MISSION:POSSIBLE スピンオフ小説「お鍋を作れ!編」

筑駒3B

お鍋を作れ!編

 日本の秋はどんどん短くなっていると言われる。十一月に入ってしばらくしたある日、来栖はジャケットの上からふとした寒気を感じた。

「もう木枯らしの季節か」中学生諜報員はそうひとりごちる。ある昼下がり、来栖とその後輩・壇はぶらぶらと学校の庭を散歩していた。上履きに踏まれた枯れ葉が小気味よい音を立てている。会話にするつもりはなかったが、壇が来栖の言葉に答えた。

「冬が来ると、もう一年も終わりかって思いますよね」

「そうだな、今年はいろんな任務をこなしたな」と、来栖。エージェントとして、一回りも二回りも成長した年だった。

「でも大変だったからな…」そろそろ休みがほしいところだ。そう言いかけた彼は、仕事用スマホに着信が来ていることに気づいた。

「上官からですね、また任務かあ」壇も気だるげにこぼしている。来栖は感情を抑えて電話に出た。

 冷たい空気を震わせて、厳しい上官である藤堂の声が聞こえる。

「MGIエージェントの諸君、今すぐ諜報委員会室に集合してくれたまえ。緊急の事案がある。このメッセージは五秒後に消去される」

 短い伝達が終わると同時に、来栖は歩き出した。壇も小走りでついてくる。彼らの表情は、つい先ほどまで愚痴りあっていたときとは全く違う、プロの仕事人のそれであった。

「では会議を始める。北条、まずは近ごろの情勢について説明を頼む」来栖らが入ってくると、漆黒のスーツに身を包んでモニターの横に立っている藤堂が切り出した。

「はい、本校の百葉箱で計測した最近一週間の最高気温のグラフがこちらです」高校一年生の情報担当・北条が言うと、大きい画面に右肩下がりのグラフが表示された。

「一週間の平均はおよそ十七度。平年のこの時期は二十度程度ですから、今年は特に寒いと言えます」北条が冷静に報告すると、

「このボロ学校のことだから、気温計が壊れてるだけじゃないのか?」と、こちらは洒落臭い言い方で飯沢が口にした。彼は中学二年生だが、先輩にもタメ口で話す気障なやつだ。少なくとも来栖はそう思っている。

 来栖が飯沢を苦々しく見ていると、反論の声がした。

「それはないよ。あの百葉箱には僕が開発した最新の計器が搭載されてる」そう言った彼の名は園崎。ハイテク道具の開発をしている。

「ならいいけどよ」渋々引き下がる飯沢を一瞥し、藤堂が話を進めた。

「さて、MGIではこの寒さに打ち克つため、鍋パーティーを企画している」来栖は一瞬、あっけにとられた。鍋パーティー? 生真面目な上官も時には楽しいことを考えるものだな、と思うとなんだか親近感が湧く。

「というと、これは任務ではないと?」壇が訊く。藤堂は表情を引き締めて部下たちを見渡した。

「いや、厳然たる任務だ。みんなで鍋を作るのだから、諸君にはその準備をしてもらいたい。本日十八時にここに集合だ」

「なるほど」来栖は意気込んで言った。実は高校委員の三人とは、ミッション外で関わったことがほぼない。あくまで任務とはいえ、彼らと仲を深める機会があるのはうれしかった。

「俺が美味い鍋を振る舞ってやるぜ」飯沢も同じ気持ちなのか、言いざまに部屋を飛び出していった。

 来栖は壇に、

「よし、俺らも任務に移るぞ」と言うと、壇を連れて歩き出し、すぐに見えなくなった。

 十八時。秋の夜長に、部活終わりの一般生徒たちもそそくさと下校する中、MGIのエージェントたちは委員会室に集合していた。藤堂が机に手をつき、いつもの調子で話し出す。

「さて、鍋の材料は揃ったかな? 来栖と壇の姿がないが…まあいい、一人ずつ成果を確認していこう。まず北条」

「はい」滑らかに立ち上がった北条は、エコバッグから様々な野菜を取り出した。ネギにニンジン、レンコンなどなど。

「手持ちのデータベースを活用し、半径十キロ以内でもっとも安い店舗にて購入しました。アウトレットのものが大半です」IT技術と家庭的なアンテナを組み合わせ、彼は見事に任務をこなしたようだ。藤堂も満足げにうなずいている。「次は園崎だ。例のものを見せてやれ」

「はーい、今日大急ぎで完成させた最新の全自動調理マシンだよ!材料とレシピを入力すれば、AIが認識してカットから何まですべてやってくれる!」園崎がさもうれしそうに指差した先には、メカメカしい風貌の大掛かりな装置があった。園崎の創意工夫と技術力には驚くべきものがある。飯沢なども大興奮の様子だ。「おおー、すげえ!」

 みんなのほとぼりが冷めるのを待ってから、今度は藤堂が冷蔵庫から何かを取り出した。

「私は本校の田んぼで収穫したもち米を使ってきりたんぽを作ってきた。普段あまり料理をしないから、美味しいかどうか…」顔をほんの少しあからめる藤堂のセリフには、どこか普段には見せない可愛げがある。北条は少しおかしみを覚え、

「上官が企画した鍋パですから、美味しいに決まっていますよ」とフォローを入れた。

 北条の声が殺風景な部屋に反響する。少しの静寂が降りたあと、飯沢が言った。「俺は鍋の最高のおともを持ってきたぜ」彼が自信満々に机の上にがたん、と置いたのは大きめのポット。「自家製ジンジャーエールだ!」

「あったまるし美味しいし、これはこの季節にぴったりだろう」

「おお、いいですね飯沢くん!」と、北条。園崎も目を輝かせて、「僕ジンジャーエール好きなんだよねえー。早く飲みたい!」と、今にもほっぺたが落ちそうな勢いだ。みんなが色めき立つ中、藤堂は耳ざとく扉をノックする音を聞いた。彼は扉に目を向け、芯のある声で訊く。

「さて、遅刻者の登場だ。来栖と壇は何を持ってきたのかな?」

 任務の通達から三十分後。二人は、山手線は東月暮里にある陶芸教室「かるろす」にいた。

「壇、本当にここが『日本一教え方がうまい陶芸教室』なんだな?」

「ええ、不器用な先輩でも綺麗な『お鍋が作れ』ますよ」

 さらっとディスられてへこむ来栖だったが、彼は壇イチオシの「かるろす」で鍋を作れば上官も満足してくれるだろう、という希望も胸に抱いていた。

 さっそく和モダンな教室の門をくぐると、講師と思われる若い男性が出迎えてくれた。

「体験でご予約いただいた来栖さんと壇さんですね?」

「は、はい、初心者ですがよろしくお願いします」と、壇。「お鍋を作りたくて」

「きっといい作品が作れますよ」講師の励ましを聞き、さらに期待を深めた二人は。こうして陶芸教室へと消えていった。

「それで…鍋づくりに夢中になって遅刻したと」北条が呆れた様子で尋ねる。来栖と壇はばつが悪そうに首肯した。

「今回は重大な任務ではないから、遅刻についての処分はなし。しかし、なんなんだこの鍋は。私は鍋を作ろうとは言ったが、鍋の器自体を作れとは言ってないぞ」二人のありえない勘違いに、藤堂の口から深いため息が出てゆく。

「それにこの…なんとも名状しがたいような…ぐねぐねでぼろぼろの形は明らかに失敗作だよね」苦笑しながら園崎がぽつり。壇いわく、これは「わびさびの精神を表し」たものらしいが、嘘か真か。

 来栖と壇の失敗のせいで、部屋がなんとも言えない雰囲気になったところで、その空気を断ち切るように藤堂が言った。

「まあ、せっかく作ってくれたんだ。この鍋で楽しもうじゃないか。来栖と壇は園崎を手伝って、自動調理マシンの起動を頼んだ。飯沢はジンジャーエールをグラスに入れてくれ」思いがけない優しい口調に、たじろぎながらも笑顔をみせる来栖。「あ、はい、上官!」

 十五分後には、鍋を囲んで雑談に興じる六人の声が、諜報委員会室の中に響き渡っていた。

(藤堂晴彦役・Sasakima)

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