第5話 綴る世界③ 気づけば知らない世界


「ジーク様、探しましたよ」

「こんな所におられたんですかぁ」


 今の僕と同じようなスタイルの青年がニコニコ笑い、胸元が大きく開いたドレスの派手な美女が鼻にかかった声ですり寄ってきた。


「そうですよぉ」

「せっかくジーク様のお誕生日のお祝いに来たのにぃ」


 他も似たり寄ったりの格好の女の子たちが僕のことをジーク様と呼びながら後に続く。みんなキレイだけど香水臭い。


(やっぱ書院さんの方が良い匂いだ)


 踏台から落ちそうになった書院さんを抱き支えたことがあった。彼女と密着した時に鼻腔をくすぐったふわりと甘い香りと華奢で柔らかい体の感触を思い出すと顔が緩む。


 すると群がる美女たちがキャッキャと笑い出した。


「さっきからラーラの胸ばっかり見てぇ」

「もぉ、やぁらしぃ」

「ジーク様ったらぁ、鼻の下伸ばしちゃってぇ」


 お前らに伸ばしてんじゃねぇよ!


 それにしても、こいつら僕のことをジーク、ジークって……僕は完全な日本人顔だぞ。どうやったらそんな人違いできるんだ?


「あのさ、僕はジークじゃな……」


 バァン!!!


 僕が失礼な勘違い女どもに間違いを指摘しようとした時、扉が再び勢いよく開かれた。


「ジーク様、大変です!」


 そして、僕よりもずっと小さな男が乱入してきた。


「だから僕はジークじゃないって!」

「そんな冗談を言っている場合ではありません!」


 どう見たって部屋にいる人間はみんな西洋風の顔立ち、明らかな日本人顔の僕をどうやったらジークって奴と人違いできるんだ?


 ジークなんて名前が日本人のわけないし……いや、最近のキラキラネームならワンチャンあり得るか?


「お、王妃様がこちらに向かっておられます!」

「王妃様?」


 ここってどっかの王国なの!?


 やばい!

 僕がジークじゃないって知られたら逮捕されちゃうんじゃない?


「早く町娘たちを隠さないと!」


 僕の焦りとはよそに小男は慌てて女の子たちの背を押し物陰に隠そうとしている。ぜんぜん隠せてないけど。


 カーテンの後ろに隠した子は胸が大きすぎて不自然に膨らんでいるし、ベッドの下に隠した子は大きなお尻を突き出しているのはギャグですか?


「ああ、せっかくジーク様の成人祝いにと綺麗どころを集めたのに……」

「ほぅ、べノン、お前がその女どもを連れ込んだのですか」


 嘆く小男は凛とした女性の声にギギギと首を回して振り返る。


 それに釣られて僕も振り返れば、扉のところに金髪を盛大に結い上げた品の良い美女が冷たい視線を向けていた。


「ヒィィィッ!」


 おいおいべノンとやら、女の子を自分の背に隠そうとしたって君の身長じゃ無理だろう。ぜんぜん隠せてないから。


「本来なら城への侵入者として処断するところですが今日はジークの成人の日。不問にするのでその者たちをさっさと追い出しなさい」

「は、は、はい、王妃様!」


 どうやら、この美女が王妃様らしい。


 まだ状況が飲み込めず僕が呆然としている間にべノンは急ぎ全員を退室させていた。残されたのは母と侍女、そして僕の三人だけ。


「まったく、あなたも今日で成人になったというのに……」

「あ、あの……申し訳ございません」


 いや、僕はなんで謝っているんだ?


「亡き陛下も草葉の陰で嘆いておられることでしょう」


 うーん、外国でも草葉の陰って言うのかな?


 あっ、いや、今はそんなアホなこと考えてる場合じゃないって。この美女がジークのお母さんで、それでもやっぱり僕をジークと勘違いしている。


 でも、この王妃はどう見たって日本人じゃない。絶対に僕とジークがそっくりさんってことはないと思うけど……


「ジーク、あなたは王子として生を受け、近く国王に即位する身です」


 僕の疑念をよそに王妃の話は進む。


「国王としての義務と責任を自覚なさい」


 ――嫌だ嫌だ嫌だ……


「ジーク、あなたが遊び呆けていられるのは国民が国を支えているからです。いつまでも権利ばかり享受できるとは思わぬことです」


 ――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……


 王妃の薫陶は至極真っ当なものなのに僕の胸の内で自由を渇望する叫びこえが渦巻く。


 なんだろう、この胸の騒めきは?


「それと、これはジークへの贈り物です」


 王妃が合図すると侍女が進み出て意匠を凝らした、見るからに高そうな弓を僕に手渡してきた。


「本来なら王家の者は成人になると父より弓を授かります。これは一人前となって民を守り導く使命を自覚する為なのです」


 急に僕には手に持つ弓がずしりと重くなったように感じられた。その重みに僕の心がより暗くなる。


 その時になって何故か急に理解できた。


 僕の中にジークがいるんだって、ジークは僕で僕はジークなんだって。理由はわからないけど僕はジークになってしまっているんだって。


「亡き陛下に代わり私がその弓をお前に渡します」


 ――好きで王子になったんじゃない!

 ――僕は国王になんてなりたくない!


 これは子供の我が儘。

 僕にはそれがわかる。


 だけど僕の中の大人になりきれないジークが真剣に自由という名の身勝手を渇望している。


「ジーク、あなたには早く一人前になってもらわなければなりません」


 ――大人になりたくない!

 ――もっと自由でいたい!


 また僕の中でジークが叫んだけど……おいおい、なんだこの我が儘王子は!?


「まったく、私がどれだけ苦労させられたか……いい加減に楽をさせて欲しいものです」


 まあ、こんな甘えた息子じゃ王妃もさぞ苦労したでしょうね。


 あっ、よく見たら王妃の顔に意外とシワが……ってギンッて睨まれた!?


「おかげ小ジワが増えて」


 えっ、心が読まれたわけじゃないよね?


「とにかく明日の舞踏会に花嫁候補を数人呼んであるので、その中から妃を選ぶように」


 その宣告に僕の中のジークが悲鳴を上げた……

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