WitchTheBullet(ウィッチ・ザ・バレット)
藤倉(NORA介)
Episode1 魔女と使い魔
♯01 ようこそ、至高の楽園へ
日本から10.887km離れた場所、アメリカ合衆国・ニューヨークの海に浮かぶ巨大な人工の都市・ヴィルべスタ。
ニューヨークとその都市を繋ぐ長い可動橋を渡ると、美しい
その美しさは『第二の人生を始めるならヴィルべスタにしろ。』と言われる程で、毎年の様に世界中から沢山の観光客がこの町を訪れている。
しかし、このヴィルべスタにも裏の顔がある。国が擬似的に作り出した、他国の警察も手を出せない無法地帯、行き場を失った人間や国外逃亡犯などが集まる…通称:流れ者の
行き場の無い人間にとっての温床を作る事で、監獄に置けない犯罪者が都市の外に出ない…世界で最も快適で厳重な最果ての
「…着いたか、潮風が気持ち良いな〜!」
今日、俺は故郷の日本を離れ、古い知り合いの
「いやぁ、それにしても綺麗な所だな…」
ヴィルべスタは観光地としても有名だから、日本の旅行雑誌などで良く目にしていた。だから、どういう都市なのかは大体知っていたし、ここに来るまでに外の人間が知らない様な情報も調べたりしたからな…だが、いざ目の前にして見ると圧巻だな。
やはり毎年、日本からも数千人の観光客が向かう程の人気のリゾートだけあって、周りには俺以外にも観光で来たと思われる日本人の他に色んな国の人間がいる。
…とは言え、俺の場合は観光ではなく今日から此処で”
「…ところで、まずは何をしようか?」
正直、今の俺は仕事も無ければ目的すら無い。しかし、お金だけは以前やっていた仕事で稼いだお金がある。
口座の停止前に取り出せたのは幸いだった。暫くは生活にも困らないだろうが…引き出せたのは財布に入る分の現金と電子マネー化した一部だけだ…残念ながら全ては引き出せなかった。
「まぁ、でも先ずは今日泊まる場所だよな…」
それにしても、まさか俺がプライベートで海外に来る日が来ようとは…いや、海外に移り住む事ができるとは…って感じだな。
ちなみに以前の俺の仕事は殺し屋だった。海外から国内まで、様々な組織の依頼で動く殺し専門の機関に所属していた。
その為、日本から出る事は任務が無い限り組織から許可が降りなかった。
しかし、俺は色々あって組織の命令を無視して組織を抜けて出し、そんで死ぬまで逃亡の身になる筈だった…──が、俺は実際には日本で既に死んだ事になっている。
先程言ったとある伝手を使い、顔を整形して、声帯も弄って…名前などの個人情報も全て書き変えた。特に抵抗は無かった。
組織に所属していた頃は、仕事が仕事だったし、整形したり声を変えて…酷い場合は骨格自体を弄ったりするなんて事もざらにあったからな…
ついでに現金も日本円からドルに変換してもらい…──俺は晴れて自由の身としてこの国で新たな人生を選んだのだ。
まぁという訳でヴィルべスタで新生活を始めるなら、生活の基盤を新たに築かなくては…今日泊まるホテルは決めてるから良いとして、これから住む住居や働き口を探さなければいけない。
今の所持金でも数年は問題無いだろが、一生は遊んで暮らせる訳じゃないからな…しかし、今日くらいゆっくり観光気分で楽しむのも悪くないだろう。
取り敢えず俺は予約していたホテルを検索する事にしたが、どうやらこの近くにあるらしい。
俺はホテルにチェックインしてから、荷物を預けて…頼んでいた物を受け取ってから外に出た。
しかし、荷物を預けてから身軽になって外に出たのは良いが…これからどうしようか?
いざ自由に何でもして良いと言われると、何をすれば良いか分からなくて困るもんだなぁ…
「まぁ…でも、取り敢えず喉が渇いたな…」
まだ港近くで海風が涼しいとはいえ、ヴィルべスタの気温はハワイなど同じく年中高い、喉が乾くのも仕方ない。
どこか近くで飲み物は買えないかな?…いや、もう昼飯にするにも良い時間だし、何処かでランチタイムと洒落込むか。うん、それが良い…
そう思い当たりを見回す。周りには観光客が集まる店が幾つかある。それに移動販売の店も港付近には沢山ある様だ。少し見て回るかな…
そう思い、移動販売の車が幾つか駐車している場所に向かう。どの移動販売店にも観光客だけでは無く、現地の人も集まり長い行列が出来ている。
「あっ?お前が先にぶつかったんだろうがっ!」
「何だガキ、俺達に口答えすんのか!」
移動販売店を見て回っていると、付近から女性の怒鳴り声と荒々しい男達の声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、ブロンド髪の少女と2人組の男が揉めている様だった。地面には料理が散乱している。あぁ、何となく状況が見えたぞ……
「誰がガキだ!ぶち殺すぞ!」
「上等だ、着いて来やがれガキ」
これはマズいなぁ…どっちに非があるかは分からないが、あの喧嘩腰の少女の態度はこの状況をヒートアップさせるだけだ。
何よりあの男共の身体には明らかに身体を拡張した形跡がある。見てわかる程の
今の時代、医療や美容の一環で
普通なら目立たない様に肌色に馴染ませたり、人間の身体に似た質感のパーツを使うが、彼等の場合は見せつける様に銀色の装甲を表に出したパーツ…十中八九、日本では禁止されている戦闘用拡張だ。
このヴィルべスタではそこまで珍しくないのだろう。既に何度か身体の一部に拡張の形跡がある人間を見かけている。
只の
「ちょっとそこのお二人さん──その子の事、許してもらえないかな?」
「ん?何だ?お前、コイツと知り合いなのか?」
二人組の男は俺を睨み付けて、威圧してくる。日本なら大抵のチンピラは警察を呼ぶと言えば大人しくはなるが…ヴィルべスタは銃社会だ。それに事前に調べたが、此処の警察はロクデナシばかりで使い物にならんらしい。
「…俺のツレなんだ。なぁ、そうだよな?」
「アタシはお前なんて知らねぇよ、ナンパか?アタシはそういうのお断りだぞ」
「いや、ほら俺だよ俺!?覚えてない!?」
「はっ?テメェみたいなアホズラ見た事ねぇよ」
アホズラとは失礼だな…あぁ、頼むから察してくれよ。君の事を助けようとしてるんだけどなぁ?
「そのガキはお前を見た事ねぇってよ。もしかして、このガキを助けようってクチ?」
「あぁ、そうだよ。いくら何でも、こんな子供相手に大人気無いだろ」
「大人気?知るかよ。この服、高ぇんだぞ?弁償だ、弁償!」
そういう男の服にはソースの様な液体がベッタリと付着している。男達の怒りは収まる気配は無い。
「誰が子供だ!テメェ、ぶっ殺すぞ!」
「…良いから、此処は俺に任せてくれ」
そう言って激高する少女を
「弁償くらいなら俺がするよ、いくら払えば良い?」
「へぇ、あのガキはムカつくがテメェが代わりに弁償してくれんなら許してやらなくもねぇ。着いて来な…」
「すまないが、ここじゃダメなのか?」
「口答えすんな、俺達の言う事を聞け」
俺は黙って男達に着いて行く事にした。道路を渡り、横道を抜けドンドンと観光客で賑わいを見せていた大通りから離れて行く。
「まだなのか?随分、歩いたと思うが…」
「もうすぐだ、黙って着いて来い」
それから暫くして人気の無い工場の様な場所へと到着した。いや何となく嫌な予感がした。そこで二人の男の片方が口を開く。
「お前、良く見たら日本人じゃねぇか?」
「あぁ、そうだが…それがどうかしたのか?」
「おら、有り金は全て出せ!金目の物も全部だ!」
もう一人の男がそう言って銃を突き付けてきた。あー…嫌な予感が的中した。下調べで治安が悪いとは聞いていたが…まさか来てそうそう銃を向けられるとは……
「日本人は金払いが良いから重宝してるぜ。ほら、さっさとしねぇと頭に風穴が開くぜ?」
「いやぁ、あのガキから取るつもりでふっかけたが…まさか、こんな掘り出しモンが掛かるとはなぁ!」
男達はニヤニヤと笑いながら俺に金を要求してくる。そうか、コイツら最初からあんな子供を引っかける気で……
「お前達、あの子供からお金を巻き上げるつもりだったのか?」
「あぁ、あの身なりは上流階級の奴だろうからな。金はたんまり持ってる筈だぜ?」
そうか、コイツらは根っからの悪人って訳だ。正義の味方のつもりは無いが、なら遠慮は要らない…出来れば荒事を起こしたくなかったが仕方ない。
「すまないが、見ての通り持ち物はこいつくらいしかないんだ」
俺はホテルに荷物は置いているのでバッグやキャリーケースを持ち歩いてはいない。なのでジャケットとの裏からサイフを取り出す
バァン…──
「がっ!?……」
「ぎゃぁぁ!?足がぁぁぁ!?」
俺は懐から目に止まらぬ速さで2丁の銃に手を掛けて抜き出し、銃を向けた男の膝ともう1人の男の足に撃ち放っていたのだ。
実はホテルで受けっ取ったのは例の伝手に、日本から輸送してもらっていたこの俺の相棒だ。そして…
「…悪いがッ──こいつは没収だ!」
俺は膝を撃ち抜かれて跪いた男の手から銃を蹴り飛ばし、そのまま銃を抜こうとするもう一人の男の脇腹に蹴りをブチ込む。蹴りを食らった男は工場側に吹っ飛び、蹴られた銃は遠くへと転がる。
「で?どうする、形成逆転だが…代金は鉛玉で良いか?」
「待ってくれ見逃してくれ!俺達が悪かった!」
思ったよりあっさりと命乞いをしてきた。殺し屋としては見逃す余地は無いが…今の俺はもう殺し屋じゃない。
「分かったよ、もう悪さはするなっ……」
銃声が聴こえて咄嗟に交わす、さっきの蹴り飛ばされた男がトリガーを引いていた。
「おっと、お前のお友達とお話の途中だったんだが?」
男は俺の言葉に構う事無く銃を連射する──…しかし、俺はそれを僅かな動きで全て躱して見せる。
「クソッ…何で当たらねぇ!どうなってんだよ!」
男は弾切れらしく、弾薬を直ぐに装填しようとするが、俺は即座に男の右手を撃ち抜いた。
しかし、男は左手でナイフを持ちそのまま俺に突進して来る。どうやら腕を機械化してる様で血は流れない…
「死ねぇ!このファッキン・ジャパニーズッ!」
すぐそこまで迫っている男の左腕と足を咄嗟に撃ったが止まらずナイフも左手に持ったままだ。クソ、機械部位とは神経は繋いでる筈だが…クソ、痛覚をシャットアウトしたのか!
俺は間に合わない…と仕方ないく左腕で男のナイフを受け止める──すると金属音と火花が上がる。
「テメェっ…お前も
男のナイフによって破れた俺の袖の部分から黒鋼色の装甲が見え、少し長い前髪が風でズレて機械仕掛けの瞳が覗いた。
「御明答だ、日本人には備えあれば憂い無しって言葉があって、なっ…──。」
そう言ってナイフを弾き、左手に力を入れて相手の顎にアッパーを叩き込んだ。男は宙を舞い地面に叩き付けられた。どうやら気を失った様だな……
「さて、お前達をどうするか…」
「ひぃっ、許してくれ!こんな事はもうしない!」
そんな時、俺の腹の虫が鳴き出した。朝から何も食べてないのに激しい運動をしたからな…流石に本格的に何か食べたいな…
「…そうだ、料理が美味い店教えてくれよ?そいつでチャラにしよう」
親切丁寧に店の場所をスマホに送ってくれた男に礼を言い、俺は再び大通りに出て来た。
「名前は…確か、シュミッツ・ヴァイオレットだったか?」
男曰く、大通りの店は基本的に値段が高い事が多いらしく、逆に離れれば離れる程、良心的な価格になるとか。だがその分、治安が悪く場所によってはぼったくる店もあるとか……
そう言えば、さっきの男達があの少女の事を上流階級の服装とか言っていたが…ヴィルべスタの上流階級の子供は皆んなあんなに口が悪いのだろうか?いやいや、流石にそれは無い。
…などと考えていると紹介された店が見えたきた。さながら高級料理店という感じだが、まぁ幸いお金は余る程あるしな。
ガラス張りの2階を見ると、身嗜みからして金持ちだと分かる人達が食事をしているのが分かる。何か場違いな気もするが、取り敢えず入ってみるか……
「いらっしゃいませお客様、1名様でよろしいでしょうか?」
「あぁ、今日こっちには来たばりでね」
「左様でございますか、ではお席にご案内します」
入ると紫髪のウェイトレスが直ぐに近寄って来て丁寧に接客をしてくれた。席に着くとメニューの説明やオススメなど教えてくれていたのだが……
「ところでお客様は何処からいらっしゃったのですか?」
急に彼女は俺に質問してきた。まぁ特に話すくらい問題は無いし大丈夫か……
「日本から来たんだよ、ちょっと観光しててね」
「あら日本から観光ですか?私も日本には一度行ってみたいと思ってたんです」
「本当に?何なら今夜、君だけに日本の事を話してあげようか?」
「もしかしてお客様、それは夜のお誘いですか?」
「ははっ、そうとってもらっても構わないよ?」
「…すみませんが、お断りさせていただきます。夜も当店の営業がございますので」
…とあっさり断られてしまった。せっかく自由の身なんだから仕事ではなく、普通に口説きたかったんだが……
「…では、ご注文が決まりましたらお呼びください」
そう言って店員が去った後、俺はメニュー表から肉料理とスープと飲み物を注文して卓上ベルでウェイトレスを呼んだ。
その後はナンパしたのが良くなかったのか、先程とは違うウェイトレスが来て注文確認をしてから厨房へと戻っていった。
やっぱりこれが普通だよな…ヴィルベスタでは普通なのかと思ったが、あのウェイトレスさんがお喋りだっただけか。
正直、俺はあれくらいの方が良かったのだが……と、そんな事を考えながら机の上に置かれたグラスの水を飲んでいると、暫くしてウェイトレスが料理を運んで来た。
俺は堪らず、その料理に手を付けた。
「ん〜…美味いな、流石は高級レストランなだけはあるな…」
出てきた料理はどれも豪華で美味しく、俺は直ぐに平らげてしまった。やはり喉の乾いた後の水が最高の様に、お腹が空いた後の肉料理は格別だった。
その後は料金を払い店を出たのだが、特にする事も無かったので一度ホテルに戻る事にした。
まぁ、色んな所を見て回るのも悪くなかったんだが…少し眠くなってきた俺はそのまま少し昼寝をする事にした。本当は食べた後にすぐ寝るのは良くないけど、今日くらいは構わないだろう…
◆◇◇
「ん、ふぁあ…もうこんな時間か……」
目を覚ましてスマホ確認すると時刻は21時を指していて、空は暗くなって32階の窓の外には綺麗な夜景が広がっていた。
「…うん、せっかくだし夜の町に繰り出してみるか!」
俺はホテルを出て夜の町を歩き回る事にした。
しかし、大通りの店はどれも高いなぁ…お金には困って無いが、今は無職だからな。ホテル暮らしではなく、ちゃんとした住居と仕事を見つけて職に就かないと、あっという間に一文無しになってしまう。
昼間は贅沢をしたが、考えてお金は使わないと大変な事になりそうだ。取り敢えず少し大通りから離れてみるか…治安は悪くなるらしいが、少しくらいなら問題無いだろう。
俺は大通りから駅の反対側に向かう。すると人気は減るが普通に人は歩いている。仕事終わりのビジネスマンや柄の悪い男達が少しいるくらいだ。
そんな中、赤く光るLED看板の店が目に止まる。どうやらBARの様だが……
「スカーレット?何処かで聞い様な名前だな…」
俺はそのBARに近付き、ふと窓から店内に目をやる。その時、女性の店員と目が合った。
それは綺麗な赤い髪をした女性の店員だった。しかし、俺はその顔に何処と無く見覚えがあった。俺はそのまま彼女に引き込まれる様にBARに入った。
「いらっしゃいませ、1名様ですか?」
「そうなんだけど、君の名前を聞かせてもらえるかな?」
店員は少し戸惑った表情を浮かべた。困らせてしまって申し訳無い…とは思ったが、名前を尋ねずにはいられなかった。しかし、彼女は直ぐに俺の目を見た。それは引き込まれそうな深紅の瞳だった。
「ミリア・ヨルベッタですが、何処でお会いしましたか?」
ミリア・ヨルベッタ──俺の知っている彼女では無かった。それもその筈だろう、彼女は俺がこの手で殺したのだから……
♯01 ようこそ、至高の楽園へ…──[完]
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