ゼズ・ノー・プレイス・ライク・トーキョーラマ・トゥデイ
「……じゃあ、その琴音ナナの目的とは一体何だと思うのお? ルカ君的には」
通信画面の向こう側で、ランボー先生が白髪混じりの顎髭を指先で弄っている。深い皺の刻まれたそれは、まるで昆虫の触覚のようにも見える。
「……端的に言うと、私と接触したいんだと思います。先日のガン・クラッパー討伐作戦も敵に事前に知られていたようですし、最初は
ランボー先生は頭を深く垂れた。何時も着倒している道着の首元から覗く、引き締まった首筋の筋肉。長髪の乗っかった重そうな頭を、老体とはいえどしっかりと支えているのが伺える。
「……わざわざ自分の記憶が盗まれるの分かっててえ、相手方の記憶に自ら混入するような
「そうですよ! 会いに行かなくていいですよ! そんなしょうもない匂わせ女は! 大体あの時、現場にいたのだって見間違いなのかもしれないし!」
チエが私の右腕にしがみつきながら、もう片方の手でピンセットを使って、器用に自分の脚の毛を抜いている。どちらかにしてほしい。というか、そういうのは一人の時にやれ。
私はランボー先生に話し掛ける。
「……まだ言語化は難しいんですけど、何処かで
「そんなものは! ない! です!」
隣で騒ぎ立てているチエの口を手で塞ぎながら、私は卓袱台の上にあった桜味の羊羹に楊枝を刺して、口元へと運んだ。
「うーん……仲間だと思ってるのお? もっと何かこう、具体的な根拠はあ?」
「仲間な訳! ないです! 会いにいかなくていいです!」
「あの時、ガン・クラッパー2号を爆破したのは琴音ナナです……もしかしたら、あの子はあの時の……私たちの仲間で、生き残りなのかもしれない……」
何時も以上に騒がしい居間に一瞬の沈黙。次いでチエが私の顔を覗き込んだ。
「あいつら……3.7.部隊が取り逃がしたのは、私たちだけです。生き残った私たち……No.3とNo.7の、''たった2人きりの軍隊''。現政権を打倒する、次世代の脅威をこの世に産み落とした、後世に名を残した偉大な……いや自ら墓穴を掘った大馬鹿な部隊なんです。だから、私たちの他には……」
私はチエのピンク色の髪に指先を通して、そのまま頭頂部へとスライドさせた。そして、前髪の辺りを撫で付けながら囁く。
「分かってる……! 分かってるよ。でも、行かなきゃいけない気がするんだよ。そこに、この国を、
画面の向こう側で、ランボー先生が左右に小刻みに揺れながら唸っていた。
今日の会合は、既に4分ほど超過していたが、もはやそれを気にしている者は誰もいなかった。
「……にしてもお、もっと仲間である根拠が欲しいよねえ……」
横でチエが吠える。唾が勢いよく頬に飛んできた。もう勘弁してくれ。いくら''フィアンセ''でもこれは無理だ。
「そうですよ! どうせ敵ですよ! その証拠に、
「ディアンジェロさんだって、長年
私は再度、目の前の画面に向き合った。
「ランボー先生。味方である根拠よりも、敵でない根拠があるからこそ、会いに行くんです」
「うーん、でもねえ」
というより老齢の男性修験者と超能力少女2人によるこのけたたましい言い争いは、そろそろ18分程まで超過していた。
卓袱台の上に散乱したお茶請けのお菓子と湯呑み、国の供給する食用コオロギ少量……どこかどうみても珍味なお茶会でしかないこの会合は、もはやテロリスト・グループが行う密会の様相を呈してはいなかった。
その四畳半の喧騒の中で─
私はあの悪夢の中で聞いた、彼女のあの台詞をふと思い出した。
──次の日曜の午後3時……中央広場で新市長の就任式がある──
時計を見やると午後3時2分。
私はランボー先生に画面の切り替えを頼んだ。
「ああもう! やっぱそれ観ちゃうんですねルカちゃん! もう! あんなの全部嘘っぱちですよ! もう!」
四肢をジタバタと動かして暴れるチエを両手で制しながら、私はランボー先生からの返答を待った。
「そもそも、そのつもりだったよお。時間オーバーし過ぎたけどお。まあ、5分以内じゃ無理だよねえ。当たり前だけどお。いい機会だからあ、一緒に見ちゃおうかあ。来週分の議題に回すのも面倒いしねえ」
「誰が言ってるんですか」
テレビ画面の中には、既に忙しない
群集──
あれだ。
あの場所だ──
私は療養によって快方に向かいつつある自身の身体の端々に、不協和音が伝わるのを感じた。
悪寒が走る。
虫唾だって走る。
反吐が出る。
クソったれ。
あの場所は何時か必ず、全てぶっ潰す。
全て焼き払った跡には、粉塵一つも残さないでやる。
「えー。本日はお日柄にも恵まれ、こうして
新井ユミと名乗る
二十代前半の女性、珍しい
既得権益というドラッグに埋没してきた彼女は今、左右共に不自然な瞬きの律動を湛えたまま、両足にガトリング砲のようなものが備え付けられている。
そんな機械の身体など、何故希求することがあるのだろう?
「−労働、生産、消費、繁殖−」
「−全てのサイクルは貴方の為に、貴方は全てのサイクルの為に−」
「−全ては、論理的な帰結の名の元に−」
何時もの
官民の統治と同時に第三列島を統べる国際的大企業である通信社の窓口として、今後の我が列島の第三次世界戦への積極的な参戦表明──本当に存在しているかも怪しい戦争──を推し進める一方で、より鎖国的な情報統制を強化するとされている公人であり、現在こうして衆目を集めるに値する最重要人物だ。
二十代後半の、精悍とした男性の顔が広場に設置された巨大スクリーンにアップで映写される。
凛とした表情と真っ直ぐに前を見据える眼差し。明朗快活な発声。何から何まで杓子定規で理路整然としていて、何だか逆に不気味だ。これなら先程の
木田キヨテルは勇壮な列島の経営理念と、今後の政策を滔々と並べ立てている。
そして、その最初の違和感に気が付いたのはチエだった。
「……あれ? 何かおかしくないですか? さっきから、子音の発音が……」
よく見やると、口角の左側だけが微かに歪み始め、そこにはブクブクと小さな泡の粒が吹き出し始めていた。
そして両目の焦点がそれぞれズレている。鼻息も荒いようだ。木田キヨテルは今や群集でなく遠く向こうの──虚空を見つめながら、まるで何者かに急かされるように歯の浮いた絵空事を──トーキョーラマの今後について早口で捲し立てている。
そして最後に、辛うじて聞き取れるような不明瞭な発音でこう述べたのだった。
「ohhh....I mean it,man.There's no place like Tokyolama today...る……琉加チヤ、ん……ゆ……ユ芽No.中で……イッ! TA通り、レ、レナーDo……バシDe……」
若き次期市長の顔は急激に浮腫み始め、数秒のうちにバスケット・ボール大の体積にまで膨張した。
そして花火のような破裂音と共に、当たり一面に弾け飛んだ。
画面に肉塊の紅い花が咲く。
紛れもなく人間であった木田キヨテルの内部にあった血液と脳漿、唾液、鼻水、頬骨、歯、白目と虹彩etc...が、広場に設置されていた巨大スクリーンの上で盛大にぶち撒けられた。
瞬間、地鳴りのような悲鳴がノイズとして届いた後に、
私たちは3人ともしばらくの間、押し黙っていた。
やがて、チエが小さく絞り出すような声で囁いた。
「こんな力が……一体どれほどの……」
琴音ナナだ、間違いない。
そしてあの
あの
そして、私たちよりも遥かに強い。
画面の向こうのランボー先生と、横にいるチエを交互に見る。ランボー先生は深く沈んだ目をして、チエは膨れっ面をしている。
私は深呼吸をして、背筋をしっかりと伸ばした。
隣でチエが大声を発した。
「分かってますよ! 行くんでしょ! もう! でも! 私も付いていきますからね!」
本日の大幅に超過した会合は終わった。
私はその夜、久々に深く瞑想をして眠りに就いた。
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