第6話 アルデンヌへ
トラベル小説
入国6日目 6月22日。今日はドライヴだ。ベルギーの東部ドイツ国境近くのアルデンヌ地方の城めぐりをする。高速道路でリェージュまで行き、そこからバストゥーニュをめざす。国境近くのラインハルトシュタイン城に向かう。ここまで2時間かかった。駐車場から城までは歩いて10分ほどかかると説明板に書いてある。前を歩いているハイカーについていったら、脇道に入った。近道かと思ってついていったら、とんでもない山道だった。お城が見えてきたので、どこかに道はないかとさがしたが、なかった。しかたなく、木々をかきわけて坂をくだった。
10分ほどでつく予定が20分かかってしまった。これもトラベルである。
ラインハルトシュタイン城は、ベルギーで最も高所にある城である。と言っても標高500m。ベルギーに山らしい山はない。ドイツ語圏にある珍しい城である。14世紀に建てられたが、19世紀に廃城になった。20世紀になり、一般人が買い取り、改修されたという。週に2回ほど公開されていると説明板に書かれている。外観だけを見るだけに終わったが、南ドイツのノイシュヴァンシュタイン城に似てなくもない。ミニ版というところだ。色はレンガ色なのでけばけばしさはないが、3つの尖塔は威厳を保っている。公開していたら入城してみたいと思ったが、住民がいるのでは城として保存はなされていないのかもしれない。と思いながら帰路についた。自動車も通れる道を通って帰ったら10分で帰れた。
ここからブリュッセルに戻りながら、途中の城を見ていこうと思ってクルマを走らせたら、カーブを曲がったとたんに戦車に遭遇した。運転していた木村くんはワォっと驚きの声を上げた。
「なんでこんなところに戦車があるんですか?」
「世界大戦の激戦地だったからね。その当時のことを忘れないために保存しているんだと思うよ」
「ここが戦場だったんですか?」
「そうだよ。有名なバルジ大作戦の舞台がここだよ。ドイツ軍が最後の攻勢をかけようとして戦車部隊を送り込んだ。アメリカ軍の部隊が孤立して街に閉じ込められ、それを救うという映画を見たことない?」
「見たような見てないような・・・それで結末はどうなったんですか?」
「ドイツ軍は燃料不足で撤退。それからドイツは降伏にむかっていった。近くに戦争博物館があるけど寄ってみる?」
と言うと、木村くんはナビに目的地を登録して、クルマをすすめた。
バストゥーニュの戦争博物館につくと、アメリカの墓地を思い起こさせる施設が見えた。アメリカのシャーマン戦車やドイツのタイガー戦車が展示されている。近くには軍人墓地があり、緑の芝生に白い墓標が整然と並んでいる。ここで7万人以上の兵士がなくなったと書いてある。説明板は全て英語・独語・仏語で書かれている。根本的には世界大戦を二度と起こさないための展示ということだが、日本人には理解しがたい展示内容だった。銃の体験コーナーもあるし、売店ではピストルも売っていた。もちろんパスポートでは買えないが、IDカードがあれば買えるとのこと。ベルギーも銃規制はゆるいのだ。
そこから走っていると、お城のマークが出てきたので、その案内に従って行ってみると、道沿いに貴族の館らしき建物が見えてきた。尖塔とかはなく、4階建ての館である。駐車場にクルマを置いて、城内に入る。だれもいない。英語で書かれている説明板を読むと、18世紀に建てられた建物でアルツェ城ということだ。興味をそそったのは、バルジ大作戦の時に連合軍の司令部がおかれたという箇所だった。ここが前線司令部だったと思うと、近代歴史の舞台というのをひしひしと感じた。今はレストランになっているということだったが、今日は営業している雰囲気はなかった。
次に向かったのはモダーヴ城である。メインストリートからお城の駐車場までの道が1車線の舗装路で1kmほどつづく。ところどころ道路が膨らんでいるので、ここで対向車とすれ違うのだろう。駐車場は広く100台ぐらいが停められる。城壁沿いを5分ほど歩いていくと城門に着いた。目の前に大きな噴水があって、2階建ての館が見えた。2つの丸い尖塔があるが、戦闘用ではなく居住用の城という雰囲気だ。調べてみると、年間20件ほどの結婚式が行われるとのこと。日本人もできると書いてある。華美な室内が想像できたので、外観だけを見て終わりにした。木村くんも私も昔の城を見たいのである。
昼食時刻になったが、入りたいレストランは見つからず、がまんした。
次に向かったのがスポンタン城である。ここは中世の雰囲気そのものを残していた。川沿いに建てられており、水堀で囲まれた城といえる。円形の塔と円錐の尖塔が四方にあり、これぞ城だと思ったが、城門にきてがっくり。「CLOSE」の表示。二人でがっくりした。
ジュエイ城に向かった。ここも尖塔が見事だというクチコミがあったので、向かうことにしたのだ。行くと、確かに見事な尖塔がある城だったが、改修中だった。結局、今日1日入城することは一度もなかった。
「なんか拍子抜けの1日でしたね。お腹もすきましたから、今日も日本料理を食べに行きませんか?」
「いいね。あのうどんは続けてもいいね」
「ぼくはうどんだけじゃたりませんよ。ごはんものが食べたいですね」
「それもいいね」
と言いながら、ブリュッセルまでクルマをとばした。
夜9時にグランプラスに着いた。日本料理店Mはまだ開いていた。入ると、おかみさんが片づけを始めているところだった。
「もう終わりですか?」
「のれんをかたづけるところでしたが、あなた方なら仕方ないですね。どうぞカウンターへお座りください。でも、終わっちゃったものもありますよ」
「うどんは?」
「あー終わってしまいました」
主人がしかめっ面をしながら答えた。
「昼抜きだったんです。あったかくて、お腹にたまるものありませんか?」
木村くんが、悲痛な声で頼んだ。
「じゃあ、メニューにはないけれど、生姜焼きを作ろうか?」
と主人が言うので、二つ返事で注文した。待っている間、おかみさんの片づけの手伝いをした。2階からの食器を運ぶだけでも、結構な量があった。そして、テーブルをふいて、簡単な掃除をする。そうしているうちに、いい匂いがしてきた。おかみさんが、
「用意ができましたよ。どうぞ召し上がってください」
というので、カウンターに座り、食事をとった。
「閉店間際にすみません」
「一見さんじゃないですからね。常連さんは大事にしなきゃね」
と主人が笑いながら言った。二日続けてくる客はなかなかいないということだった。
生姜焼きは日本の味だった。付け合わせの野菜も悪くない。ごはんもオーストラリア米でもおいしい。
「オーストラリア米はたきたては日本米とそん色ない味がします。でも、冷えるとだめですね。おにぎりにはむかない米です」
さすが日本米と思わされた。
食事が終わり、
「とてもおいしかったです。おいくらですか?」
と聞くと、
「1万ユーロ」
と真顔で答えてきた。こっちがポカーンとしていると、
「冗談ですよ。まかない食ですから、ただでいいですよ。片づけをしたじゃないですか」
「それは悪いです。いくらか払わせてくだい」
「それより、SNSでうちの店を紹介してください。最近、日本人の観光客が少なくて、売り上げが落ちているもんですから」
「日本は不景気ですからね。SNSだけでなく、A航空のCAさんに知り合いがいますから宣伝しておきますよ」
「CAさんが来てくれるなら大歓迎です。サービスしますよ。ところでお名前を聞いていませんでしたね」
「二人とも木村といいます」
「親子ですか? 親戚ですか? 顔は似ていませんが・・・」
「全くの他人です。ドイツを旅していた時に知り合ったんです」
「そうでしたか? じゃ、木村さんの紹介ならば一品サービスということにします」
「CAさんは長谷川といいます。よろしくお願いします」
という会話で店をあとにした。
またもやホテルにもどったのは夜の12時だった。明日は長谷川さんと合流し、ナミュールに向かう。どんな日になるか楽しみだ。
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