嗚呼オルバース

浦瀬ラミ

嗚呼オルバース

「オルバースのパラドックス」を知っているだろうか?

 無限に広がる宇宙には、無数の恒星が存在している。ならば、なぜ夜は訪れるのか? たとえ太陽が沈んでも、数多の恒星が地球を照らすはずではないか。

 そう疑問を投げかけたのが、「オルバースのパラドックス」である。

 結論から言えば、それは宇宙に始まりがあるからであった。ビッグバンが起こり、各地で産まれた恒星の光。その多くが、まだ地球に届いていないからである。

 彼が世界に問いかけてから、何億年の月日が流れただろうか。

 遂に地球から、夜は消えた。

 既に文明は滅び、大地は枯れ、辺り一面には荒野が広がっていた。まるで第二の火星のような惑星が、そこにはあった。

 そんな赤い大地に、弱々しく動く影が一つ。

 ボロボロの布で日光を防ぎ、岩を削って作った杖を頼りに、亀よりも遅く歩む者。

 彼女の名は、八百比丘尼。

 かつて人魚の肉を口にし、不老不死の体を手に入れた者。

 灼熱の地を、一本の杖を頼りに進む彼女。長年暮らしていた洞窟が、時の流れの中で摩耗し、彼女よりも先に寿命を迎えたのだ。そのため彼女は、次の暮らす場所を求めて歩く。死なない体に鞭打ち、一歩一歩をゆっくりと。

 不意に、彼女は倒れた。嗚呼なんということだ。杖までも寿命を迎えてしまったのだ。

 八百比丘尼は軋む体を起こし、青い空を見上げた。

 どこまでも広がる白夜の世界。肌を焼き続ける光が、どこまでも憎らしい。

 軋む体を起こし、八百比丘尼は再び歩き始めた。

 それから、どれくらい歩いただろう。

 やつれた八百比丘尼。しかし次の瞬間、八百比丘尼は目を輝かせ、走り始めた。

 目の前に、自分と同じく動く影を見つけたのである。

 その影も、八百比丘尼へと向かってくる。

 二つのふらつく影。そして遂に、二つの影は出会った。

 お互い相手が誰かも分からないまま抱き合った。長年の孤独の前に、相手が誰かなどどうでも良かったのだ。

 八百比丘尼が出合った影。その正体は、東方朔であった。かつて中国で、西王母の桃を食い、同じく不老不死となった男。

 不老不死の男女が、今この瞬間出会ったのである。

 人類最初の番いはアダムとイヴであった。

 そして最後の番いは、八百比丘尼と東方朔なのであった。

 

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