月の欠片

猫又大統領

企画読み切り

 月の欠片を拾った夜。王家に代々使える俺は、女王陛下を激怒させてしまい、月の欠片とともに自宅謹慎となった。

「それが、月の欠片?」

 女王陛下は呆れたようにそういうと、天井を向いた。

 その様子から、これからまずい事態になることは予見できたが、原因がわからない。

「はい。そのとうりです」

 その言葉を俺がいうと、上を向いていた女王陛下の頭はゆっくりと正面を向いて、俺を睨めつけ処分を言い渡された。

 月世界では王家は絶対。

 代々地方から各種試験を突破した者が、王国のある中央に住み、王家を守護する。その栄誉を何代にもわたって授かっているのが我が血統。

 幼少期、いや母のお腹の中でさえ、父と祖父は自分たちが経験した一騎当千の武功の数々を腹に向かって話しかけたという。

 だが、お腹の子に戦場の血が垂れるような話を湯水のごとく話す様は母から大変不評を買い。

 一度、大きな雷が落ちたという逸話が家では伝えられ、妊娠中の女性に負担となるような言動は禁じられた。

 王に使える家系ということもあって周りからは一目置かれる。

 中央では、兵舎に俺の特別な部屋を用意することになっていたそうだが、これを父と祖父が断った。

 俺の家系は曾祖父から代々、兵舎近くの大きな木の下にある木造の小さい小屋に暮すという伝統があるからだ。

 その部屋の中は装備と寝具で埋まるほどの広さしかない、おまけに兵舎の一人部屋よりも小さいという。だが、武功を上げるには十分な大きさだと我が家の栄誉が示す。

 

 そんな小さい小屋に俺と月の欠片は泊まれない。

「ねえ、ここどこ?」

 月の欠片はいう。

「ここは月世界。月の世界。地球からはっきりと見えるはずだが?」

「月? 私はお豆腐を買いに行く途中に体が急に浮いて、気づいたらここにいたんだけど?」

「すまない。君は月の欠片だ。間違いない」

「いや。私は地球人の女です。今日は麻婆なのに豆腐を切らしていたから買いにでかけただけの」

「だが間違いない」

「女王陛下だって私を見たときにすっごい顔してたし、あなたにすっごい切れてたでしょ」

「というか月の欠片ってなに? ここは月だから山ほど欠片なんてあるでしょ」

「違う。月世界の秘宝中の秘宝……月の欠片」

「私は月に縁もゆかりもない地球の女だけど、どんな宝石なのよそれは。こっちは人間だしさ」

「女王陛下以外誰も見たことも触れたこともない。そのため王国を挙げて暗中模索だ」

「なんでそんな秘宝を誰も見せないの? ケチね」

「それは違う。常人なら心を奪われてしまうという話だ」

強くドアがノックされ、俺はすかさず剣を手に取る。

「おい、いるか! 女王陛下がおよびだ。支度をしろすぐに!」

 頭からつま先まで全身銀色の鎧を身に着けた女王陛下直属の兵士がドアを開けると立っていた。

 支度を整えると俺たちはその兵士についていく。


 

 女王陛下は大きな玉座に深く座り、ため息をひとつ。機嫌んはすこぶる悪いと見えた。

「その娘は地球人らしいな。大変なことになるぞ。まだ大事にはなってないが? 貴様に頼んだのは秘宝探しで、だれが人さらいを頼んだ?」

「月の欠片に見えるのです。俺には月の欠片に……」

「この娘が月の欠片? そこら辺の石ころを持ってきたアホどものほうがまだ愚かの中にも可愛らしさがあったぞ」

「女王陛下はおっしゃいました。月世界、最高の秘宝である月の欠片はひとめでわかるほど美しい、それを目に入れればもう二度とほかのものに対して美しいなどということはないと!」

「ああ、いった。だから、それがどうやったらその娘なんだ? 貴様、命を懸けた戯れをしているつもりか?」

「滅相もありません。曾祖父、祖父、父と代々王国に忠誠を誓い、私の血肉は生まれてから死ぬまでも王国の剣と盾であります。ですが、そんな忠誠を誓った私の心がたった一目で奪われた。こんな美しい彼女こそが月の欠片で間違いありません!」

「私、え、こ、告白? ど、どういうこと? 月世界の住人に? ちょっと展開が……まあ、あんた悪くない感じだけど、いや……まあ、あなたのことをもっと知らないと……」

「俺の人生を全部説明する。足りたければ曾祖父、祖父、父、のことも全部話す。武功の数数が沢山ある!」

「え、いや、私はあんたのこと気になってるのよ。あんたのことを聞きたいの」

「俺は……まだ武功を挙げていない……」

 女王陛下は俺を睨めつけてると、ため息をひとつ。

「もうよい。帰れ。その娘は今日中に地球に返せ、いいな」

「は、はい。あと……これからも地球にはいってもいいでしょうか?」

「好きにせよ」

「ありがとうございます」

「ま、また会える……みたいね」

 彼女は俯きながらいう。

「おい、守護者よ、私から最後の質問だ。私は美しいか?」

「必ずや、お守りいたします」

「美しいかどうかきいている!」

「必ずや!」

「見つけたのだな。守護者よ。月の欠片を……羨ましい」

 女王陛下は頬杖をしながらそういうと俺と彼女を優しく見つめる。

 

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