第四十七話 零さま、明日は異世界に戻ります!

 背丈も高く浅黒い顔立ちの小金崎を玲子たちは見送り、予定を考えながら寺をあとにした。


「玲子先生、行きはエスカーでしたが、帰りは階段ですか」


「零、そうなるわね」


 零は、体力を使うのが嫌いな性格で、渋々、玲子先生の横を歩いていた。

寺の門を出て石段を上り、元の道に戻ろうとした時、背後から女の叫ぶ声がした。


「みなさん、待って! 待って! 」


 玲子が振り返ると、撮影班の女が息を切らしている。


「小金崎監督が、良かったら、下まで送ると言っています」


「送るって? 」

玲子が呟く。


「はい、今日の手違いで、マイクロバスの席が沢山空いています」


「なるほど」


「そういう訳で・・・・・・。

ーー バスの所まで、来てください」


「ありがとうございます。お邪魔でなかったら」


「監督は御礼も兼ねてと言っていました」


 玲子たちは、撮影班の女の案内で元の道とは違う方向に進むことになった。

薄明かりの中、平坦な石畳を一行が進むと、途中から石段が下りになっている。

左側には切り立った崖の山肌が見えている。


「玲子先生、正面に大きな山の黒い影が見えてます」


「ルシアさま、あれは日本の有名な山のシルエットね」


「そうよ、ルシア姉さん、あれは富士山よ」

 零は、そう言って満面の笑みでルシアを見た。


 暗い石段を注意しながら降りると駱駝のコブの鞍部に似た平坦な場所に出た。

前には、上りの石段が見えている。


 鞍部の右側の角には木造の土産屋があり、その建物の左側に目立たない細い道が見えていた。

右手の小道に入るとすぐ、小さな石段があり零たちは上がることになった。


「短くて良かった」

零が呟く。


 石段はすぐに終わり平坦で手狭間なアスファルト上に出た一行の前に、撮影班のマイクロバスが停車していた。




 小金崎隼人監督がバスから降りて、玲子たちに乗車を進めた。

見た目の恰幅の良さからは想像出来ない細やかさに驚く玲子だった。


 島の道の左手遠くに片瀬江ノ島の海岸線が見えている。

小金崎に御礼を言って玲子たちが乗車しようとした時、小金崎が玲子を止めて言った。


「ここ、花火大会の花火見物には隠れスポットなんです」


「ありがとうございます。機会があれば」

玲子は小金崎に言って、マイクロバスを見た。


 玲子の同級生の早乙女沙織が、バスの窓から玲子に手を振っている。


「玲子、こっちにどうぞ」


「沙織さん、いいの」


「何、水臭いじゃない、昔の演劇仲間じゃない私たち」


「そうね。でも、あなたは、変わったわ」


「変わってないわよ」


「透き通るようなオーラを感じるのよ」


「玲子の霊感、初耳よ」


「そんなことないわ。直感よ」


 玲子と沙織が会話している時、小金崎が声を掛けに来た。


「あの、バスが下に到着したら、聞きたいことがあるんですが」


「なんでしょうか」

玲子は小金崎に言った。


「下に着いてから」


「監督、出発していいですか」


「運転手さん、出発してください」


 マイクロバスは起伏のある細い石畳の暗い道をゆっくり降り始めた。


「わー、ジェットコースターみたい」

零が呟く。


「零、ジェットコースターってなに」

ルシアだった。


「ルシア姉さん、遊園地にある乗り物よ」


 小金崎隼人監督の耳に零とルシアの会話が届いている。


「やっぱり、そうか」

小金崎が、か細い声を漏らした。


 バスは、いくつもの難所のような起伏を越え、エスカー乗り場の前の石畳に出た。


 赤い大鳥居を左手に巻くようバスは直角に周り、次に直ぐ商店街の角を右折して石畳を降り始める。

島の入り口の青銅色の大鳥居を抜け、島の入り口の駐車場に到着した。

 島の裏側の暗い道と違い、街灯が眩しく明るい。



 小金崎隼人監督が玲子の前やって来て言った。


「早乙女さんのお友達の優翔ゆうがさん、

ーー もしかしてじゃありませんか」


 勘の鋭い小金崎の言葉にメリウスが気付く。


「いいえ、秘密旅行ではありませんわ。

ーー 外国のお友達を案内しているだけですから」


「さっきね、

ーー あのお嬢様たちが、ジェットコースターの会話をしていて確信したんですよ。

ーー 普通に考えれば、知らない女子高生はいませんから」


「それは、監督さんの聞き違いじゃありませんか」




 メリウスが玲子に代わって言った。

「もしも、監督の勘が正しい場合は、どうされますか」


「メリウスさん、でしたっけ。

ーー その場合は、近くの遊園地のジェットコースターに案内します」


「なるほど、じゃあ、監督さん案内してくださる」


 メリウスの会話を聞いていた玲子が狼狽うろたえる。


「メリウスさん、それは」


「いいんですよ。玲子先生。

ーー あの監督は未来予知が出来るスキルを持っていますよ」


「なるほど、それでメリウスが監督の懐へ飛び込んだのね」


「監督、それだけじゃありませんね」


 メリウスが監督を見つめながら詰め寄る。


「メリウスさんも、千里眼のようですね。

ーー あちらの四人に興味はありません。

ーー 興味があるのは、あちらの方々のお国です」


 小金崎隼人はまだ薄明かりの中、バスを近くの遊園地に向かわせ、ジェットコースターのシーンを急遽追加した。

 ルシアとコットンの双子姉妹、ランティスとティラミスの双子兄弟は、興味津々に瞳を輝かせている。


 ジェットコースターシーンを終えた制作とスタッフは遊園地で解散した。

希望者だけが、小金崎隼人監督の湘南の別荘に宿泊することになり、メリウスたちは提案を受け入れた。


「メリウスさん、言いにくいのですが、

ーー 私と助手をその国に連れて行ってくれませんか」


 ルシアとコットンが、二人の会話に聞き耳を立てていた。 


「メリウス、私は、入国を許可するわ。

ーー ジェットコースターの御礼よ」


「そうね、ルシアと私も同じよ」

コットンだった。


 メリウスが監督と助手を見て言った。

「命の保証は出来ませんよ。監督さん」


「分かっています。

ーー 映像に携わる身で、好奇心を抑えられません」


「分かりました。そこまでもご覚悟がおありなら、

ーー ”清水の舞台から飛び降りる“ご覚悟なんですね」


「メリウスさん、ルシアさん、コットンさん、ランティスさん、ティラミスさん、

ーー どうか私と婚約者の助手をよろしくお願いします」




「監督、狡いわよ」

早乙女沙織が声を上げた。


「沙織、監督に失礼よ」


「玲子も、そこへ戻るんでしょう。

ーー 私も行きたい!行きたい! 」


「じゃあ、メリウスさん、どうしますか」

玲子が言った。


「コットン第一王女と、ルシア第二王女にお願いしてください」


「メリウスさん、随分、冷たいわね。

ーー 玲子先生のお友達は、私たちのお友達じゃありません」


「そうね、ルシアの言う通りよ」

コットンだった。


 小金崎隼人監督の別荘の居間でが計画されようとしていた。




「メリウス、三人も増えても大丈夫なの。

ーー ルシア姉さん、滞在出来ますか」


「零、城の部屋の数など数えたことも無いわよ。

ーー でも、大丈夫でしょう」


「そうね、ルシア、部屋ならいくつもあるわね。

ーー 沙織さんは、玲子先生と一緒の部屋でいいんじゃないかしら」


「じゃあ、姉さん、監督たちは、」


「婚約者二人は、同じ部屋にして上げましょう。

ーー ただ、お父様が驚くかも知れませんね」


 小金崎隼人監督がコットンに尋た。

「あのお父様って、お二人のお父様ですか」


「そうよ、我が国の王よ」


 小金崎は言葉を失ってメリウスを見た。


「小金崎さん、だからご覚悟と言ったでしょう」


「分かりました。覚悟させて頂きます」




 湘南の海が月に照らされて輝いている。

波は穏やかで岸辺に小さな飛沫を上げていた。

時より灯台の灯りが海面を映し出している。


「零さま、明日は、異世界に戻りますが」


 メリウスの言葉に零は、忘れものを思い出す表情を浮かべた。

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