妖使いの夫婦仲は冷え切っている?
南 コウ@『異世界コスメ工房』発売中
第1話 最強同士の政略結婚
「味噌汁が薄い」
帝都の中心街から離れた郊外に佇む純和風の屋敷。庭に面する居間では、一組の夫婦が
味噌汁が入った椀を片手に言葉を発したのは、短く切り揃えた黒髪に、紅玉の瞳を宿した男。端正な顔立ちでありながらも、にこりともしない不愛想な面持ちから威圧的な雰囲気を醸し出していた。
男の前で涼し気な表情で味噌汁を啜っているのは、銀色の長い髪を二つに束ねた少女。その瞳は月のような金色をしていた。
彼女は男の発する威圧的な態度を物ともせず、音もなく椀をお盆に戻す。それから静かな口調で一言発した。
「そうですか」
カコン。
庭の池で鹿威しが傾く。広々とした居間に沈黙が走った。
彼女はそれ以上何も語らない。ただ黙々と、目の前に並んだ食事を口に運んでいた。
沈黙に耐えきれなくなったのか、黒髪の男が慌てたように口を開く。
「いや、もっと何かあるだろ!」
「はい?」
少女がこくりと首を傾げながら尋ねると、男は両手を広げながら自らの言い分を主張した。
「たとえば、『私の作った食事にケチをつけるのか』とか『次からは旦那様の好みに合わせて作ります』とか」
「次からは旦那様の好みに合わせて作ります」
「それいま俺が言ったやつなんだが!?」
男は呆れたように頭を抱える。深々と溜息をついた後、目を伏せながら尋ねた。
「
男が指摘すると、少女は顔色ひとつ変えずに淡々とした口調で告げた。
「会話など不要でしょう。だって旦那様は私のことがお嫌いなのですから」
そう告げると、少女は音もなく席を立つ。そのままお盆を持って障子を開けた。
「では、お先に失礼いたします」
障子の前で頭を下げてから、小紋の袂を揺らしながら廊下に出ていく。居間に残された男は、障子の隙間を恨めしそうに見つめていた。
「嫌いなわけないだろう……」
男の呟きは、少女の耳に届くことはなかった。
◇◆◇◆
この国には
帝都に鉄道が走り、馬車通りにガス灯が立ち並び、煉瓦造りの建築物が連なる街並みの中にも、人に害を成す妖がひっそりと息を潜めていた。
そうした妖を討伐する役割を担っているのが、
都を騒がす鬼を退治した
帝を色香で惑わせた妖狐を退治した
子供を攫う天狗を退治した
御三家はそれぞれ鬼・妖狐・天狗を使役しており、その力を使って妖退治を請け負っていた。現在も妖の専門家として重宝されている。
そんな御三家の中でも、榊家と安隅家は長らく対立を繰り返してきた。
最強の名を手にするため、妖力を使った小競り合いに発展することもしばしば。本来であれば妖退治に使うはずの能力を覇権争いのために使っていた。
とくに酷かったのは、先代が実権を握っていた頃。
新政府軍に加担した榊家と、幕府軍に加担した安隅家が正面対決し、妖を用いた戦が全国各地で発生した。
最終的には幕府軍が降伏するかたちで決着がついたが、戦が終結してもなお、榊家と安隅家は冷戦状態が続いていた。
そんな関係に終止符を打とうとしたのが、榊家の現当主だ。
榊家当主は自らの息子である
安隅家もこのまま対立を続けるのは一族の存続のためにも都合が悪いと判断したのか、縁談に承諾。そんな経緯から、恭一郎が20歳、伊織が17歳の時に婚姻が成立した。
一族の中でも恭一郎と伊織が選ばれたのには理由がある。この二人が当代最強と謳われる妖使いだったからだ。
最強の鬼と謳われる
最恐の妖狐と謳われる
並みの妖使いを遥かに凌駕する
一族の切り札とも言える二人を結婚させることで、両家の繋がりを強固なものとしたのだ。
二人の結婚をきっかけに、両家の対立が収まり平穏が訪れた。……と思いきや、二人が結婚して3ヶ月が経ったいま、こんな噂が囁かれている。
『恭一郎と伊織の夫婦仲は冷え切っている。離縁するのも時間の問題だ』
和平の証である二人が離縁しようものなら、両家の関係がいままで以上に悪化することは目に見えている。
ましてや当代最強と言われる二人が、妖の力を使って正面対決しようものなら、世界中を巻き込んだ妖怪大戦争に発展しかねない。
二人の関係が悪化することは、世界の終わりを示唆していた。
なんとしても二人を仲睦まじい夫婦にしたい。そんな思いから両家の親族が手を組み、二人の関係修復を図ることになった。
周囲から見れば冷え切った仮面夫婦のように見える二人。しかし、実際のところは噂とは大きく異なっており……。
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