第7章 水

第20話 水Ⅰ

 頭痛で寝込んで四日目の朝、嫌々瞼を開けた。


「フレアになんて謝ったら良いんだろう」


 真っ白の天井を見ながら、ぼんやりと呟く。

 溜め息を吐き、昨日に続いて思考を巡らせる。

 いつも会いに来てくれていたのが、ぱたりと無くなるなんて。それだけの事をしたのだ。

 治まりかけていた頭痛が、また顔を覗かせそうになる。

 何度寝返りを打ったか分からない。もう一度、身体を左側へ向けようとした時だ。


「ミユ、朝飯持ってきたぞ。食えそうか?」


 顔を出しに来てくれたのは、アレクとクラウ、それにフレア――

 見た瞬間に跳ね起きた。のは良いものの、どういう顔をすれば良いのか分からない。

 咄嗟に顔を下へ向けた。

 間が開き、聞こえたのはフレアの声だった。


「あたし、ミユに謝りたくて。ずっと部屋に来れなかったから」


 謝らなくてはいけないのは私なのに。

 はっと顔を上げると、フレアはアレクとクラウに挟まれて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「私の方こそごめんなさい」


 言いながら、思い切り頭を下げる。


「二人とも、んな顔すんな! これで仲直りな」


 アレクの声に小さく頷く。

 大きな手が何度か頭をわしゃわしゃと撫でる。それが不快で、膨れっ面をしてしまった。

 フレアとクラウが小さく笑う。

 良かった。これで今まで通り、仲良くできるだろう。

 髪を整えながら、ほっと一息吐く。

 その時、何処からともなく三輪の白い花がはらはらと舞い降りたのだ。音も立てずに床に落ちると、かたりと傾く。


「ラナンキュラス……」


 小さく呟くと、クラウは足元に落ちた花をそっと摘まむ。


「ラナンキュラス?」


「うん。この花の名前だよ」


 何処となく悲しそうに微笑むクラウに、それ以上言葉が出てきてくれなかった。


「誰が用意したんだ? この花」


「またクラウ?」


「えっ?」


 あからさまにわざとらしいアレクとフレアに、クラウが固まってしまった。

 何だか怪しい。更に首を傾げる。


「それより、スープが冷めちゃうよ。ミユ、こっちに来れる?」


「えっ? うん……」


 何か隠し事でもしているのだろうか。誤魔化すように笑うアレクとフレアの顔をじっと見てみる。

 そうしたところで、三人には何も変化が無かった。仕方が無くベッドから抜け出し、食事の席に着いた。


 結局、ラナンキュラスが何処からやって来たのか、さっぱり分からなかった。


――――――――


 火の塔へ行ってから七日後、やはり今日も過去を見に行くらしい。もう着替えは終わっているけれど、正直言って、もう止めてしまいたい程に過去を見るのが嫌になっていた。

 二回行って二回とも頭痛が起こるのなら、三回目だって頭が痛くなるに決まっている。


「う~……」


 今はただドアに背を向け、三人が迎えに来るのをベッドの中で待っている。

 行きたくないと言えばいいのだろう。しかし、心の何処かにやり遂げてしまいたいという思いや、好奇心が残っている。

 私はどうしたいのだろう。

 頭の中のモヤモヤが止まらない。


「ミユ、準備は出来た?」


 ああ、フレアの声だ。準備など出来ていない。心が纏まらない。

「ミユ?」


 返事をしなかったのが悪かったのか、慌ただしい三人の足音が聞こえてきた。


「ミユ! 何かあった?」


 叫び声に近いクラウの声に驚き、肩がびくりと震える。

 次に、背中に何か暖かなものが触れた。


「ごめんね、影が現れてないか心配なだけなの。こっち向いて?」


 ふわりとフレアが優しく囁く。

 緊張感が少し解れ、自然と声の方へと向いていた。フレアを筆頭に、アレクとクラウの心配そうな顔が並んでいた。

 小さく頷いてみせる。


「良かった……」


 三人とも、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 此処まで心配してくれるのなら、魔法が使えるようになった方が良いのだろうか。でも、やはり異世界人に押し付けるのは間違っているとも思う。

 二つの問題が心でせめぎ合っている。


「……じゃ、魔方陣作ってくれ」


「分かった」


 私の意志に反し、アレクとクラウは先を行ってしまう。

 まだ過去を見るなんて一言も言っていないのに。


「待って。私、行くなんて一言も――」


「ん? 止めるか?」


 止めるなんて言うな。そう物語っているようなアレクの力強い黄色の瞳に、声が出なくなってしまった。

 嫌々首を横に振る。


「そーか」


 杖を握るクラウを顧みるアレクに、不満が爆発しそうになる。抑えるために、両手で拳を作り、握り締めた。


「もうちょっと言い方があるでしょ?」


 フレアは大袈裟に溜め息を吐く。

 ところが、アレクは無言で白々しくあしらう。これにも彼女は小さな唸り声を上げた。


「ミユ、ごめんね。アレク、たまにこういう事あるから」


 フレアに謝られると、怒りが何処かに消え去ってしまう。

 首を横に振り、その謝罪を受け入れた。


「ミユ、これはただの独り言だと思ってくれ」


「えっ?」


 アレクの意味深な言葉に、僅かに眉を顰める。


「過去を見ても見なくても、オマエが魔法を使えるようにならなくちゃいけねーのに変わりはねぇ。ただな。ただ、これは他でもねぇ、自分の為だ。オレら全員が自分の為に、オマエに過去を見せようとしてる。済まねぇ」


「アレク……」


 フレアはアレクへと伸ばしかけた右手を引っ込める。

 彼の話が抽象的で、よく分からない。意味を理解出来ない。


「クラウ、出来たか?」


「うん、今出来たとこ」


 又しても私を置いてけぼりで事態は進んでいく。

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