチャロは起き上がり、セドナの頬に軽くキスをした。

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