第4話 キャラバン加入の理由
間道を抜け、主要街道へと合流してしばらく走ると、道沿いに建物が見え始める。それを目指すように馬車が歩みを進めていくと、建物は次第に密度を増し、街へと変わる。
「今日はここまでね」
日はまだ西の空に沈んではいないが、アリシアはそう判断した。
主要街道とはいえ、宿場町はそれほど多いわけではない。このまま走り続ければ、野宿を余儀なくされる。
今、野宿を選ぶほどの急ぎの商売はない。
そういった事情を知っているフリッツも、もちろんビットも賛成する。
クリスも疲れているらしく、特に反対はしなかった。
こうして、一行は早めの宿を取ることとなった。
馬車を厩に預け、貴重な商品だけを手荷物としてビットとフリッツが持ち、アリシアが宿帳に名前を記入した。ビットとフリッツは同室、アリシアとクリスはそれぞれ個室を取る。
「先に休みます」
そう言い残し、クリスが真っ先に二階の部屋へと消えていく。
やけに憔悴して見えるその背中を見送り、フリッツはアリシアへと視線を移した。
「食事まで休憩にするわ。ここは珍しく公衆浴場があるから、行ってきてもいいわよ」
視線の意味を正確に読み取って、アリシアが答えてきた。
「ありがとうございます」
フリッツは鍵を受け取り、部屋へと向かった。
どうせビットとアリシアはアリシアの部屋で打ち合わせをするはずだ。
フリッツも参加することはあるが、基本的に行動指針について意見を言うことはない。
三人だけのキャラバンでは、アリシアが会長として決定を下し、ずっとアリシアに従っているビットが必要な事を補足する意見を言う。
そして、フリッツは昼間のように、荒事を担当する。
ビットやアリシアもフリッツが加入するまでは二人で旅をしていたこともあり、かなりの使い手である。いやむしろ、フリッツからすれば、二人の方が強いと思える。
それでも、傭兵の養成所にいたフリッツを拾ってくれたのは、荒事をさせる以外に理由がない。
大きめの荷物を軽々と片手に持ち替えて、部屋のドアを開ける。ベッドが二つだけの簡素な部屋だった。
「充分だな」
しかしフリッツは満足そうに呟いて、ベッドに上半身を投げ出した。
そのまま、天井を見つめる。いくつかの染みを見るともなしに見ていると、アリシアと出会った時のことを思い出す。
「あなたが、フリッツね?」
確認するようにこちらの瞳を覗き込んでくる美女に、少年はコクコクと頷いた。
そうすることしかできなかった。
年は自分とそう離れていない。四,五歳上という程度だ。しかし、一目で自分とは器が違うことがわかった。
日の光を背後に浴びてきらめく、ウェーブがかった金髪。抜群のスタイル。整った顔立ち。女性として、恵まれすぎているとも言えるその美女は、こちらの返事にわずかに目を細めた。奥に輝く光を、わずかも弱めることなく。
「そう。腕はたつのね?」
またも頷く。自分は今期のスクール卒業生の中で、戦うだけならば五指に入る。
だが――
「でも俺は、敵を殺しません。そういう意味では、傭兵としては役立たずです」
はっきりとそう口にした自分に向かい、美女はわずかに苦笑し、隣の人物に声をかける。
「いいわね。正直で。ねえ、ビット」
「そうですね」
隣に佇む、背の低い茶髪の少年はわずかの間もおかずに頷いた。ほとんど反射のような気もしたが、口には出さずにおいた。
「じゃあ、あなたはなぜこのスクールに?」
美女が再びこちらに視線を向けてくる。その問いに対する答えは、決まっている。
「人々が幸せになる役に立ちたいからです」
その答えに、美女は満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、わたし達と来なさい。一緒に幸せを運びましょう」
「何をするんですか?」
こちらの問いを予想していたのか、美女は笑みをさらに強め、言った。
かけらの迷いも感じさせない、強い意志を言葉に乗せて。
「わたし達は世界中をめぐって、人の望むものを仕入れ、売るわ」
その力に惹かれるように、自分も強く頷いた。
「はい」
「いい返事ね。じゃあ行くわよ、フリッツ。アリシアキャラバンへの参加を歓迎するわ」
やがては大陸中に名を轟かす、キャラバンに入ったのはこんな感じだった。
ところが実際入ってみるとアリシアは傲慢で我儘で、まったく詐欺にひっかかって人攫いを食らったようなものだった。
それでも、フリッツはキャラバンを辞める気がない自分を自覚している。
アリシアは傲慢で我儘だが、強く、気高い。そこには、圧倒的なカリスマがある。
そして何よりも、世界を見て回ることはフリッツ自身、楽しかった。
だからフリッツは、クリスという今回の拾いものに、ある意味興味を持っていた。
――彼は、自分の旅に何を加えてくれるのか?
そう考えると、ワクワクしてくる。
無邪気とも言える感想を持つフリッツは、自分が旅をするために一番必要な資質を持っていることに、まだ気づいていない。
「さて、じゃあ、せっかくだし風呂でも行こうかな」
そう一人呟くと、フリッツは勢いをつけてベッドから飛び起きた。
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