第一章 Wild bunch(1)

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 詐欺師と銀行は、親戚のようなものだと俺は思う。

 夜逃げした新婚生活から持ち出せたのは、数十点の宝飾品と土地屋敷の権利書だった。戦利品全てを正規貨幣に換算すれば、おおよそ五千ポンドほどの儲けにはなるだろう。

 しかし当然ながら、これら盗んできましたと言わんばかりのシロモノを素直に現金化する事はできない。と言う訳で、数日かけてのもうひと仕事が不可欠である。

 馬糞くさい東部各地を転々としながら、それらを小出しに洗浄していくのだ。

 換金先は、決まってだいたい町外れ、時には道すら通っていない僻地に、人目を逃れて建てられた闇銀行だ。そこでは盗品から妻まで、あらゆるものを担保に金を引き出せる。

「土地と屋敷の権利書だ。住所はスティルフィードの田舎町。建物の方は新築一年」

 どこから見ても納屋にしか見えない、はめ込み窓のカウンターに書類を見せる。

 すると薄暗い小屋の奥から、それ以上に後ろ暗い風貌の男が顔を出して言った。

「へえ……。珍しいもん持ち込むね。あんた何、強盗とかやってる人?」

「俺が何だろうと誰の返り血がちょっぴり付いてようと、コイツが本物であることにゃ変わりはねえよ。いいからさっさと金にしてくれ」

 権利書と引き換えに差し出されたのは、小汚くヨれた札束だった。

 発行元が政府ではない闇のカネ、俗にいう野良紙幣ワイルドマネーだ。

 銀行業の自由化。誰でも自分の顔の紙幣を発行できる昨今、この国には大量の野良犬ならぬノラ紙幣が出回っている。その種類は、たぶん百や二百じゃきかないだろう。

 だから盗品や汚れた金は、非公認の闇銀行で非正規の闇カネに転生させるのが定石だ。

 それだけでもう、何をして儲けた金なのかは誰にもわからない。……しかしながら。

「……こんだけか?」

 受け取った札束はさしたる抵抗もなく、指の間でぐにゃりと折れ曲がった。

「ああ。こっちはリスクを引き受けてるからね、手数料だよ。言っとくけど、そいつは八額紙幣だ。これでもサービスしてる方だぜ」

 正規貨幣に換算して、額面八割の紙幣。だが元々の盗品価値からは相当目減りしている。

 仕方なしに舌打ちで済ましながら、受け取った金を懐にしまった。

 その拍子に、ずっと忘れていた、自身の薬指のそれに気が付いた。

「……なあ、ついでにこいつも頼む」

 左手から指輪を外し、カウンターに置く。

 意味を失くした結婚指輪は、まるで死人の指から外されたように見えた。


 そうして数日をかけて、ようやく戦利品全てのロンダリングは終わった。

 それから、適当な街中の真っ当な自由銀行フリーバンクの窓口に、今月の売り上げを持って来たような顔つきで、俺は堂々と札束を積み上げた。

「振込をお願いします。宛先は首都銀行スミスバンク、名義と口座番号は――」

 こうして、ドブネズミよりかは綺麗になったノラ紙幣はこの銀行で正規ポンドへ換算され、俺が持っている偽名の口座の一つへと振り込まれていく。

 手続きを進めながら、俺は視界の端で窓口の奥を盗み見た。そこには見るからに頑丈そうな、デカくて丸い金庫の扉がレンガの壁にはめ込まれていた。

 銀行は、詐欺師の親戚だ。

 立派な金庫の中身を皆が信用しているから銀行券は価値を持つ。例えその中が伽藍洞で、紙切れが空手形に過ぎなくとも、気付かれない内は何も問題にならない。

 信用が金を産むのは詐欺も同じ。つまり銀行業は、合法的な詐欺業務と言い換えてもいい。それが合法である理由は一つ。社会に必要とされているからだ。

 誰も金の価値を信じない社会とは、物々交換しか通用しない原始時代だ。それではあまりにも不便過ぎるから、人は嫌でも、金に支配されざるを得ないのだ。

「ありがとうございます。合計で三千六百ポンドと十一シリング七ペンス、送金承りました。手数料は三パーセントになりますので、ご了承ください」

「よろしくお願いします」

 軽くなった足で踵を返し、不必要に立派な建物を後にする。

 一仕事を終えたと同時、頭の中で見えないコインが音を鳴らした。俺にしか聞こえない子気味良い金打声が、人生の価値を知らせてくれる。

 この世で確かなものは一つ。それは、金だ。

 理由を述べよう。金とは、数えることができる価値である。

 そして数えられるという事は、誰の目にも明らかで、確かだという事に疑いはない。

 年収十ポンドの貧乏人と、一万ポンドの大富豪。どちらの方がより高い価値を持つか、客観的に説明できる尺度は一つしかないのだ。

 決して目に見えず、まして数えられもしない、絆だの愛だの正義だの……心という名の妄想の塊の中にしか存在しない、まやかしの真実どもでは断じてない。

 金こそが、この世で何よりも誠実に、正直に、その人間の価値を映し出すのだ。

 午後の日差しが、街並みの向こうの中央山脈アレゲニへ傾き始めていた。歩きながらタバコに火をつけ、ふとすれ違った新聞売りの少年へ、硬貨を投げて呼び止める。

大陸週報ウィークリーくれ」

「毎度! ところでダンナ、こっちのスプリングパンチ週刊紙もどうです? サンフロン州で起きた話題の結婚詐欺事件について面白いコラムが――」

「結構だ、興味ねえよ」

 受け取った新聞を開き、道端を歩きながら目を通す。次の仕事のネタを探すためだ。

 俺は詐欺師ではあるが、詐欺以外にも盗みや脅迫など、好き嫌いせず多くの悪事に手を染める。この業界、大抵の同業者は一つの専門分野に留まりがちだ。が、ハッキリ言えば、そういう連中は一度味を占めた手口を頭の悪い犬のように繰り返しているに過ぎない。

 俺は違う。常に新しい手口を模索し、実践し、反省し、改善し、進歩していく。

 捕まらないコツは勤勉であることだ。向上心が無ければ、どんな仕事も続かない。

「おっと、失礼」

「気を付けろ、若造」

 紙面に熱中しているフリをして、肩がぶつかった相手の財布を失敬する。三人ほどスリ抜いたところで、とある見出しが目に留まった。と同時に足も止まった。

 そして振り返った先に、開通したての鉄道駅を見定めて、次なる計画は組み上がった。

「……よし」

 まず、金持ち(カモ)に会う。話はそれからだ。どこにいるかって? 心配無用。

 信用が金を生む。よって金持ちは、周囲から金持ちだと思われる場所に生息する。

 家なら一等地、ホテルならスイート。そして……。

 列車なら無論、一等座席ファーストクラスだ。

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