第3話 クリスとの出会い

 山賊を首尾よく降伏させたまでは、よかった。


 しかし山賊はまだ駆け出しの集団であり、大したお宝を溜めこんでいないことがわかると、アリシアは激昂した。




「まったく使えないカスどもね。犯罪にまで手を染めたのに、金も稼げないなんて。無駄な人生だったわね」




 とりあえず山賊たちの人生を過去形で語ろうとするアリシアをどうにかなだめるべく、フリッツが知恵を絞っていると、声がかかった。




「助力には感謝します。ですが彼らはしかるべきところに突き出すべきでしょう」




 声の主は、襲われていた騎士だった。あちこち傷を受けてはいるものの、応急処置は終えており、特に顔色がすぐれないということもない。兜の下の大きな黒い瞳が、ともすれば女性的な印象を与える。




「……?」




 フリッツはその声に再び違和感を覚えた。アリシアに視線を向ける。


 しかしフリッツよりも数段鋭い感覚を持っているはずのアリシアは、相変わらず不機嫌そうな表情を騎士の方へと動かし、試すように言葉を放った。




「しかるべきところとは?」




  騎士はわずかに怯んだようだったが、それでも騎士の誇りとやらか、眼を逸らさずに答える。




「どこかの街道警備隊とかでしょう」


「なるほど、街道警備隊ね」




 アリシアが頷いたのを見て、山賊たちの表情が一様に青ざめる。山賊がどれほどの罪を重ねたかなど、立証できない。従って、街道警備隊に引き渡された場合の処分は重いものとなる。


 自分たちの末路がより悲惨に傾いたことに思わず泣き始めるものまでいる始末だった。


 その様子に気づいていないわけでもないだろうが、アリシアは無視して騎士に話しかける。




「どうやってこの人数を連れていくの?」


 


その言葉に騎士は狼狽した。




「え、いや、それは……貴方たちの馬車に詰め込んでもらうとか」


「わたしたちの馬車には十人も乗れないわね。それに、商品を積んでいるの。そんなところに乗せられないわ」




 かろうじて出した提案もアリシアに一蹴され、騎士の頬を一筋汗が伝った。


 フリッツは少し同情したが、アリシアは手厳しく続ける。




「あなたの騎士としての経験は知らないけれど。街道の掟も分からないような人間は、間道を通るべきじゃないわね」


「私の進む道は私で選ぶ! あなたにそこまで言われる筋合いはない!」




 アリシアの言葉は、騎士の何かを強く刺激したらしい強い口調でアリシアへと反論する。


 アリシアは一瞬驚いたようだったが、わずかに目を細めるだけだった。




「まあそうね。好きにすればいいわ」




 その言葉に、騎士は満足したようだった。口元にわずかに微笑を浮かべ、一礼しようとして――




「そう、好きにすればいいわ。この山賊たちはあなたにあげるから、頑張って連れて帰ってね」




 続いたアリシアの言葉に、固まった。


 硬直する騎士に、更に容赦なくアリシアの言葉が放たれる。




「見たところ、馬も逃げてしまったようだし。徒歩でこんなお荷物抱えたまま目的地まで何日かかるかわからないけれど、好きにすればいいわね」




 つうぅ、と騎士の頬に汗が一筋伝った。兜の暑さではないことは、明らかだった。




「……」


「……」




 そこでアリシアが無言になったため、騎士も無言となる。


 二人の視線が交錯し、先に騎士が眼を逸らした。


 そこで、アリシアは笑みを浮かべた。どうということのない笑みだが、フリッツには何故か悪魔の笑みに見えた。


 そして、金髪の悪魔は言う。




「さて、ここに馬車があるわ。山賊を十人も乗せられないけれど、一人ぐらいは余裕で乗れる、馬車がね」


「……」




 騎士は言われている事を悟ったらしく、気の毒になるほど表情を引きつらせた。




「……シェルフィア領まで、お願いします」




 うなだれるように騎士が口にしたそれは、敗北宣言だった。




「毎度ありがとうございます」




 対照的にアリシアは、嬉しそうに勝利を宣言した。


 






「それで、騎士様のお名前は?」




 山賊たちから有り金を奪い、縄で縛った挙句に放置して、意気揚々と馬車に乗り込んだアリシアは、同じく荷室に座らせた騎士に声をかけた。


 先程までの商人としての表情は消え、今は穏やかに微笑んでいる。


 フリッツはそれを見るたびにいつも詐欺師とはこういうものだ、という思いを強くする。


 しかし騎士はその詐欺師の手口に引っかかったらしい。緊張を解いた穏やかな口調で応じる。




「クリスといいます」




 そこでフリッツはようやく自分の疑問の正体を理解した。クリスと名乗ったこの騎士の声は、妙に柔らかいのだ。その響きは鎧兜に包まれるにはあまりにも不釣り合いだった。


 チラリと隣を伺うと、ビットも珍しくわずかに目を細めていた。何かを感じ取ったらしい。


 しかし、アリシアはやはり微笑から表情を動かさない。ただテンポよく、それでいてうるさくないペースで、クリスと会話を続けていく。


 アリシアが必要だと考えることは、アリシアが問題なく聞きだすだろう。


 ならば、自分が気にする必要はない。


 フリッツはそう判断して、二人から意識を離して、再び周囲全体に注意を向けていく。


 しかし、おかしな気配を感じることなく、馬車は無事に間道を抜けた。

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