十二話 閑談
◇
夜御坂楓は浮かれていた。
同居人が増えたという事もあり、パジャマパーティーもやりたい放題。
同性ならではの発想は今までになかった為、いろいろとやりたい事が浮かんできてしまう。
例えば買い物とか外食とか、恋バナとか。
だがここで問題が発生する。
ご存じの通り恋バナに関しては話せる事が一切ないのだ。
恋とは何だろうか、楓は考えてみる。
男の人を好きになって、あんな事やそんな事をする間柄。
つまり、現在の楓には無縁な行事。
そこまで考えた挙句、考える事を放棄した楓は大人しく夕飯の買い物に出掛ける事にした。
「勇太さんはいつも通りの帰り時間だろうし、白百合さんは今日は夕方には帰れるって言ってたっけ」
三人分の食材となると荷物も多少は多くなる、まあ芽唯は小食なのだが。
とりあえず楓は買い出しに出る為、準備をして家を出る。
愛車のスーパーカブが久しぶりの出番となった。
おまけに今の楓には現代の最新兵器、スマホまで持ち合わせている、怖いものなどない。
まだ夕方には早い時間である。
楓は上機嫌でバイクに跨り、行き先を変更して海へと出掛けるのであった。
潮風が心地よい。
今日は天気にも恵まれ、絶好のツーリング日和となった。
けれど楓は一人海を眺める為に砂浜へと降りて来ている。
たまにはこういうのも悪くない、バイクで通り過ぎるだけでは勿体ない。
そう思いながら楓は砂の上を散策していた。
季節は冬に移り変わるところ。
流石に泳いでいる人はいないが、案外数人くらいは散歩しているようだ。
楓もだいぶ外の空気に慣れてきていると実感する、これくらいの単独行動は問題ないくらいに。
そんな中でふと、後ろから声が掛けられた。
「——あの、すみません。落とし物をしちゃって。これくらいの大きさの黄色いの、見ませんでしたか?」
声の主は女性で、ピンク色のウェーブ掛かったロングヘアーに可愛らしい顔立ちの人であった。
けれどそれに似合わず、楓から見ても随分とラフな服装だった。
ダボダボのTシャツの上にダウンジャケットとこの時期に短パン、履いているのは使い古していそうなスニーカー。
歳までは分からないが、楓ともそんなに離れていない気がする。
そんな事を考えながら、楓は重要な事を言っていない女性に対して質問の確認をする。
「あの、落とした物は何ですか?」
「あ、すみません。うっかりしてました。財布です」
うっかりの度合いが中々に高い気もするが、財布を落としたとあっては是が非でも見つけてあげないと。
そう思い楓は一緒に探す事にした。
「分かりました。手分けして探しましょう」
「あ、ありがとうございます」
表情をあまり変えない人なのか、女性は終始真顔であった。
とりあえず砂浜の見える範囲から探していく。
落としただけなら砂に埋もれるなんて事もないから、目視していけば自ずと見つかる筈。
そう思い楓は歩いて行ける範囲で、端から端まで往復する。
けれどそれらしい物は一向に見つからず、とうとう日が落ちる直前の時間となってしまっていた。
「あの、すみません。こんなに時間を掛けてしまって」
そう申し訳なさそう(?)な女性に、楓は優しく微笑む。
「いえ、助け合いは大事な事ですから。それよりも、どうしましょう。一度警察に行ったほうが——」
楓がそう言っている最中、横向きに立つ女性の尻ポケットが明らかに膨らんでいる事に気付く。
慌てて楓は女性の背後に周り、失礼しますと声を掛けてからダボダボのTシャツに隠れているそれを確認した。
「あ、あー!あった、ありましたよ!」
「え?」
女性はようやく気付いたようで、ポケットから黄色い財布を取り出した。
「あー、そっか。コンビニ寄ってたから、こっちに入れてたんだ」
何故コンビニだとそっちなのかイマイチ分からなかったが、とりあえず見つかった事に安堵する。
女性は特に慌てた様子もなかったが、それでも誠心誠意楓に謝罪してきた。
「ごめんなさい、うっかりしてました。すみません」
「い、いいえ!見つかって良かったです!」
それでも気持ちが足りなかったのか、女性は代わりと言ってはなんだがと前置きをして財布からお金を取り出した。
「これ、謝礼ということで」
なんとその手には諭吉が五枚も握られていた。
流石の楓もそれは受け取れず、そこから逃げるように退散した。
道沿いに停めっぱなしだったバイクに跨り、一人思い出し笑いをする楓。
「ぷっ、あはは……!お尻のポケットに入ってたんじゃ、それは見つからないって!」
何だかとても面白い人に出会った。
楓はそう思いながらもスマホで事前に連絡を入れ、急ぎスーパーへと向かうのであった——。
◇
芽唯は思う。
いずれはこうなるだろうと予想はしていた、と。
「ですから!今日しかないんです!白百合さんはお忙しいから、パジャマパーティーをするなら今日しか!」
明日は芽唯の休日であり、そこを狙って楓がそう提案して来たのだ。
何がそこまで彼女をパジャマに駆り立てるのだろうか、まあ断る理由もないのだが。
「いいけど、それって結局何すんの?私だってやった事ないし」
何気ない疑問をそのまま口にした芽唯に、楓は鼻を鳴らしながらドヤ顔で言う。
「それは勿論、朝までパーティーです!」
「……いや、だから結局何すんの?」
天然記念物に対してまともな疑問は通らない。
承知していた筈ではあったが、予想を軽く超えて来るなあと芽唯は思った。
しかも徹夜前提で何かをしなければならないとか、深夜帯勤務じゃあるまいし。
とまあふんわりした楓の答えは参考にならなかったので、自分でも何をやるか考えてみる。
「とりあえず、お菓子を食べながらガールズトーク的な?」
「そう!それが言いたかったんです!」
「ほんとかよ……」
芽唯のツッコミも一瞬で空気に溶け、楓は意気揚々とお菓子を買いに行く準備を始めていた。
仕方なく芽唯もそれに着いて行くのであった。
コンビニで大量買いを実行した芽唯と楓。
時刻は午後十一時、勇太はもう既に寝室に入っている。
二人は勇太に気取られないようにそーっと二階へと上がり、勇太の部屋から一番距離のある芽唯の部屋へと入っていく。
「はー、いっぱい買っちゃいましたね!」
「だね。でもこんなには食べきれないから、ほどほどにしないと」
「そうですか?これくらいならいけそうな気がしますけど」
大容量ポテチ二種にチョコ菓子が五つ、プリンやシュークリームを含めたこれらを食べきれるだと?
しかも夕飯の後に?
芽唯の胃袋の要領の何倍を有しているのか、楓のキャパは未だに未知数であった。
「それじゃあ、パジャマに着替えちゃいますね」
そう言って楓は堂々と服を脱ぎ始める。
いや同性だから何とも思わんが、ちょっと無防備過ぎないか?
まさか勇太の前でもこんな事をしている訳ではあるまいな?
そんな疑問が過るも、流石にそれはないかと芽唯は結論付ける。
「白百合さんも、早くパジャマりましょう!」
パジャマりましょうってなんだ。
いちいち口にしていたらキリがない程、今日の楓は絶好調であった。
そうして二人ともパジャマに着替え、ダラダラとしながらお菓子を食べ、他愛もない事を話す。
それが案外いいもので、こんなに楽しいと思えたのはいつ以来だろうか。
芽唯も存外パジャマパーティーにハマりそうになっていた。
翌日。
「……え!?体重が二キロも増えてんだけど!?」
芽唯は驚愕した。
たった一晩でこれほどの代償を支払うハメになるのかと。
芽唯は慌てて楓の部屋に行き、勢いよく問い掛ける。
「夜御坂さん!何キロ増えた!?」
「?体重ですか?一キロ減ってましたけど」
「……何でじゃ」
「さあ、いっぱいお喋りしたからですかね?」
芽唯は床に両手をついて項垂れた。
そして今後一切パジャマパーティーはしないと心に誓うのであった——。
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