第6話 紡ぐ物語③ 悩める黒鳥の物語


「最悪だわ」


 物語の主たる舞台『白鳥の湖』のほとりで私は膝を抱えてうずくまっていた。


「物語のラストで死んでしまうコニールになるなんて……」


 私の異能アビリティは物語が終わらない限り現実の世界には戻れない。果たして物語の中で死んだら現実の世界での私は無事だろうか?


「たぶん無事ではすまないわよね」


 前に物語の中で怪我をした時は現実に戻っても怪我が残っていたもの。きっと物語の中での死は現実のものとなってしまう。


「ストーリーもかなり進んでいるし……」


 私が転移したのはちょうどロッドバロンにコデットの呪いを解く方法を享受してもらったシーン。


 既に賽は投げられた後であり、物語はコニールの死へ向けて動いている。


「今からジークとコデットが出会い恋に落ちるシーンよね」


 私の目の前の湖面を美しい白鳥たちが流れていく。あれがヒロインのコデットとその侍女たち。


 もう少ししたらジークがやって来てコデットを弓で射ようとして逃げられる。ジークは諦めきれず白鳥を追い、その先で廃墟の聖堂で人間の姿に戻ったコデットと運命の邂逅を果たすのよね。


「いっそコデットの恋を邪魔する?」


 ここでの出会いを邪魔すればコニールの死を回避できるはず……いいえ、それでは命が助かっても物語が完結しないわ。


 完結しないと現実に戻れないのか?――それは試したことがない。


 だって、もし試しに物語を改変して現実世界に戻れなくなったらどうするの?


 今までの経験ではラストシーンで異能は解除されているのは間違いない。だからコデットとジークが結ばれるのはマストだ。


 その上でコニールが助かる道を探さないと。


「物語自体は原典と同じ進行なのよね」


 一度この物語を精査してみましょう。


 成人になったジークは明日の舞踏会で婚約者を決めるように王妃に厳命される。ジークは国王になるのも政略結婚するのも嫌で憂鬱になる。もともと自由を愛する彼は成人になるまで遊蕩にふけって現実逃避していたのだ。


 ジークは空を飛ぶ鳥を見て自由に飛べる翼を羨み、誕生日プレゼントの弓を手にしたままふらふらと外へと出て鳥を追う。その先が原典の『白鳥の湖』、この原作の『黒鳥の湖』だ。


「ちなみにジークを誘い出した鳥はロッドバロンが化けた姿で、コデットとの出会いを演出しているのよね」


 娘コニールの願いを叶えるべく、ロッドバロンはコデットとジークの恋を成就させようと奮闘するの。悪魔だけど親バカで人情味があって私はけっこう好きなキャラだ。


 ロッドバロンの策略は見事に当たりジークとコデットは愛し合い、明日の舞踏会で永遠の愛を誓う約束をする。


 だけどコデットは湖畔の聖堂の廃墟でしか人の姿に戻れない。それなら他の女性はけっして選ばないとジークは約束して別れる。


 そして、舞踏会の夜――


 コデットとの約束通りジークは誰も選ばないと宣言して王妃を悲しませる。そこへ貴族に扮したロッドバロンが黒いドレスを纏った美しい令嬢を連れて訪れた。


 その令嬢を見たジークは喜び勇んだ。その令嬢はコデットそっくりだったから。しかし、それはコデットではなくロッドバロンの娘コニールだった。


 そうとは知らずジークはコニールに永遠の愛を誓ってしまう。他の女性に愛を誓ってしまった以上、ジークのコデットの愛は偽物となってしまった。ロッドバロンとコニールは本性を現しジークを嘲笑い去った。


 ジークは湖へと走り廃墟の聖堂でコデットに過ちを詫びた。優しいコデットはジークを許したが呪いを解く術を失い嘆き悲しむ。


 ジークはそこで悪魔ロッドバロンに戦いを挑み、その最中に自分の愛が浮ついており、今まで身勝手だったと自覚していく。


 最後にはロッドバロンとコニールを打ち破りコデットの呪いを解き結ばれて大団円となる。


「つまりコデットの呪いが解けてジークと結ばれれば良いわけなのよね」


 コデットの呪いはロッドバロンの死かコデットに捧げられる真実の愛しかない。


 こうしてみるとコニールは死ななくてもいいように思える。しかし、最初ジークの愛は本物ではなく自由な白鳥への身勝手な憧れでしかない。それがコニールとの対決の中で本当の自由、真実の愛に目覚めるのだ。最後は娘を殺され逆上したロッドバロンを討ち果たすことでジークは一気に成長をする。


 つまり、この物語はジークの成長を描いており、ロッドバロンとコニールの死とコデットへの愛はセットになっている。


「死んだフリとかで誤魔化せないかしら?」


 いや、原典と違って『黒鳥の湖』ではコニールの死がバッチリ描かれている。彼女はジークの放った矢で心臓を射抜かれ確実に止めを刺されるから擬態はすぐにバレる。


「詰んだ……」


 気づけば湖面が血のように赤く染まっていた。見上げれば真っ赤な夕陽が徐々に地平線の彼方へと消えようとしている。


 そろそろ梟に化けたロッドバロンを追って弓を持ったジークが現れる時刻だ。彼は王妃から貰った弓でティアラを戴く白鳥コデットを狙うが、その気配を察して彼女たちは飛び去るのだ。


 バサバサ――


 ちょうどこんな感じで……


「どうやらジークが現れたよう――ね!?」


 対岸に弓を持って佇む男性を見て私はギョッとした。


「あれって佐倉つづるさんじゃない!?」

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