EP05-漆:白銀の正義


 ――〈X4イクス・フォー〉。


 かつて私が設計した惑星開発用強化外骨格わくせいかいはつようきょうかがいこっかく。簡単に言えば宇宙で動くためのパワードスーツだ。


 だが完成した設計図は、この街を牛耳ぎゅうじる〈スポンサー〉に売り払ってしまった。満たされない承認欲求を刺激され、その先はどうなるかを考えることもなく。若さゆえのあやまちと切り捨てきれない私の罪。


「嘘だろ……」


 闇にほうむられたとばかり思っていたそれが今、モニターの向こうで金属質な輝きを放っている。


 甲虫こうちゅうして考案したせいか、それとも忠実に再現された装甲のせいか、とかくゴツゴツのシルエット。どこか刺々とげとげしくもまばゆく白いその屈強なよろいが造り出すのは、現代の騎士そのものか。


 古い木々に囲まれながら、壊れた遊具が転がる公園に立つその姿は、何とも場違いに見えた。


『いくぞ……!』


 相手がその右脚の装甲に付随ふずいしたホルスターから引き抜いたのは、銃。


 小振りに見えるそれだが、トリガーを引くだけで弾丸を連射してくるということは、安全装置なんて付いていないのか。


WASPワスプ


 避ける余裕さえなく、展開した右手の槍で防御。


 瞬間。


『……ッ⁉』


 槍が、はじけた。


 それが銃撃を切り捨てようとした結果、逆にその威力に耐え切れずに細い針が砕けたのだと認識した時には、既に遅くて。


 モニター越しの視界が暗転する。


 それは連射された弾丸の一部が、こちらの強固なナノマシン装甲を貫通して吹き飛ばしたのだという事実の証明にほかならない。


「何だ、この威力⁉」


 警察官に使用が許される通常の装備。そんなものでは、複雑な配列でアーマーを形成する極小サイズの強化金属を欠損させることなど不可能に近いはずで。


 それが、できてしまっている。それどころか、体内にもナノマシンを通しているはずの少年の身体を貫通し、仰向あおむけに倒してしまっているとは。


 もうこの時点で何かもがおかしいというのに。


『おりゃぁぁぁ‼』


 わざわざ握った拳を振り下ろしに駆けてくる姿が見える。


 打ち出されたナックルの速度も、人間としては規格外のもので。


『く……っ‼』


 間一髪、地面を転がってかわすのがわかった。その勢いを利用して、何とか立ち上がる彼のしたたかさに拍手を送りたくなる。


 が、そんな喜びもつか。視界に入ってきた情景にまたも息を呑む。


「なんだよ、あのパンチ……⁉」


 地割れでも起きたように、土の下に隠れていたコンクリートが隆起りゅうきする。その中心、あふれ出す熱ゆえに湯気を立てる機甲の腕があやしく光って。


 装甲をまとう怪物。


 そんな言葉しか浮かんでこないほどの脅威が、そこにはあった。


『逃げんじゃねぇよ、薄汚い悪魔野郎‼』


 悲痛な音をはらみながら、しかしあおるような叫び。これだけの戦力を誇示する声か、それとも殺戮者への怒りの声か。


 いや、どっちだって構うことはない。力の詳細がわからない以上は同じことだろう。


「聞こえるね、少年? 戦う必要はない。君は〈実験体〉の〈コア〉破壊を優先……」


『どうした、戦わないのか? だよなぁ……、お前は臆病者だもんなぁ!』


 こちらの通信など聞こえてはいないだろうが、絶妙にこちらの指示をさえぎってくるあの刑事に腹が立つ。


 掘り出した自分の腕でまたも自動小銃を掴み取り、それを発砲する速度なんてどんなカラクリを隠しているのか想像もできない。


 血赤のマフラーが揺れるのが見える。今度ばかりはかわすことに専念するつもりか。だが先の戦いで受けたダメージは少なくないらしく、明らかに動きが鈍い。


 高威力タックルに雷撃のむち、空中旋回からの落下だの危険な超音波だの、おまけに爆炎の拳だの……。どう考えても武装を使わずに耐えられる限界値を超えている。


 それでもあの〈実験体〉の攻撃を受け切ったのは、君なりの贖罪しょくざいだったのか。


 復讐ふくしゅうのために挑んできたあの男、獅子内ししうちひらく


 その気持ちを利用されているとも知らずに向かってきた哀れな心を、少しでも満たすための戦い方が「受け止める」こと。大切な相手を奪われた者に対して、その怒りからは逃げないというアンサーだったのだろう。


 バカだ。そんなものでは何の救いにもなりはしないと、わかっていたはずなのに。


『ちょこまか逃げんな……!』


STAG BEETLEスタッグビートル


 敵が左腰のボタンを押し込んで出現させたのは、強化装甲。左手の前腕部をおおい隠すほどのそれは、確かにその名の通り〈クワガタ〉を模したもので。金色に輝く二振りの角が開閉する様は確かに私の設計したものだった。


 いやちょっと待て。ということは、あの装備は。


「避けろ、少年!」


『おらぁっ!』


 私の言葉に重なった刑事の叫び。同時に射出されたアームから、一瞬にして捕まえた改造人間の胴体をきしませる音がする。


 その捕縛装置へと伸びる左腕のワイヤーから、青白い光を放つのは高圧電流。


『ぁ……ぐ……⁉』


 少年を空中に投げ出すのは、その身動きまで制限するほどの強固な二対の拘束と強力無比の雷撃。想定以上の痛みが彼の脳内を占領しているのは理解できる話で。


『うぉらぁあ‼』


 地に落ちた死神を引きずり込む拘束具。とんでもない怪力でもなければ、こんな速度は出るまい。


 待ち構える武装刑事は右の拳を引き絞っていて。


「ダメだ、少年! 〈カマキリ〉で……」


『食らいやがれ‼』


 必死の指示などあまりにむなしく、多くの攻撃にさらされ続けた脚は微塵みじんも動かなくて。


『おりゃぁぁぁ‼』


『ご……ぁ……⁉』


 重々しい武装に守られた鉄拳が突き刺さる。


 鳩尾みぞおちを打った一撃は、死神の身体をくの字に曲げたまま、再び宙へと送り出す。


 地面を転がった身体がようやく止まったのは、木の根元にぶつかった時で。胸の防護を貫通されたのか、はだけた肌があまりの熱に炎症を起こしているのが視認できて。モニター上でも変わらず危険信号が鳴り響く。


『これが俺に与えられた力。お前に苦しめられた人々へ向ける希望の光。そうさ、これが本当の正義だ!』


 その仮面の下で、どんな笑みを浮かべているのかと問いただしたくなる。


 悪に蹂躙じゅうりんされている街を守っているのは君ら警察なんかじゃない。血赤のマフラーとそのたましいを受け継がされた彼だ。


 それをねじ伏せることが正義だと笑うなんて。操られているのだとしても、〈実験体〉にされてしまったのだとしても、許せない。


 しかし、私はここで拳を握るしかできなくて。自分だけ安全なこの地下研究室で戦いを見守るだけ。こんな自分の在り方が、ひどく情けなくなる。


「少年……」


『正義……だと……』


『てめぇ、まだ……⁉』


 立ち上がるのは、幾重いくえもの攻撃を受け止め続けた戦士。


 この街に残された、最後の英雄。


SPIDERスパイダー……Exterminationエクスターミネイション


 放たれるのは、一筋の閃光。


 反射的に銃撃へ切り替えた鎧刑事の目と鼻の先で、展開した〈クモの巣〉が雷鳴を響かせる。


 これが目をくらませるための一手だと認識するより先に、次の一手の音がする。


HOPPERホッパー……Exterminationエクスターミネイション


MANTISマンティス……Exterminationエクスターミネイション


 聞こえてきたのは、同時に二つの武装の威力を極限まで解放するガイダンスボイス。


 視えたのは空中での錐揉きりもみ回転。狂暴な風を渦巻かせる両足は、あたかもドリルのような高速回転で。


STAG BEETLEスタッグビートル……EXECUTIONエクスキューション


 即座に極限解放へ移行する敵の姿も視認できる。


 黄金の雷をまとう左腕の装甲。ワイヤー接合部である根元から回転が磁場を生み、轟轟ごうごううなりをあげたままに拳と共にぶつかってくる。


『今こそ、姫澄きすみの無念を晴らす……‼』


 激突する二つの力は、まるで風神と雷神。


 吹き荒れる嵐と、怒り狂う稲妻。


『負けるかぁぁっ‼』


『それでも……!』


 ゆずれない想いが生み出す拮抗きっこう


 それが今、強大なエネルギー同士の爆発に呑まれて崩される。


『うわぁぁぁぁあ⁉』


『ぐぅ……⁉』


 はじき合った両者が地面を転がって。


 仰向あおむけに倒れる機構兵士の〈クワガタ〉装備が半壊しているのが見えて、ほっと安堵あんどしたのも束の間。


「少年……⁉」


 モニターの向こうにいる死神は、ぴくりとも動かない。


 連戦で負ったダメージのせいか、それとも予想以上に強い乱入者のせいか。いや、当然の稼働限界だ。これ以上、戦いを継続することは彼の〈獣化〉を誘発しかねない。


 それなのに回復に投入すべきナノマシンを武装の復元に使おうとしている。まだ戦おうとする彼の意志か。


『赤マフラー、まだ終わってねぇぞ‼』


 誰か、冗談だって言ってくれよ。


 二重の極限解放を受けて、それでも立ち上がってきただと。鎧のおかげなのか、それとも使い手のタフさなのか。どちらにしろ、こちらが不利なことに変わりはない。


 今の英雄は動かない。いいや、動けない。


「クソッタレ!」


 正義を振りかざす者が、本当に救いを求める者をないがしろにする。


 こんな世界に吐き気を覚えた。


 そんな中でさえ、望まぬ暴力に苦しむ者の為に戦うヒーローがいるというのに。残酷な運命に立ち向かう少年に、何一つもしてやれない自分自身さえも憎い。


(おいおいオーナー様、そんなもんかい?)


 耳の奥で、声が聞こえた。なつかしくて、温かい声が。


 あの優しすぎる少年に戦いの意味を教え、そのエゴを引き継がせて死んでいったバカ野郎の声。


「わかってるよ、私が折れたらダメだってことくらい……」


 独りつぶやきながらも、キーボードを叩く。


 各種武装の復旧を中断、彼の内部装置を復元するようにナノマシンへ働きかける。同時に、まだ動く武装『S』に指示を出す。


「時間を稼げ! 一秒でも長く‼」


SPIDERスパイダー……Releaseリリース


 左腕から解き放たれた〈クモ〉が、その名の通りの姿を顕現けんげんする。鈍くも銀色に輝く八本の脚で、動かない主人へと向かってくる鎧武者へ飛び掛かって。


 死なせるものか。


 バイクにも指令を発する。急いで戻ってこい。少年を連れて撤退するんだ。


『くそ、この……邪魔だ‼』


 本来は調査や索敵さくてきなどの補助を行う役割でありながら、糸を吐き出し、電流で攪乱かくらん。うちの〈クモ〉はよくやってくれている。しかし、そう長くは保てないのは明白だ。


 早く来てくれ。彼の愛機だろ。彼を救えるのはもうお前しかいないんだ。


『おらぁあ‼』


 しまった。流石さすがの〈クモ〉も、あんなに堅牢な装甲での裏拳うらけんを叩き込まれてはひとたまりもない。実体を保つためのナノマシンすら失って霧散むさんしていく。


 そこに、ようやくヘッドライトの光が差し込むのが見えて。


「少年、バイクに乗って撤収しろ! これ以上はもう……、はっ⁉」


 息を呑む。自動運転で駆けつけるマシンが、唐突の突風に車体を大きく傾けたから。


『な、何だってんだ……⁉』


 刑事が驚いているということは、〈X4イクス・フォー〉のデタラメな力技ではないらしい。むしろ同じように風にあおられた鎧が、発生源に向き直ってさえいる。


 わずかながらも機能を残した〈クモ〉からの視覚情報が、私の目にも飛び込んだ。


 焦点を合わせた相手は、もう動くはずのなかったぎの両翼で。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ⁉』


 咆哮ほうこう


 鳴き声なのか、泣き声なのか。


 起き上がる姿は、まさしく空想上の合成獣キメラと呼ぶのが相応ふさわしいほどの混沌こんとんで。


LIONライオン』『BISONバイソン』『FALCONファルコン』『CHAMELEONカメレオン』『DOLPHINドルフィン


 連続して聞こえてきたシステム起動音に呼応する形で、発露した怪物としての部位がふくれ上がり、本体ごと呑み込んでいく。


 残されるのは、より一層の巨体になった〈獣〉だけ。


『赤マフラー……てめぇ、また何かしたんだな⁉』


 言いがかりも大概たいがいにしろ。そう叫びたくもなる。


 こいつさえ割り込んでこなければ、こんな姿になる前に終わらせてやれたのに。


『う゛か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ‼』


『くっそ……!』


 鋼鉄の騎士に襲い掛かる巨獣。全長五メートル近くまで膨れ上がった巨体だ。生み出す威力は容易に周囲の木々すらえぐり貫く。


 かわした武装刑事も体勢を立て直し、銃撃を試みる。


 それでも止まらない。もう〈獣化〉し、人間としての全てをててしまったのか。


『仕方ねぇ……まずはこっちをぶっ潰す‼』


 白銀の騎士は、拳を握り直す。


 混沌とした獣は、なおも叫び続ける。


 まるで痛いと叫ぶ幼子のように。


 倒れた死神は、まだ動けないというのに。


「なぁ、おい……こんなことってあるか……クソッタレ!」


 救いの道は、どこにある。

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