嘘をつく鏡

帆尊歩

第1話 嘘をつく鏡

中学に入るとき、大好きなおばあちゃんが死んだ。

あたしは形見として、大きな手鏡をもらった。

あたしは手鏡に向かって言う。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」すると鏡は答えた。

「全然綺麗じゃないよ。綺麗になりたければ正しい行いをしな。そうすれば少しは綺麗になれるよ」

あたしは、学校でイジメられている子を助けた。

その直後、イジメの標的はあたしになったけれど、あたしは負けなかった。

中学の三年間辛いこともあったけれど、とことんイジメという物を見たら撲滅していった。

だってあたしは、綺麗になりたかったから。

そしてあたしの中学からイジメはなくなった。


高校に入る時、またあたしは鏡に向かって言う。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」すると鏡は答えた。

「まだ、まだ、まだ、だね」


高校のクラスに、障害を持った子がいた。

みんな腫れ物に触れるように距離を置いていた。

どう接して良いか分からなかったからだ。

彼女も自分が溶け込めないと思って、いつも一人だった。

あたしは積極的に話掛け、彼女が特別扱いをして欲しいのではないことを知った。

それから普通に接すると、少しずつ距離を置いていた子達も、その子と普通に接するようになった。

それはクラスから学年、学校全体に広がり、うちの高校から障害への偏見や、同情、特別扱いはなくなった。

みんなあたしのことを褒めたけれど、別にあたしは、綺麗になりたかっただけだった。


大学に入ると、またあたしは鏡に向かって言う。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」すると鏡は答えた。

「まだ、まだ、だね」まだ、が一つ消えた。


あたしは大学に入ると、ボランティアのサークルに入った。

そこであたしは、様々な事情で、助けを必要としている人がなんと多いことかを知った。

あたしは先輩を説き伏せると、様々なボランティアのチームを作った。

あたしを偽善だとか言って、陰口を言う仲間もいたけれど、そんな事は気にならなかった。だってあたしは、綺麗なりたかったただけなんだから。


社会人になると、あたしはまた鏡に向かって言う。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」すると鏡は答えた。

「まだ、だね」まだ、が一つになった。

ボランティア団体は大きくなり、NPO法人へと変わっていた。

資金が枯渇してきたので、あたしは十年務めた会社を辞めて、起業した。

ヘルスと介護系の会社を立ち上げ、会社を大きくしていった。

するとNPO法人の収入も増え、より多くの人を救えるようになった。


あたしはまた鏡に向かって言う。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」すると鏡は答えた。

「もうちょっとだね」もうちょっとなの、とあたしは思った。

会社を大きくする課程で拝金主義だとか、弱者をくいものにしていると言う噂を流されたけれど、あたしは負けなかった。

だってあたしは、綺麗になりたかっただけだから。


会社を大きくしていくと、世界にはもっともっと苦しんでいる人がいることを知った。

あたしは、世界中のNPO法人や、ボランティア団体とコンタクトを取った。

そして活動を整理すると、もっとたくさんの人が救えることが分かった。特に難民や、政変による貧困は、一部の団体では対処できない。

もっと、もっと大きな組織がいる。

あたしは世界中を飛び回り、世界の国や団体を説き伏せた。

でも、それはこれまで以上に大変だった。

それぞれの国の事情と利害が複雑に絡み合い、なかなか上手くいかない。

単なる我が儘なら、いくらでも説得できる。

でも、やむを得ない事情というのも多く存在した。

でもあたしは、一つ一つ大きな組織を説得して回った。

そんな荒唐無稽な事が、実現するわけがないと一笑に賦する指導者や、団体はあまりに多かったが。

でも、あたしはあきらめなかった。

だってあたしは、綺麗になりたかっただけだから。

あたしもいつのまにか、歳を取った。でも歳を取ると、世界の偉い人達も、あたしが来ているという事で、渋々でも会ってくれた。

でもまだまだ道半ばだ。

八十になった歳、あたしはノーベル平和賞をもらった。

でも全然嬉しくなかった。

まだまだ世界の困っている人を救いきれていない。

それにあたしは、綺麗になりたかっただけだから。


あたしは鏡に向かって言った。

「鏡よ鏡、鏡さん。あたしって綺麗?」でも、あたしは鏡の答えは分かっていた。

あたしの命は尽き掛けていたけれど、まだまだ世界から貧困も差別も無くなっていない。

あたしにはまだまだやることがあり、まだ何も達成していない。

すると鏡は答えた。

「あんたはとても綺麗だよ」その言葉を聞いてあたしは思った。

この嘘つき鏡が、まだまだだ。

あたしにはやることが残っている。

まだまだ救わなければならない人が、世界には数え切れないほどいる。

あたしは、嘘つき鏡をたたき割った。

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嘘をつく鏡 帆尊歩 @hosonayumu

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