第17話

 一週間が経ち終業式の日。明日から高校は夏休み。学校へ行かなくていいと思うと、直の憂鬱な気持ちは軽くなった。

 けれども他の学生のように『高校最後の夏休みに心はずむ』という感じとも違う。

 帰りのホームルーム後、荷物をまとめていると、声をかけられた。美結だった。

「直、やっぱり夏期講習いかないの?」

「うん。あんまりむいてなくて、逆に学習時間うばわれちゃうんだよね」

「そっか。志望校一緒なんだよね。お互いがんばろうね」

「ありがとう。美結もがんばれ」

「あのさ、直」と教室を出ようとした直は、引きとめられた。

「恋人できたんでしょ。そのひと、危ないひとじゃないの……?」

「そんなひといないよ。じゃあね」 

 直は、少し投げやりに答えた。席を立とうとする彼女を再び足止めしたのは、美結ではない。

「あの、日向直さんっていますか?」 

 その見知らぬ女子生徒は、教室後方のドアから訊ねた。

 図らずも、クラス中の視線が直に向けられたので、彼女は必然的に特定された。

「あの、あなた日向さん?」

「そう、ですけど」  

「校門で日向さんのこと待ってる人がいて、『呼んできて』って頼まれたんですけど」

「待ってる人?」

「えっと。カレシとか……じゃないの?」

 その女子生徒の一言に、再びクラス中が、じっとりとした眼差しを直にむけた。まったく心当たりがないが、逃げも隠れもできない直は、しかたなく確認した。

「それ本当に私ですか?」

 間違いない、と相手はうなずいている。

「『荷物まとめて早くきてほしいって伝えて』って。てっきり彼氏かと。それか、お兄さん?」

 ——お兄さん。  

「あのっ、もしかして銀髪の男の人ですか?」

『銀髪、男』という謎めいた発言に教室内は過剰反応し、ざわっとなった。

「ち、違います。ふつうに黒髪だけど」

「……わかりました。ありがとうございます」

「あの。バイク止めてたし、先生達に知られる前に急いだほうがいいと思います」

「……バイク?」


 ・・・


 直は昇降口を出た。

 校門目指して一直線。そして視線の先に立っていた人は、直に気がつくと、安堵したように少し口元を引いた。

「なんで……」と、直はやっとのことで声をだす。

 

「仕方ないじゃないか。君の連絡先知らないんだし」

「なんで。その髪」

「銀髪で来たら目立つからわざわざ染めたわけじゃないよ。学会に出てたのと、来週は、院試の面接だから」

「十分、目立ってるよ。そのバイク」

「わかってるよ。もう早くきてほしくて。待ってたんだよ」

「どこいくの?」

「あぁ、これ、かぶってくれる?」 

 そういわれて、彼からフルフェイスヘルメットをもらう。

 直は、彼の背後の漆黒のバイクをまじまじとみた。幼い頃に、あこがれた仮面ライダーの俳優が乗っていた黒い車体を彷彿とさせる。たまらず彼女は、歯を見せた。

「なぜ笑う?」

「バイク、乗るのはじめてだから」 

「わるいけど、僕もはじめてだから。うしろに人を乗せるの」

「うそ。だったらどうしてヘルメットふたつもってるの?」

「君のそれは、知り合いのおさがり」

「君じゃないよ。直ってよんで」 

 直がそういうと、真は視線を逸らした。


「はじめてなのに怖くないの? 死ぬかもよ」

「怖いのは私じゃなくて。あなたのほうでしょう?」

「へぇ。それは、つまり?」

「私の命を預かってる。あなたには普段以上に気をくばって安全運転する義務がある。私が絶対、絶対、絶対死なないようにしないといけないでしょ。それってプレッシャーでしょ。だから、うしろに乗せるのこわいでしょ?」

「うーん。なるほど。でも、ひとつ反論するよ」

「……な、なに」

「『あなた』じゃない。名前で、よんでみてくれる?」

「じゃあ、私のことも直ってよんでくれる?」

「いいからはやく。よんで」

「……真」

「ぜんぜん聞こえない」

 真は小さく笑い、直のか細いをからかった。直は笑わず、緊張したおももちでいう。

「真は、私のことが好きじゃない? それとも、好きになってくれる。どっち?」

「それを確かめてどうするの?」

 

「パートナーになってください。私は、真のことが好きです」


 それをいまここでいう? といいたげな真は目を丸くした。


「あの日から、毎日がとってもとっても長く感じた。このまま、二度と会えなくなると思った」

「君は、会いたければ自分から会いに来ると思ってたよ。でも来なかったじゃないか」

「嫌われてしまったと思ったから」

「僕は一度も、君のことを嫌いとも好きともいった覚えはないよ」

「じゃあ、いま答えて。教えて。私のことが、嫌いですか」

 

「好きだよ」 


 ——嘘だ。いま、彼は、なんといったの?

 

  

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