ベルギー城めぐり

飛鳥 竜二

第1話 ベルギー入国

トラベル小説


 城めぐりをいっしょにした木村くんから

「6月末にベルギーに行きたい」

という要望がでた。30数年前に駐在で住んでいたベルギーをもう一度訪れてみるのも悪くないと思ったので、それを受けた。

 話が出たのが3月だったので、

「どうして6月なの? 4月の方が空いているのに・・・?」

と聞くと

「6月に教員採用試験があるんです。それが6月15日に終わるので、その後に行きたいんです」

「講師の仕事は?」

「4月から7月まで休みです。今年で28才になるので、本気で正規採用をねらっています。それで勉強に集中したいんです」

ということで、6月17日のベルギー行きのチケットをとった。いつもの日系A航空である。帰りは6月24日発。25日成田着である。まる1日飛行機に乗っているような感があるが24日の夜9時に離陸。フライトに12時間かかる。となるとベルギー時刻で朝9時着。サマータイムなので時差は7時間。日本時刻に直すと午後4時である。

 3月末に以前ミュンヘン行きの機内で知り合ったCAの長谷川さんとの100名城めぐりで岐阜の苗木城と岩村城に行く機会があった。すると、ブリュッセル便に乗る機会が多いとのこと。

「私もいっしょしようかな? シャトードゥナミュールに行ってみたいな」

と話があった。その時は、社交辞令と聞いていたが、5月になって

「木村さん、ブリュッセル便に乗ります。6月22日の便で帰りは木村さんたちが乗る24日便です。23日にシャトードゥナミュールに泊まりませんか?」

という誘いがあった。女性からシャトーホテルに泊まりませんか?と言われ、なんか東北縦貫道沿いのモーテルのイメージが一瞬でるが、シャトードゥナミュールは丘の上にある荘厳なホテルである。30数年前にナミュールに行った時に見たことはあるが、そのころは小さな子ども連れの旅だったので、シャトーホテルに泊まるという発想はなかった。早速、予約サイトで探したら、2部屋とれた。木村くんから言われた予算はオーバーするが、女性の頼みとあればいた仕方ない。長谷川さんは喜んでいたが、木村くんは呆れていた。

 ということがあったが、6月16日。前泊の成田空港となりのビジネスホテルで木村くんと会った。ここは1週間クルマを無料で停めることができる。オーバー分もさほどの負担ではない。それになんと言っても空港の夜景が見えるのがいい。

「木村くん、試験はどうだったの?」

「やるだけのことはやりました。あとは神のみぞ知るですよ」

「教員の仕事はブラックって言われるけれど、どうして教員をめざすの?」

「前に商社の仕事をしていたじゃないですか」

「そう言えばドイツで会った時は、商社をやめた後だったね」

「26才の時です。商社で仕事をやっているのに、外国に行くこともしない。ネット上だけで仕事をしていて、仕事をしている実感がなかったんです。でも、教員の仕事は日々違うんです。授業で同じことをしていても、クラスが違えば反応が違います。1年たって、生徒を見て成長を感じると教員やっててよかったなと思えるんです。卒業式の生徒を見るとジーンときますよ。女の子から先生の授業楽しかったです。とか言われたりしてね」

「おいおい、大丈夫か」

「大丈夫です。生徒には手を出しません。僕はどっちかというと落ち着いた女性がいいですね」

「おっ、木村くんの女性の話はめずらしいな。長谷川さんをどう見るか楽しみだな」

「ばりばりのCAさんでしょ。きつい人じゃないんですか」

「そんなことはないと思うよ。まあ、楽しみにしていて」

「ところで、木村さんはベルギーで何をされていたんですか?」

「オレの昔の仕事は自動車部品の製造。キャブレターってわかる?」

「ガソリンをエンジンに供給する部品ですよね。今はインジェクションでしょ」

「若いのによく知っているね。昔はツィンキャブといったらスポーツタイプだったんだよ。それをベルギーで作っていて、H社に供給していたの。オレは現地工場で指導員みたいなことをしていたってわけ」

「それで英語とフランス語を解しているわけですね」

「だいぶ忘れたけどね」


 翌日、ビジネスホテルの代り映えのしない朝食をとって、8時にチェックアウト。シャトルバスにはアジア系の外国人が多い。団体客でないのだけが救いだ。

 9時にカウンターで搭乗受付。スーツケースは事前にセルフドロップインをしている。どんどん自動化されている。カウンターではパスポートを見せるだけで済んだ。シートも事前に最後列をとってある。

 11時。12時間のフライトの開始である。機内食は日系なので安心して食べられる。日本時刻で23時にブリュッセル着。眠気がおそってきているので、空港近くのホテルにチェックインした。ベルギー時刻は16時。まだ夕方のラッシュが始まったばかりだが、街にでる元気はなかった。ホテルはチェーンのモーテルで周りに店らしいものはない。典型的なロードサイドのモーテルという感じだ。モーテルといっても、部屋にクルマを横づけできるホテルということで、いやらしいイメージはない。狭いが、バーみたいな店もある。木村くんは、時間をもて余したらしくバーで一杯飲んでくると言って、出ていった。

「変なやつにからまれるなよ」

と言っておいた。1時間ほどで戻ってきたが、

「ぼくのドイツ語はさっぱり通じませんでした。ベルギーの公用語はドイツ語もあるんですよね」

とぼやきながら帰ってきた。あまりいいお酒ではなかったようだ。

「公用語といってもフランス語・オランダ語・そしてドイツ語だし、ドイツ語が話されているのはドイツ国境よりの一部だけ。それに、ここはヨーロッパの中心、ブリュッセル。英語・スペイン語・ポルトガル語・イタリア語など雑多な言葉がとびかうところだよ。きっと、変な日本人だと思われたんだよ」

「変な日本人ですか? そう言われれば、そんな目をしていました」

と、持ってきた缶ビールを私にさしだした。それを飲んだら、深い眠りの世界に入った。

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