第2話 ゲント・ブルージュへ

トラベル小説


 入国2日目、6月18日。朝食をとってからシャトルバスで空港にもどり、レンタカーのA社に行った。今回もナビ付きのクルマを頼んでいたら、ベンツのBクラスになった。サイズ的にはちょうどいいが、ひとつ問題があった。トランクにスーツケースが2つ入らないのである。後席を倒せば置くことはできるが、これに長谷川さんの荷物が入れば座るのは至難の業となる。まあ、その時は木村くんが後席だ。

 まずはゲントへ向かう。リングといわれるブリュッセルの街の周りを走る環状線は渋滞中だ。ふつうならば1時間弱で行ける距離なのだが、1時間半かかってゲントに着いた。中世の街並みが残っている。駐車場がなかなかなくて、結局街中央部にある大きな広場の地下駐車場にクルマを入れた。100台以上停められる巨大駐車場だ。入り口でチケットをとって、出る前に精算機で支払うというのは日本と同じだ。

 駐車場から目的の「フランドル伯爵の城」までは歩いて20分ほどかかった。私は、近くの教会まで来たことはあるが、城に行くのは初めてである。30数年前に城めぐりをする趣味はなかった。

 城は池の上に浮かんでいた。というように見えるほど水堀に囲まれている。城に入るためには、大手門からおろされる桟橋を渡らなければならない。敵が来たら桟橋を引き揚げる仕組みだ。

 入城料を払い、中に入る。1180年に造られた城なので古めかしくて暗い。日本でいうと平安時代末期、あの源義経が活躍していた時代だ。まさに防備の城といえる。小窓からは外の様子がうかがえる。石落としのしかけもある。

「なんか出そうな雰囲気の城ですね」

「だね。でも中世の城はこんなもんだと思うよ」

「そんなもんですか?」

木村くんは少し気味悪がっている。でも、興味深々の顔をしている。


 城を出て、

「私が見た名画の中でもっとも印象的なのが近くにある。見ていかないか」

「目の保養になりますか?」

「女性の絵ではないよ。あっ、そういえば裸のアダムとイヴも描かれていたな」

「キリスト教の画ですね。木村さんのおすすめならば見ない手はないですね」

ということで、近くの聖バーフ教会に行った。

中に入ると荘厳な雰囲気で、木村くんは圧倒されている。

「ヨーロッパの教会ってすごいですね」

「これぐらいの教会はたくさんあるよ。バチカンのサン・ピエトロ寺院はこの5倍ぐらいあるし、ドイツのケルン大聖堂の高さはここの2倍はあるよ」

「今までお城しか見てこなかったので、今度からは教会も見てみるようにします」

「私は、ヨーロッパの大きな教会より長崎の離島の小さい教会の方が好きだけどね。もっともクリスチャンじゃないから外観だけしか見ないけど・・それより中の祭壇画を見てよ」

と、拝観料を払い暗い奥の部屋に入った。そこに15世紀にヴァン・アイクによって描かれた「神秘の子羊」が展示されている。1枚の絵ではなく、おりたたみのできる画で両端にはアダムとイヴの裸像が描かれている。他にもキリスト教がらみの画が描かれている。中央の画にきらびやかな子羊が描かれ、人々がその羊に頭を下げている。スクッと立った子羊から血が流れている画である。

「旧約聖書の中に、信者が神様から息子をいけにえとして差し出せと言われて、信者が山に登って息子を殺そうとした時に、天使が現れて信心深いのがわかった。と言われ、代わりに子羊をいけにえとして差し出した。という話を元に描かれたということだ」

「創作ですよね」

「信者は信じていると思うよ。前に南フランスのルルドに行った時も、マリアの復活を信じている人たちがいたじゃないか」

「信じる者は救われるですね。それにしてもすごい絵ですね」

「もう1枚見せたい画があるんだけど、アントワープに行った時ね」

「木村さんはお城以外にも趣味があるんですね」

「その画は日本人なら皆知っていると思うよ。実物を見るのはなかなかないからね」

「へー何だろう?」


 その後、今日のホテルに向かった。ブルージュ郊外にあるHインである。ここに2泊する。夕食は、ムール貝を食することにした。

 ブルージュの公園の地下駐車場にクルマを入れ、ムール貝の店に入った。ブリュッセルにもある有名な店である。木村くんは「ムール貝の白ワイン蒸し」私は「ムール貝のグラタン」を注文した。そしてオリジナルビールを飲んだ。

「このビール、軽くて飲みやすいですね」

「まるでカクテルみたいなビールだよね」

先にでてきたフライドポテトを食べながらムール貝を待った。

「このフライドポテトはフリッツといって、ベルギー発祥なんだよ」

「えーそうなんですか? フレンチフライというからフランスだと思っていました」

「それはね。アメリカの開拓時代、フランス語を話す人たちがこのフライドポテトを食べていたのでフレンチフライという名前がついたんだって。その人たちはベルギー人だったんだけどね」

とか言っているうちに、ムール貝がでてきた。白ワイン蒸しは小さなバケツに入ってきた。

「エッ! こんなに出てくるんですか? まるで食べ放題の量ですね。この前ブリュッセルに寄った時は一人だったので、ムール貝を食べそこねたので、初めて見ました」

と驚いていた。ムール貝の食べ方を教えると、木村くんは止まることなく食べ続けている。私は、ムール貝のグラタンを味わって食べた。そして、そのスープにパンをつけて食べると、これがまたおいしい。それを見た木村くんが

「ひとついいですか?」

と言ってきたので、ひとつさしだした。

「うーん、これもいいですね。スープもおいしいですね」

と気に入っていた。

 満足した顔でホテルにもどった。ちなみにビール1杯程度では飲酒運転にはならない。もっとも交通事故を起こせば別だが・・・。



 

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