心の底から、貴方が必要です

はづき

第1章:店員と客の関係から

第1話:初対面

 異動を受け、スーパー『ファンザ』滝本店へとやってきた蒲本夢叶かまもとゆめかは、店長に挨拶をし、他の従業員にも挨拶をしていた。


「あ、今日から来るって言ってた蒲本さん?」


後ろから男の人の声が聞こえてきた。


「あっはい、そうですが――」


「初めまして。俺は矢間啓太やまけいた。食品担当のマネージャーです。分からないことがあったら何でも聞いてね。よろしく」


「よろしくお願いします」


夢叶も食品担当だが、まだ見習いの立場だ。


 仕事を終え、帰宅した夢叶は夕飯の準備をしながら音楽を聴く。引っ越ししたての部屋は前の日のうちに片付いている。


(こういう時間が、やっぱり最高。仕事も楽しいけど、1人の時間も楽しい!)


そう思えるようになったのは、転勤する前までいた職場で年下の学生アルバイトの男子と少しばかり付き合っていた過去がきっかけだ。


 あまりにもわがまま過ぎて夢叶から別れを告げ、その後その男子は辞めた。夢叶は正直、心の底からその男のことを好きになっていなかった。


 新しい環境に不安がなかったわけではないが、夢叶は一安心して明日からまた頑張れそうだと前向きになっていた。


☆☆☆


 異動から2ヶ月がたった。職場の空気と仕事に慣れ始めた夢叶は、この日も熱心にひとつひとつの仕事をこなしていた。年末が近づき、お餅や飾り物が多く並ぶようになってきていた。日が暮れるのが早く、午後5時になると外はかなり暗くなってきた。


 夢叶がパートさんとの打ち合わせを終え、売り場に戻ると後ろから若い男の人の声が聞こえてきた。


「あの、すみません。アニメのウエハースを探しているんですけど」


「あ、はい。ウエハースなら、隣の袋菓子のところにあります。ご案内します」


夢叶がその男の人を連れて案内し、彼はお目当てのウエハースを見つけ購入し満足して帰って行った。後ろから啓太が様子を見ていた。


「へっ、矢間さん!? い、いつからいたんですか?」


「たった今だよ。さっきの人、俺の知り合い」


「はい!?」


 啓太が言うには、夢叶が応対したお客さんは、現役大学生の橋渡絵星はしわかいせだという。夢叶と同い歳で今、大学3年生だ。同じ趣味のLINEグループで知り合って、顔は知ってるが実際会って話したことがまだないとのことだった。


「俺がここで働いてるってこないだ言ったから来たんじゃないか?」


「だからって何で声かけなかったんですか……」


「まあまあ。そのうち俺から声かけるし。蒲本さんは気にしないでさっきの続きやってて」


そうだよな。夢叶はそう思いながら残りの仕事を続けたのだった。


 翌週、夢叶が休みの日に訪れた絵星に啓太が声をかけ、ようやく初対面を果たしたらしい。絵星は時々訪れウエハースだけでなく色々と買いに来るようになり、年が明けたある日のこと。


「お疲れ様でしたー!」


夢叶が仕事を終え、買い物をして帰ろうとすると。


「あの、こないだの店員さんですか?」


すれ違いに気づいた絵星が声をかける。夢叶が顔を思い出し、


「はい、そうです」


と答えた。夢叶はこのまま帰るのは失礼かなと思い、絵星の用が終わるのを待って帰ることにした。


 夢叶は絵星と啓太との関係について気になっていた。


「初めまして、蒲本夢叶です。あの、名前は矢間さんから聞いてました。橋渡くんは矢間さんとどうやって知り合ったんですか?」


「ケータのこと? そうですね、LINEのグループで知り合った、要はネット友達ってやつですね」


「ネット友達……。そんな世界私には無縁だなぁ。あ、そうだ。矢間さんから聞いていたんですけど、私と同い歳なんですね?」


 すると、絵星の表情が固まる。少し間を置いて、喋り出す。


「ってことは、21か。え、びっくり。少し歳上なのかなと思ってました。誕生日はいつ?」


「8月です」


「え、俺も8月なんだけど」


 日にちは4日違い。誕生日が近いなんて、きっと何かの巡り合わせなのかなとお互いに思っていた。


「ちなみに、血液型は何型? 私はB型」


「俺はO型だよ。そんなこと聞いて、どうした?」


「それはねぇ……内緒です」


 夢叶が何で聞いてきたのか、絵星には分からなかった。


「俺はこっちなんで。ではまた」


「はーい、またー」


 こうして、夢叶と絵星は時々会うようになり、挨拶程度の会話はするようになっていった。

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