第十二話 城の長い夜

 令嬢ルシアが慌ててダンスフロアの中央に駆け寄った。

「あなたたち、忘れ物よ」


ルシアが、ランティス王子と優翔ゆうが玲子に仮面を差し出す。

「ランティス王子、今夜は仮面舞踏会なの忘れたかしら」


「あっ、ルシア、ありがとう。すっかり忘れていたよ」


ルシアは壁際の椅子に戻り、零とメリウスにも仮面を渡す。


「なんか、オペラ座の怪人みたいね」


「零、なにそれ・・・・・・」


「日本で人気の舞台歌劇よ」


「零さま、あれは、日本じゃないわよ。

ーーフランスよ」

「メリウスの言う通り、フランスでした」

零はメリウスを見て照れ顔が仄かに赤い。


「零、お顔が紅潮しているわよ」

「ええ、そんな」


「零、さっきのワインね」

「零さま、ワインですね」


ルシアが立ち上がり、メリウスと零を誘う。

「ルシア、どうしたの?」


「ちょっと、夜風に当たりましょう」

「ルシアさま、お心遣いに感謝します」


「メリウスは、オーバーね。ちょっと、ベランダに出るだけよ」


 三人は、ランティスと玲子を残してベランダに移動した。


「零、正面に見えるのが、白樺の森よ」

「じゃあ、私たちは、その森の奥からここまで移動したのね」


「そうなるわ。大きな庭だから、全部は見えないけどね」


 メリウスたちが渡った跳ね橋は高い城門に遮られて見えない。

漆黒な景色に零は寒気を覚えた。


「ルシアさま、夜風が冷たくなって来ましたので戻りませんか」

「メリウスは気が利くわね。零、戻ろうか?」


「あと少しなら大丈夫よ」

「じゃあ、零、あと少しよ」


ランティス王子と玲子はダンスを終えて席に戻った。

「あら、メリウスたちがいないわ」

「玲子さん、心配ないですよ。ルシアが一緒なら」


 ランティス王子はルシアたちがベランダに移動するのを見ていた。

しばらくして、三人がランティスと玲子の前に現れる。


「ランティス王子、メリウスたちがお疲れのようだから、今夜は解散ね」

令嬢ルシアの言葉を受けて、五人はダンスルームをあとにした。


「零、今日は初日だから無理しちゃダメね」

令嬢ルシアは、ランティスの言う通り優しい女子高生だった。


 ディナールームの入り口まで戻ると、秘書のセーラとメイドのクローラが待っている。


 零は、ルシアの水色の髪とセーラの緑色の髪に圧巻されている。

まるでコスプレ会場にいるような、そわそわした気分だった。


「セーラ、お待たせしましたね」

「お嬢様、仕事ですから心配ありません」


「セーラは、いつも腰が低いのよ」

「そんなことありません」


「じゃあ、セーラ帰るわよ」


 ルシアとセーラは、廊下の途中で別れた。

「零、メリウス、玲子、明日またね」

気さくな令嬢ルシアは、セーラと帰った。


 メイドのクローラがメリウスたちを招く。

ランティス王子も一緒にいる。

「僕もゲスト通路なので途中まで一緒ですね」

クローラを見ていた。


 零はランティス王子の言葉の意味を知らずにクローラに尋ねた。

「クローラ、戻らないの?」


「ゲストルームへの通路は一方通行ですから、迂回します」


 零は訝しげな表情を浮かべながら、クローラに従う。


 クローラの真っ黒な髪の毛は光沢を放ち、微かに石鹸の匂いが漂う。

メイドと言うよりファッションモデルと見間違えるスタイルと顔立ちに零は見とれていた。


「零さま、大丈夫ですか?」

零は、メリウスに心を読まれている気がした。


「まあ、いいか」

「零さま、何か」


 玲子は、ランティス王子の傍で生徒の会話に耳傾けている。

クローラは途中にある階段を降り、慣れた足取りで城の迂回ルートを進んだ。

見覚えのある上り階段が見え零はほっとする。

玲子先生の後ろにランティス王子が付き添う。


 途中でランティス王子は、玲子、メリウス、零に挨拶して自室への廊下を急いだ。


「クローラさま、今夜はありがとうございます」

メリウスが丁寧に挨拶した。


「メリウスさま、クローラはメイドでございますから、敬称は不用でございます」

「じゃあ、クローラとメリウスは同じ立場でございますね」


「メリウスさま、ご冗談を」

「メリウスは、零さまの召使いでございます」


 クローラは理解できず会話をやめて、メリウスたちをゲストルームに届け。

向かいのメイド室に戻った。


零と玲子は、ベッドに倒れ爆睡した。

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