その恋が産まれたわけ

次に、私がなぜ、小気味よい大阪弁をしゃべる彼と出会うことになったかという話をしようと思う。


・・・


私は、臨月の重い腹を抱えながら、その部屋を見て呆然としていた。

お尻の穴がキュッと締まって、内臓が凍えるような気持がした。

嘘だ、と思いたかったが、その気持ちを後押ししてくれる記憶は何もなかった。


彼が一人暮らしをしているはずの部屋は、彼らしくなく、整理整頓されていた。


ああ、やっぱりね、とも思った。

おかしいと思った。

無精なはずの彼が、わざわざ何時間もかけても、その期間だけは自分が私に会いに来ていた。

決して、私が彼を訪れるのをよしとしてくれなかった。

それでも、決定的な証拠は見当たらない。


私は迷わずに、私も何度も通ったことがある、彼がいつも車を止めている駐車場に足を向ける。

これまでその成長を慈しんできた腹が、途端にただの荷物のように思えて忌々しかった。


その駐車場について、彼の赤いフォルクスを見つけた私はとうとう膝の力が抜けて崩れ落ちた。


遠目に見ても、後部座席の窓から向こう側が見えないほどに何かの荷物が詰め込まれている。


私はしばらくの間、ゴツゴツとしたアスファルトに膝をつき動けずにいた。


膝の痛みが限界を迎えたところで立ち上がる。

確かめなければ、と思いながら、フォルクスに近づいていく。


そこに詰め込まれていたのは確かに、彼と住んでいたであろう女子の荷物だった。

乱雑に投げ込まれた服、靴、ピンクのポーチからはマスカラが転び出ている。


私はその荷物の一つ一つを確認して、

後部座席の窓を力いっぱい叩いて嗚咽を零した。

「…う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛~~…!!!」


死ね。

死ね。

死んでしまえ。

妊婦をないがしろにするお前も、

妊婦を抱えた夫を誘惑したお前も、

どこにも行く場所が無いのに生まれてこようとしているお前も、

全員死んでしまえ。


全員、死ね。私の世界から消えろ。


そう呪文のように想いながら、足を引きずるように整理整頓された彼の部屋に戻った。

そして、彼が勤める店に電話をする。


それからの記憶は殊更にあいまいになる。


その、8階にあった部屋から飛び降りようとした記憶がある。


自殺するから見届けろ、と、彼の前で、首縄に首をかけて失神したような気がする。


今はその家にいない女のもとに、彼に運転させて連れて行かせようとした。

でも、彼は、高速の途中で吐き気が止まらなくなりとうとう行きつくことはできなかった。

…てめえが吐いてんじゃねえよ。吐きたいのはこっちだよ。

そんな罵倒を、何回したか分からない。


そして極めつけに、彼には同棲相手以外にも女がいた。


それを知った時には笑ってしまった。


ああ、クズだったのだ。

この男は。

いや、クズにされてしまったのかもしれない。

湘南という、浮ついた人物だけが寄せ集められる半島の先に染まってしまったのだ。


私は、全身全霊で、

湘南を好む人類が滅亡することを祈った。


それでも、そんな、外の世界の都合など知らず、腹は膨れていく。

同棲が判明した日に、その腹の中身はもういらないと何度も殴ったはずだった。


不貞の夫にどれだけ止められても、私はその手を止められなかった。

出ていけ。

と痛切に思った。

お前ができたから、この人は変わってしまったんだ。とも思った。

だから、生まれてきた子がどれだけ可愛くとも、愛せない。そう確信していた。その時から。


それでも、もう、生まれてくる準備ができたその子は、

その時まで、私の体からいなくなってはくれなかった。


だから、私も観念したのだ。


子には、親が要る。

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