青春を爆発させよ

藤原くう

第1話

 青春はラズベリーの香りがする。


 友達と行った花火大会だったり、学校に忍び込んで七不思議の真相に迫ったり、あるいは初恋の思い出だったり……。輝かしい思い出には必ずといっていいほど、ラズベリーの華やかな香りがあった。


 この世界は繰り返されている。そのことに気づいているのはわたしだけ。


 ウロボロスの円環のような時の流れの中で、青春が幾たびも生まれ、エネルギーとなって消費されていく。


 青春エネルギーを生み出すために、この世界(プログラム)をループさせているのはわたし。


 でも、あの日。ループに異常が生じた。


 来るはずのない転校生は「あたしの名前は須海朱理」と名乗って、こう吐き捨てた。


「あたしがこの世界を破壊してやる」


 その瞳は、わたしを睨みつけていた。




 青春エネルギーとは、思春期の男女が互いに友情を深めたり恋をしたりあるいは喧嘩したりした場合に生み出される超高次エネルギーを指す。


 既存の事例に当てはめるならば静電気に近い。青春エネルギーは人がぶつかり合うことによって生み出される。もちろん比喩的な意味で。


 生成された場合のエネルギー量は核融合の何十倍といわれており、天地開闢の源となったとか時空さえも制御できるほどの力があると考えられている。


 宇宙がラズベリーの香りがしているのはアダムとイブが恋をしたからだ、という説さえあったけれど、真偽のところは定かではない。




 屋上にいたわたしはスコールを飲みながら、部活動の終わりを告げるチャイムを聞いていた。


 カオスを九割ほど再現したプログラムによって、空は自然のものとほとんど変わらない。刻一刻と変化する夕焼けの向こうでは、星々が目を覚ましそうとしている。


 空になってしまったパックを振っていたら、背後から足音が近づいてくる。


 振り向くと同時に、わたしの腹部に焼けるような熱が生じた。


 見れば、カーディガンと冬服を貫いてナイフが突き刺さっていた。ドクンドクン。心臓が鼓動するたび、赤い液体が傷口から溢れだし、制服を汚していく。


 視界がチカチカ明滅する。ふらつきそうになるところを何とかこらえて、凶刃を振るってきた人間を見た。


 ごっついナイフを握り締めたその人は、今朝転校してきたばっかりの朱理ちゃんだった


「朱理ちゃん――」


「ちゃん付けするな」


 燃える瞳が、わたしのことを刺し貫く。憎悪にも似た感情が、腹部のナイフと同じようにわたしをグリグリとえぐる。


「どうしてこんなことをするの?」


「どうして?」朱理がますます目を吊り上げた。「この世界をぶっ壊すためだ」


「そんなことして何になるっていうの? みんな幸せそうなのに」


 この空間――量子サーバーに再現された仮想空間には、わたしを含めて30人ほどの子どもが生活している。彼らはみな、身寄りのない子どもや虐待を受けてきた子どもたちだと、研究者からは聞かされていた。


 繰り返される世界で行われているのは青春エネルギーを効率的に生み出すための研究。


 わたしの役割といえば、研究に適した状況を生み出すこと。例えば、わたしが誰それの彼女となる。あるいはクラスの委員長を買って出て男女逆転カフェを企画するとか、あるいは合唱コンクールの指揮者を務めたり。


 逆に、負の感情を引き出すこともある。誰かの彼氏を寝取ったりあるいは寝取られるように仕組んだり。


 とにかく、この中にいる三十人がアオハルってもらうように研究者はしてほしい。そのためにわたしは色々なことをやっているというわけだ。


 わたしはこの世界を自慢するように両手を広げる。そうしたら、朱理ちゃんはため息をついた。


「子どもたちを閉じ込めてモルモットみたいに扱ってるくせに、何言ってんだ」


「見る人によってはそう感じるかもね」


「サーバーごと擦り切れたデータを投棄してるの、知ってんだからな」


 このサーバーがあるのは、水の中。青春エネルギーによって発熱したサーバーは、冷却水を熱する。熱された水は沸騰し水蒸気を生み出し、その水蒸気がタービンを回すことで電気が生まれる。一連の流れは、原子力発電のそれに似ている。


 そのため、サーバーは極度の熱にさらされることになる。太陽が生み出す熱をはるかに上回る熱はサーバーを熱暴走させる。実験に使用をきたす個体は宇宙の彼方へ投棄されるのだ。


 サーバーの中で同じ時を繰り返し続ける人々は、何も知らないまま宇宙を彷徨う。


「あなたの言うとおり」


「言うとおりだあ? 反省の一つ、謝罪の一つもねえのかよ」


「ない。それに、わたしは実験を行ってはいるけども、代行してるだけ。文句は指示を出してる科学者たちに言ってほしいな」


 わたしは朱理ちゃんへ笑いかける。痛みのせいかどうにもぎこちなかったのかもしれない。朱理ちゃんは顔を引きつらせていた。


「……あんた、痛みを感じないのか」


「感じる。しょーじき、めちゃくちゃ痛い」


 痛いようには見えないんだが、と朱理ちゃんは言ったけれども、痛いものは痛かった。

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