小角 まほう使い
西上 大
第 . 話 蒔かぬ種は生えぬ/勿怪の幸い
――世の中、ナニが起こるか分かったもんじゃない。
というのが率直な感想だ。
生まれて十六年、身近には事変はおろかコレといった事故や災害なぞ起きておらず、起こったとしても別の国やら地方やらで地震があったーとか、どこやらで行方不明者がーといった程度の対岸の火事。だから聞き流すニュースなのがせいぜい。
だから、そういった事態に一瞬とはいえ引き込まれてしまうなんて想像できる訳がなかった。
一瞬。
瞬くほどの間だけそこに引き込まれた。
だけど自分はそこには届かなかった。
そこに着く前に、隙間に――永劫ともいえる隙間にズレ堕ちてしまったんだ。
「え? ちょ…っ」
気付いた時には隙間にいた。
隙間のド真ん中に放り出されていたんだ。
何もかもが間近で、何もかもが遠く、
圧縮され切った過密で、途方もなく無の只中。
圧倒的に深遠で暗く、圧倒的に輝きに満ちていた。
ひろい、ひろい、ひろい、
大地を這って生きてきた存在である自分は、
自力で空すら飛べない自分は、
海外は無論、国内はおろか住んでいる土地の領域すら全てを知らぬ狭い視野しかなかった自分は、
こんな途方もないスケールの空間なぞ想像の端にすら届かない。
ああ、だけど、
だけど広さが分かる。
無の中に存在する
何故だろう焦りが無い。
何故だろう恐れが無い。
未知以外のなにものでもないこの状況なのに焦燥がない。
何故だ? 何処だ? あれは? それは? と疑問の答えを求める意思の方が強い。
こんな状況下で、こんな環境下で、思考だけが一人走りしている。
恐怖からでもなく、危機的回避の為でもなく、只々知りたくて。
いっそ不自由な肉体に貼り付いた意識より、思考の方が冷静に周囲を観続けられている事が少し可笑しくも感じられた。
ああ、違う。
そう感じているのも自分の思考だ。
並列に思考している。
ここまで分散して思考できるなんて初めてだ。
明るさも、暗さも、遠さも、近さも、広さも、狭さも、大きさも、小ささも、
何もかもが観察対象で、何もかもが考えるネタだ。
尽きない、飽きない、恐れが湧かない。
理解には到底及ばないというのに。
それが分かり切っているのに、ただひたすら観察し、ただひたすら思考し続けていた。
すると、
『おや?
ほう、ほう、ほう……。
これはこれは実に珍しい』
唐突に、そんな意志が伝わってきた。
単なる音のようであり、言の葉の様であり、頭に直接響いたようでもある。
しかして確実に感情の籠ったそれ――
ふと、顔―意識だけかもしれないが―を向けると、そこには何者かがいた。
いやひとであるとは断定できない。
確かに姿形はひとのそれだ。
女性の様で男性の様で、性別はわからない。
幼さも感じられるし、老齢のそれのようにも感じられる。
白磁…いや、感じる色彩は落ち着いた銀に見える長いストレートの髪。
華奢ではあるが、妙な迫力を感じる中性的な身体。
一対の緑色の瞳……と、額に一つ、左右の目の上あたりに四つづつ並ぶ瑠璃色の球の光が自分に向けられている。
怖くはない。
いや、違う。圧倒的過ぎて感情の組み立てが追い付いていないだけだ。
現に相手との距離が全く分からない程の存在感がある。
目前にいる様であり、遥か彼方の様でもあるのだ。
そんな存在が、
途方もない存在が、自分を見つけて楽し気に微笑んでいた。
「あ、貴方は……?」
本当に言葉で問えたか自信はない。
頭の中だけの問いかけかもしれない。
だが、件の存在はそれに応えるよう笑みを深めた。
『我か?
我はな……。
ま ほ う 使 い さ。
お初にお目にかかる。役行者の二代目よ』
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