第9話 出逢いⅣ

 何が始まるのだろう。

 緊張感を持ちながら、席を立つ。その時、窓から眩い閃光が走った。続けて爆発音が鳴り響く。


「ミユ、早く」


「うん」


 若干クラウに急かされ、二人で窓辺へと駆け寄った。それと同時に、牡丹のような緑色の花火が花開く。


「コレもフレアの魔法だ」


「……凄い」


「だろ?」


 アレクと会話をしている間にも、大輪の花火は咲き続ける。

 左隣に居るフレアは間隔を僅かに開け、指を鳴らす。それを合図に一発ずつ花火が上がる仕組みのようだ。


「私、この世界に来た時、ホントに怖かった。これから先、どうなっちゃうんだろうって」


 何故だろう、胸がほんわりと温かくなる。この人たちは、本当に心の底から私の事を歓迎してくれているように感じるのだ。だから、胸に秘めた思いまで零れてしまった。


「元の世界に帰りたい気持ちは変わらないよ。でも、ちょっとなら、この世界に居ても……良いかな」


 それに、何処か懐かしい気持ちにまでなっている。まるで、この人たちと昔から知り合いだったような、そんな気持ちに。

 三人は小さく笑う。

 枝垂れ柳のような煌めく花火に、菊のような鮮やかな花火、ハート形の花火まで、色々な花火が打ち上がる。花火に夢中になってしまった。

 スターマインが上がり、花火は終焉を迎える。儚く尾を引く花火を見詰め、「ほぅ」っと息を吐いた。


「あれ?」


 右隣に居るクラウの声が聞こえた気がした。


「アレクとフレアが居ない」


「えっ?」


 振り返り、キョロキョロと周囲を確認してみる。クラウの言う通り、アレクとフレアの姿は何処にも無い。

 尚もきょろきょろとしていると、不意にクラウと目が合った。

 何だか気まずくて、視線を落とす。


「え、えっと……」


 更にスカートまで握り締める。


「今日はミユに会えて良かった。今日はゆっくり休んで」


「う、うん」


 いきなり知り合ったばかりの男性と二人きりにされるなんて、嫌でも緊張してしまう。

 何か話題は無いだろうか。そんな事を考えていると、扉が開く蝶番の音が鳴り響いた。


「ミユ様」


 やってきたのはアリアだ。此方に走り寄り、にっこりと微笑む。

 その手にはあの氷の花束が抱えられており、そっと手渡された。


「そろそろエメラルドに帰りましょう」


「エメラルド?」


「はい。ミユ様のお家です」


 きっと、従うしかないのだろう。と言うか、この状況は居心地が悪い。

 頷いてみせると、アリアも大きく頷いた。


「では、エメラルドの部屋を思い浮かべてみて下さい。帰りたいと願えばワープ出来る筈ですから」


「うん」


 そっと瞼を閉じ、あの部屋を思い浮かべてみる。


「帰りたい」


 小さく呟くと、辺りが淡く光り始めた。


「ミユ、また三日後に」


 クラウの優しい声が聞こえたと思うと、光は一段と強くなる。

 その光が消え去ると、景色は一変する。白い部屋に、緑色の調度品――この世界に来てからと言うもの、私が過ごしていたあの部屋だ。

 知らない人たちに囲まれていたせいか、どっと疲れが押し寄せる。

 現れた光を気にしながらも、花束をテーブルに置いて早速ベッドへ向かった。


「ミユ様、私は会場の片付けがありますので。今日はこの部屋でご自由にお過ごし下さい」


「分かった~」


 返事をするや否や、編み上げブーツを脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。雲の上のようなふかふかな感覚が酷く心地良い。

 今日会った三人は魔導師と言う事だから、これからもずっとお世話になる人たちなのだろうか。仲良くなりたいな、と思っているうちに、瞼は段々と重たくなってくる。


「おやすみ」


 誰かに聞こえるか聞こえないかの声量で呟き、瞼を閉じた。


――――――――


 真っ白な花畑で、黒色の矢が空を突き抜け、何本も降ってくる。怖い。どうしようもなく怖い。

 息は既に上がっている。それでも足を止めるわけにはいかなかった。

 繋いだ手を必死に握り締める。強く握り返してくれる手の持ち主は、金髪の男性だ。その人はちらりと振り返り、私の手を強引に引っ張った。


「……ごめん!」


「えっ……?」


 一瞬、何が起きたのか理解が追い付かなかった。

 身体は倒れ、地面と衝突する。そんな私の身体に覆い被さるように、男性も倒れ込む。

 何をしようとしているのかが分かると同時に、血の気が引いていく。

 そんな事をすれば私ではなく、この人が死んでしまう。


「駄目だよ! 止めて!」


 覆い被さるこの人の胸板を叩いたり、服を引っ張ったりしてみるけれど、止めてくれる気配は無い。

 もう逃げきれないと思ったのだろう。この人は私を庇ったのだ。

 そうしている間も矢の雨は降り止まず、私たちの擦れ擦れを掠める。

 そして――


「……あ……ッ……!」


「どうし……て……!?」


 腹部に信じられない程の激痛が走った。まるで、焼けた金属を腹部に押し込められたかのような感覚だ。

 恐る恐る視線を腹部へとずらしてみると、そこは真っ赤に染まっていた。そして、じわりじわりと赤い染みは広がっていく。

 遂に矢の一つが私の腹部を貫いたのだ。

 何度呼吸をしても空気が足りない。苦しい。目が霞む。


「カノン! しっかりして!」


 どことなく、声もくぐもって聞こえる。

 視界には男性の顔が映った。その瞳は海のように深い青色だ。

 直後に頬に何かが当たった。これは――涙だろうか。


「大丈夫だから! 直ぐに連れて帰るから!」


 身体が大きく揺れる。きっと私の身体を抱き上げようとしているのだろう。

 帰るまで命が持つとは思えない。何とか首を横に振ってみせた。


「そんな事言わないで! 俺が……何も出来なかったせいで……!」


 何故、この人が謝る必要があるのだろう。必死に私を守ろうとしてくれたのに。

 最期の別れが謝罪なんて悲し過ぎる。


「あり、が……と……」


 目だって、口だって上手くは笑えていない。それでも、笑顔を向けずにはいられないかった。


「そんな、最期みたいな事……! 何で……!」


 悲しい別れは嫌だから。

 何とか返事をしてあげたいけれど、声が出てくれない。

 空気を切り裂くような嫌な音が迫っている。きっと、また矢が迫っているのだろう。

 遠ざかっていく意識の中、腹部の痛みにも勝るとも劣らない衝撃を胸に受けた。


 ごめんなさい。今日までずっと黙っていて。淡い期待を抱かせてしまって。

 こんな事を言える立場ではない事は分かっている。それでも伝えたかった。貴方に出会えたから、私は幸せでした、と。

 もし、生まれ変わる事が出来るなら、その時はまた貴方を――

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